2日目 「これは……うん、ホラーだ」
公園で会った翌日から、わたしの生活に1人のちっちゃな女の子が加わった。
時刻は朝の7時30分。わたし、
「おはよう、スカーレットちゃん!」
「くわぁ……わふぅ……。おはよう、ヨシノ
寝ぼけているせいで京都弁みたいに私を呼ぶ黒髪赤目のこの女の子こそ、スカーレットちゃん。昨夜、わたしを殺しに来たと語った、
ところで、どうしてわたしが、わたしを殺しに来たスカーレットちゃんと一緒に暮らすことになったのか。
昨晩、街灯を背にして立つスカーレットちゃんは、公園のベンチに座るわたしに聞いてきた。
「ところであなた、名前は?
そう聞かれたわたしは、もちろん嘘をついた。だって、殺されたくないから。多分、この嘘は誰にでも許される権利だと思う。生存本能とも言うかも。
「わ、わたし? わたしの名前は……そう!
自分の名前である桜から連想した名前を、とっさに叫んだ。
「……今、何か
「ううん、言って無い」
「本当に?」
「ほんと、ほんと。それよりスカーレットちゃん。近くの交番まで連れて行ってあげるから、そこで話を聞いてもらうのはどうだろ?」
とりあえず、交番まで連れて行けたら、身元不明・未成年の見た目をするスカーレットちゃんは“保護”の名のもとに長い間拘束されるはず。ということは多分、その間だけでもわたしは生きながらえる……よね?
それに、スカーレットちゃんは死神を自称するただのヤバい子だって可能性も捨てきれない。ううん、よく考えたらそっちの可能性の方が全然高い。
ただの高校生でしかないわたしがスカーレットちゃんの身元を調べるなんてできるはずも無いから、ここは国家権力に頼ろう!
「ってことでスカーレットちゃん、一緒に交番に……」
そこでわたしは、はたと気付く。さっきまで目の前に居たスカーレットちゃんの姿がない。きょろきょろ見渡してみたら、公園の入り口で、ちょっとぽっちゃりしたおじさんに話しかけられていた。
「お、お嬢ちゃん、可愛いね。今いくつ? お父さんとお母さんは?」
「褒めてくれてありがとう!
「つ、つまり、1人?」
「……? そうね、1人!」
うーん……。片や死神を自称するヤバい子で。片や夜道に1人で居る小さい女の子に声をかけるおじさん。
「どこからどうみても不審者な2人の会話だ」
だけど、わたし的にはラッキーなんじゃ……? この先どう転ぶかは知らないけど、このままおじさんにスカーレットちゃんを
――そろり、そろり。
2人にばれないように、足音を立てないようにゆっくりと距離を取ることにする。と、その時。
くきゅぅー……。
離れた位置に居るわたしでも聞こえるくらい盛大に、スカーレットちゃんのお腹が鳴った。……まぁ、そうだよね。3日も何も食べてないのに、お菓子だけでお腹一杯になるわけないか。
離れてるわたしでも聞こえたんだから、当然、スカーレットちゃんの目の前にいるおじさんにも聞こえたみたい。
「も、もしかして、お腹が空いているのかい?」
「ええ……。さっきヨシノさんと言う人にお菓子を分けてもらったのだけど、正直、全然足りなくて……」
そう言ったスカーレットちゃんがわたしを探そうとする素振りを見せたから、わたしはとっさにベンチの裏に隠れる。
「あら? どこに行ったのかしら? ヨシノさーん!」
「し、知り合いが居る?! ど、どこに?!」
急に挙動不審になったおじさんもわたしを探し始めたけど、
「残念、どこかに行ってしまったみたい……」
と言うスカーレットちゃんの声で、おじさんは途端に安心した様子を見せた。……あのおじさん、多分、まじでヤバい人だ。
ベンチの影からこそっと顔を出して、事の成り行きを見守る。本当は逃げるべきなんだろうけど、スカーレットちゃんが心配だ。
「ふぅ……。それで、お嬢ちゃん。よ、良かったらうちに来るかい? 美味しいものをあげるよ?」
出たー! 不審者の決め台詞(?)『お菓子あげるから』。でも、さすがにスカーレットちゃんも中学生くらいの女の子だ。しかも、超絶の美少女。怪しい人にはついて行くな、なんて、家でも学校でも口酸っぱく言われてる――
「本当?! 良かった! じゃあ一緒に――」
「ちょっと待ったー!」
スカーレットちゃん、ちょっと無警戒過ぎない?! 温室育ちとか、世間知らずとか、そういう人種なのかな?!
「ヨシノさん! ……ベンチの後ろなんかに隠れて何をしているの?」
「あ、えっと……って、そうじゃない!」
わたしはスカーレットちゃんとおじさんの間に入って、スカーレットちゃんの方を
「スカーレットちゃん! 怪しい人にホイホイついて行っちゃダメ!」
「何を言っているの、ヨシノさん? その人はお腹が空いている私に食べ物をくれる、良い人よ。あなたと同じだわ?」
「わたしとこの不審者が同じっ?! そんなわけ……ううん、ちょっと待って」
言われてみれば、確かに! わたしと背後に居るおじさん、やってる子とほとんど同じだ?!
「ほんとだ?! わたしとこの人、
「ふふ、ヨシノさんって馬鹿なのね?」
「不審者にほいほいついてくスカーレットちゃんに言われると、腹立つな~……」
私の中にあるやり場のない怒りを不審者のおじさんに向けるべく、振り返ったわたしは、
「やばい、見つかった、やばい……」
明らかに動揺している様子のおじさんを目撃する。小刻みに震えるその動きは、正直、めっちゃ
「はぁ……。とりあえず、おいで、スカーレットちゃん。交番行こっか」
「え、ええ……。ところでコウバンって何? 飲食店とか?」
「さてはこの子、食べることしか頭にないな?」
わたしとスカーレットちゃんからすれば、おじさんが来る前の話の続きだった。だけど、おじさんにはそんなこと関係ない。自分が不審者だと自覚してるタイプの不審者だったらしくて、交番と言う単語に、やけに反応を示した。
「こ、交番……? 君たち、交番に行くのか?」
そう、震える声で聴いてくる。不審者は無視するに限る。そう思ってスカーレットちゃんの手を引きながら地図アプリを見て道案内をしていたわたしの手を、逆にスカーレットちゃんが強く引いた。
「スカーレットちゃん? どうしたの?」
「ヨシノさん、動かないで」
さっきまで交番が飲食店だと思ってほくほく顔だったスカーレットちゃんが、やけに硬い表情をしてわたしの背後を見ている。わたしもスカーレットちゃんに釣られて自分の背後を振り返って見てみれば、
「事件……いやだ、通報、されたくない……」
街灯の下で鈍く光る包丁を手にしたおじさんが居る。あ、これは……うん、ホラーだ。
あえて事態を軽くとらえようとしたんだけど、無理だった。こういう時に
やけにゆっくりと映る視界で、おじさんが包丁を手にわたしを目がけて駆けてくる。
――まじか。わたし、死ぬんだ。
心の中で覚悟した、まさにその時だ。ゆっくりになったわたしの視界で、スカーレットちゃんだけが滑らかに動く。そして、私とおじさんの間に割って入ったかと思うと。
「死神たる私が。命の恩人を殺させるわけ、無いじゃない」
包丁を突き出すおじさんに腕を伸ばして……。
「お休みなさい」
それは、一瞬の出来事だった。スカーレットちゃんが触れた瞬間、「ぇ」とマヌケな声を漏らしたおじさんは、勢いそのままに前につんのめってこけてしまう。そして、そのまま、ピクリとも動かなくなった。
「す、スカーレットちゃん? 何をしたの?」
「何をした、なんて。やっぱりヨシノさんは馬鹿なのね? 私、死神なのよ?」
わたしの問いかけに、
「ふぅ。これでお菓子のお礼くらいは出来た――」
やり遂げた感を出しながら手を叩くスカーレットちゃんの言葉を遮って、わたしは彼女の腕を引いたまま自宅へと急ぐ。たった今、2つの事実が確定した。
1つ、スカーレットちゃんは間違いなく、人知を越えた力を持つ存在――本物の死神だということ。そして、もう1つ、わたしがスカーレットちゃんに人を殺させたこと。つまり、わたしは殺人事件の共犯者になってしまった。
「ヨシノさん?! どこへ行くの?!」
「わたしの家! 早く、逃げないと……っ!」
わたしの背後、公園の前に転がった包丁が、街灯の光を受けて怪しく光っていた。
なんて、焦りのあまりこの
「え? 殺してないわよ? 気を失わせただけに決まっているじゃない」
けろっとした顔でそんなこと言うから、わたしとしてはたまったものじゃない。
「死神がほいほいと人を殺すわけないわ。言ったでしょう? あるべき場所に死を運ぶのが、私の使命だもの」
「……よ」
「よ?」
「良かった~!」
全身から一気に力が抜けて、思わず座卓の下に敷いたラグマットの上にへたり込んでしまう。すると身体は現金なもので、夕食前だったこと思い出したかのようにお腹が鳴った。さらにもう1つ。ベッドの前にある座卓の前にちょこんと座るスカーレットちゃんのお腹からも、クゥッと可愛い音がした。
「……とりあえず、ご飯にしよっか」
「ご飯! 作ってくれるの?!」
「しゃ~なしだよ? 1人分も2人分も、作業自体はほとんど変わらないしね」
「ありがとう、ヨシノさん! 大好き!」
「え、笑顔が、
お米を2合炊きながら、私は「ふん、ふふん♪」と鼻歌を歌うスカーレットちゃんをちらりと見遣る。普通の人は、触れただけで相手を昏倒させることなんてできない……よね。つまりスカーレットちゃんが人じゃない何か、それこそ死神だと言うのは多分、本当だ。
でも、言っちゃなんだけど、知らないおじさんについて行こうとするほどこの死神ちゃんはチョロい。恩を売って売って売りまくれば、ひょっとすると勘弁してくれるかもしれない。であれば、わたしが千本木桜だと露見するまでに、どれだけこの子に恩を売れるかが鍵になる。
――これも生きるため!
わたしはこれまで
「ヨシノさん、まだー? 空腹がもう限界だわ」
「イラッ……。またあの公園に放っぽりだそうかな、この可愛いだけの死神ちゃん……」
わりと本気で考えながら、わたしは命綱でもある晩ごはんの親子丼を作り続けるのだった。
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