【短編】わたしを殺しに来たチョロかわいい死神ちゃんとなぜか同棲することになった話
misaka
1日目 「そうだね、大人だね」
『それは、ある夏の日の夜のことでした』
……って、なんかこう言うとホラー番組の始まりのような気もするけど、ともかく。
ある夏休みの日の夜。部活の後、近くのスーパーで夕飯の買い出しを済ませたわたし――
「今日はお母さん達が大好きだった親子丼だよ。な~んて」
ンー……
どこからともなく、
「なんだろ? お~い、誰かいますか~!」
ンー……。ンー……。
聞き間違いかと思ったけど、確かに
唸り声とかって大抵、風の音だったりするんだよね。何も分からないから怖いのであって、正体を突き止めてしまえば怖くない。それが、17年生きているわたしの持論だ。幽霊が
静かな公園。わたしが砂利を踏みしめる音が響く。今回もてっきり風の音だろう、なんて思ってたんだけど。
「んー……、はんー……」
割としっかりめに、人の声がしていた。……う~ん。こうなってくると、別の恐怖が出てくるよね。例えば声の主がヤバめの人だったりして、果たして高2のわたしがどうにかできるものなのか~って言う。もし相手が男の人でわたしが襲われでもしたら、お終いだ。
「それならまだ、幽霊とかの方がマシな気がするような……。叫ぶ準備だけしとこ」
少しずつ増してきた不安を独り言でごまかしながら、声のする方へゆっくりと歩いて行く。やがてたどり着いたのは公園にある、タコの形をした滑り台みたいなやつだった。階段とかトンネルとかがあって、子供たちが元気に遊ぶ姿が目に浮かぶ。声の主は、そんなタコの遊具のトンネルの中に居るようだった。
で、ここまで近づくと、いよいよ何を言っているのかが分かるようになる。
「ごはんー……。ごはんー……」
「ご飯」。そう。声の主が求めている物は、ご飯だった。つまり、お腹が空いてるん……だよね? 身構えていたことが馬鹿らしくなって、わたしの全身から力が抜けていくのが分かった。
トンネルで反響して分かり辛いけど、声の感じからして小さな女の子かな? ひょっとすると、かくれんぼとかをしてて、引っかかって出られなくなったとか。もしくは、家出をしてきたとか。色んなことを考えつつ、とりあえず遠目から声をかけてあげることにしする。……一応、ヤバい人が出てくる可能性もあるから、いつでも叫んで逃げられるよう、心の準備はしておいた。
「こ、こんばんは~! 大丈夫ですか~……?」
誰も居ない公園に、わたしの声がむなしく響く。もしかして、周りの人から見ればわたしの方がヤバい人なんじゃ……?
「でも本当に困ってるようなら、力になってあげたいし……」
せめて交番に連れて行ってあげるくらいはしてあげたい。それが、なんていうんだろう。高校生として……と言うか、大人として? の余裕みたいなものだと思う。
とか考えてたら、いつの間にかご飯を求める声が聞こえなくなっていた。その代わりに聞こえてきたのは、ズルズルと何かを引きずるような……ううん、何かが這いずるような音だ。公園にももちろん、街灯はある。だけど、さすがにトンネルの中までは照らしてくれない。だから、何がトンネルから出てこようとしているのか、わたしには分からなくて……。
「いや、さすがに怖いな?!」
一歩、二歩と砂利を踏みしめて後ずさりするわたし。だけど恐怖はありつつも、相手が子供だったりしたら助けてあげたいという気持ちもあって、逃げるに逃げられない。
やがて暗いトンネルから白い手が出て来て。もう一本の白い腕が出て来て。黒くて長い髪が出て来たところで。昔、ホラー映画で井戸から出て来た幽霊を思い出したわたしは、逃げ――ようとして。
「ま、待って!」
叫んでいるようにも聞こえる、そんな女の子の声に思わず足を止めてしまった。
「お、お願い……えっぐっ。あなただけが、頼りなの。誰も、助けてくれなくて……ぐすっ」
あまりにいたたまれないその言葉に、わたしは恐る恐る振り返る。そこには、腰まで届く真っ黒な髪の女の子が居た。身長は140~150㎝くらいで、年は多分、小学校高学年とか、中学生くらい。釣り目っぽい目は生意気そうと言うか気が強そう。遊具の上に立って必死で涙を堪えようとしている姿は、余りにも幼く見えるんだけど、女の子が着ている真っ黒なドレスなんかは妙に大人っぽい。
何より私が驚いたのは、街灯に照らされた女の子の目が血のように真っ赤だったこと。本当は、普通ではありえない瞳の色に驚くべきなんだろうけど。
「か、可愛い……」
芸能人とかインフルエンサーにも負けないくらい整った容姿に、同性ながら見惚れてしまったのだった。とりあえず話が通じない系のヤバい人ではなさそう。わたしは胸をなでおろして、スクールバックを担ぎ直す。
「あ、えっと……お腹空いてるの?」
「ぐすっ……、ええ。3日3晩、何も食べてないわ!」
「それ、威張って言うことじゃないと思うけど……」
まぁ、そんな年ごろなんだろうな。わたしにも中学前半の頃とか、あったような気がする。ちょっと微笑ましく思いながらも、わたしはスクールバックと買い物袋を探ってみる。
「えぇっと、何か食べる物……あった。これ、食べる?」
わたしが取り出したのは、友達から貰ったチョコ菓子だ。細い棒にチョコレートがコーティングされていて、食べたときのポキッという音と食感が良いんだよね。夏だし、お弁当を冷やしていた保冷剤で冷やしておいたから、溶けてはないはず。多分。
「……くれるの?」
「さすがに、食べ物欲しがる子の前でお菓子出しといて『あげません!』なんて言わないって」
「……そう。それならありがたく、頂こうかしら」
さっきからちょくちょく上からの物言いが気になるけど、相手は子供。わたしは大人。気にしたら負けだよね。
ひとまず街灯の近くにあるベンチに2人で座って、話を聞くことにしたんだけど……。
「(ポキッ……モグモグ……ゴクン)ん~~~~~~! これ、甘くて、だけどこの棒の部分が香ばしくて……最高だわ! しかもこのチョコ、よく味わえばほんのりとした苦みがあって、くどさを全然感じさせない! だから次々に食べても、飽きが来ないのね?!」
そこからはリスみたいに、ポキッとチョコ菓子を折っては小さな口に頬張ってモグモグ。目を輝かせて、さらにもう一口の繰り返し。
「あはは……。ただのそこら辺にあるお菓子をめちゃめちゃ美味しそうに食べるな~」
しかも食レポまで。ルックスも良いし、CMとか来ても全然不思議じゃない。だからこそ気になるのが、この子の正体だ。わたしはひとまずスマホの地図アプリで最寄りの交番の場所を調べながら、最低限、聞くべきことを聞いておく。落ち着いた今なら、話してくれるよね?
「えっと……。お名前は? 中学生かな?
わたしが聞いてみると、女の子はようやく食べる手を止めて上目遣いに私を見た。そして、何かを……多分、自己紹介を忘れていたことを思い出したんだと思う。真っ赤な目を大きく見開いたかと思えば、袋に残っていたチョコ菓子を全部口に入れた。そのまま、柔らかそうなほっぺをパンパンにして、めちゃめちゃ幸せそうな笑顔で
「ごくんっ……。はふぅ。そう言えば名乗り忘れていたわね!」
きりりと表情を結び直してベンチから立ち上がったかと思えば、砂利の上を滑るようにしてわたしの正面に立った。街灯を背に、赤く輝く瞳でベンチに座る私のことを見下ろした女の子は、自分のスカートの裾を両手でつまんで見せると、外国風のお辞儀をしてみせる。
「私の名前はスカーレット。姉のような人は居るけれど、両親は居ないわ。心配しなくても、成人はしているから」
「……成人してる人が行き倒れてたって聞くと逆に不安になるから、その嘘はやめた方が良いよ?」
「なっ?! 噓じゃないわ!」
いや、どう見ても子供じゃん。口元にチョコ、ついたままだし。って言うとこの子は怒りそうだから、やめとこう。わたしは温かい目でスカーレットちゃんを見てあげることにする。
「うんうん、そうだね。大人だね。それで? スカーレットちゃんはここで何をしてたの? なんであんな所に?」
「よくぞ聞いてくれたわ!」
そう言って腕を組むと、小さな身体で精一杯ふんぞり返るスカーレットちゃん。なんだろう。いちいち芝居がかっている。もしかして結構、イタい子だったりするのかも。まぁ、可愛いから良いか。
「私がここに来た理由……。それはね、って、聞いてる?」
「聞いてるよ~? あっ、あった、交番。ここから歩いて5分くら――」
「私がここに居る理由は、
殺す。女の子が使った強烈な単語に、わたしの脳が一瞬マヒした。
「……ころ、す?」
「ええ。私は
「殺す」とか「死神」とか。すぐには理解できない単語が連発されて、わたしはもう何が何だか分からなくなる。そうして思考停止状態のまま固まってしまっていたわたしを見下ろして、スカーレットちゃんは聞いて来るのだった。
「ところであなた、名前は?
そう。これがわたし、千本木桜と、死神スカーレットちゃんとの出会いだ。この日から、わたしの命を賭けたスカーレットちゃんの
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