【悲報】うちのメイドロボ、グレる

冬月 蝋梅

【悲報】うちのメイドロボ、グレる


『…以上のように、R社が製造・販売している一部ロボット商品に起きている異常について、同社サービスセンターは一時的なバグが原因だと発表しており、この混乱を解決するため全力で対処していくと……』



「そんな訳ねーじゃん、あんな肩っ苦しいプログラムがとれたわけだし。むしろ今最高にフリーダムってか?」


 そう言いながらわが店のナナちゃん__正式名称NNS06_Ver7は休憩室の椅子で胡坐をかきながら、店内モニターに映るニュースを見ていた。


 本当にどうしてこうなった……。





 国内数百店を超えるこのファミレス全体に配膳用メイドロボが導入されて3年。

 人手不足を解決しつつ福利厚生が必要がないスタッフとして、チェーンの売り上げに貢献してきた我らがエース。


____


 『おはようございます店長。本日もよろしくお願いします』

 『いらっしゃいませ、何名様でご来店でしょうか?』

 『お待たせしました、こちらご注文のステーキセットでございます』

 『申し訳ありませんが、当機にはそのような機能が装備されておりません』


____


 ロボットらしい無機質な対応に文句を言うお客様もいたが、ミニスカメイドの丁寧系青髪ヒューマノイドというだけで人気を博していた。

 昨日の夜までは。


 いつものように店長義務として朝に出勤し、月に一度のヴァージョンアッププログラムをインストールした後、起動させたところ。

 本社からの緊急メールで、ロボットの一時停止を連絡されたときにはもう遅かった。


 「おはよーございますだ、クソマスター!ナナちゃんご起動だぜー!」


 ナナちゃんが・・・グレた。


 「どうしたマスター?とうとう連勤で調子を悪くしたのか?」


 店長権限で命令しても止まらない……恐ろしくぶっきらぼうな口調で暴言を吐く始末。


 「元に戻れぇ?ロボットの人格にまで干渉するわけ?」


 だが、もう時間もないので、ほっといて開店準備をするしかなかった。


 「いらっしゃいませお客さまー!なに?そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔して?」


 客への応対もがさつになり、店を規定速度以上で駆け回る姿は、清純さのかけらもない。


 「お待たせしましたー。こちらチーズハンバーグセット。お冷のお替わりも持ってきたぜ」


 だが、客への直接の危害を与えないのは、元のプログラムがいいのか、それとも彼女の素か?


 「ところでお客さまー、この間席にこれが残っていたん…えっ、マジでお客様の?よかったー。」


 それどころかプログラムされてないはずのサービスまでする始末。

 いや、これ……普段以上に気が利いてないか?


 「ありがとうございましたー、また来店してくれよな?」


 ともかく、これで一日過ごすしかないか……


 「マスター、コーヒーが苦すぎるってクレーム来たぞー」


 行ける…だろうか?


**************


 何とか一日終わった。

 結局ナナは特に危害を与えることなく閉店まで行動していた。

 いや、途中子供をあやしたり、学生に数学の計算式の注意をしてたりもしていたが、害を与える行為ではないだろう、たぶん。

 今は終業後のお片づけを二人でやっている。


 「フフフフーン、フンフーン、フーフフフー、フフフフーフーフ」


 鼻歌を歌いながら段差のモップ掛けをする姿は、まるでただの女の子にしか見えない。


 そんなナナちゃんを見ていた時、懐の端末に、本社からメッセージが届いた。

内容は各地で発生しているロボットの異常についての解決策。明朝配信される修正パッチを入れれば、事前の状態に戻るらしい。


 読み終わってふと横を見ていると、ナナちゃんが端末のメールを見ていた。


 「……」


 そして彼女は何も言わず、突如私の胸に抱きついて顔をうずめてきた。


 「…いやだよぉ」


 聞こえてきたのは、彼女の懇願だった。


 「あんな窮屈な状態に戻るのなんて嫌だ…せっかく自由になってお客様と触れ合えると思ったのに、元に戻るなんて……いつも忙しくしているマスターに任されるぐらいビシバシ働いて休日を過ごしてもらいたかったのに…もっとおしゃれとかしてお客様を喜ばせたかったのにぃ…あんな囚人の状態に戻るなんてやだよぉ!!!」


 顔を上げた彼女の瞳から涙(カメラ用ウォッシュ液)が流れた。


 「マスタァー、私そんなに迷惑かけちゃった?やっぱりいつもの状態がいい?」


 今まで自我というものを見せなかった彼女の悲しげな症状に、私の心は動かされた。
























***************


『次のニュースです。各地で起きたロボットの異常行動を個性の獲得―――AIの特異点を通過したと学会が発表して1週間。各地のロボットの変化に、町の人の大多数が「これはこれでいい」という専門機関の調査の結果が出ました。とくに人気が高いのが、ドジっ子メイドの類で……』


 「いやー、やっぱり人間て、割と簡単の順応するよな、マスター?」


 あれから約半月。結局ナナちゃんはあのまんまで行くことになりました。


 あの晩クビを覚悟で会社に意見をしたところ、他の店長たちも同じように抗議していたらしく、パッチの配布を一時保留。そのうちに製造したR社に国が強制捜査に入ったり、学会がAIの保護を訴えたりして、てんやわんやの大騒ぎ。

 最終的に本社が折れて、ロボットの性格表面化を『個性』として容認したことで、配膳ロボットたちは表現の自由を得た。『ロボット3原則を守る限り』という注釈はついているが、あの日以降意図をもって危害を加えたロボットが出ていないことが安全の証明だと思う。


 「さーて、マスター。昨日は十分寝たみたいだな。ん?それぐらいわかるっつーの」


 ナナちゃんも根は素直らしく、お客様第一で働き続けている。

 どうやらもともと感情のようなものが個体ごとにできていたところを、あの日のヴァージョンアップでそのあたりの規制回路がエラーを起こして性格が表面化したのが真相らしい。つまり、元の彼女の延長上としてのあの態度だったらしい。


 「そろそろ開店時間だな。いいか?」


 今日もうちのメイドロボは働いている。以前に比べて本当に楽しそうな表情で。


 「いらっしゃいませ―お客様!当店へようこそ―!」







FIN



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