Voice.2 陽キャアイドルの幼なじみとつき合うことになった件について

オタクの聖地は夢の場所

 ――篠原がオタクだと知った次の日。

 オレはいつもどおりに学校に来た。

 教室に入ると、篠原は昨日と同じようにクラスメイト達に囲まれていた。

 篠原がオレの姿に気づいて笑いかける。


「おはよう。瀬尾くん」


 オレは小さな声で挨拶を返した。


「おはよう。篠原」


 そして、スクールバッグを机に置いて、篠原の横の自分の席に座る。

 クラスメイトと話している篠原を見ながら、昨日の篠原の言葉を思い出す。

 ――「私と、つき合ってほしいの」


「オタクー、顔赤いぞ」

「熱でもあるのか?」


 聞き覚えのある声に気づいて顔をあげると、メガネと文豪が居た。


「おはよう。オタク」

「おはよう。メガネ、文豪」


 すると、文豪がしばらく考えるような表情をしてから言う。


「あ、わかった! お前篠原さんのこと考えてたんだろ!?」

「違う」


 ……本当は合ってるけど。

 教室で正直に答えると変な噂になりかねないから嘘をついた。


「そんなこと言ってー。隣の席になって嬉しいなーとか考えてたんじゃないのー?」

「だから違うって」


 それとは違うこと考えてた、とは絶対に言わない。

 その時、ホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴った。


「ほら、2人とも。早く自分の席着かないと先生に怒られるぞ」

「うわ、本当だ。じゃあまたあとでな」


 オレ達のやりとりを見ていた篠原は笑っている。


「3人って本当におもしろいよね」

「そんなにおかしかった?」

「うん。それに、やっぱり仲いいなって思いながら見てたよ」

「あんなやつらが居てもうるさいだけだぞ。たしかに仲はいいけど」


 すると、担任の先生が教室に入ってきた。


「お前ら席につけー。出席とるぞー」


 そう言われて、オレと篠原は前を向く。

 先生は出席をとると、今日の連絡事項を言った。


「えー、明日から2週間部活動の仮入部期間です。どの部活にどの期間、何個入るかはそれぞれの自由なのでよく考えて自分の部活を決めるように」

「はーい」

「部活を作るのも大丈夫なので考えている生徒は先生に相談してください」


 オレは中学の時美術部だったから美術部に仮入部するけど、篠原は何部に入るんだろう。

 小さい頃の記憶だと篠原は運動も得意だったし、器用だったからなんでもできそうだけど……。

 そして、高校に入学して初めての授業が終わり、部活動説明会の後、美術部に仮入部の手続きをする。

 それから、今日まで半日授業なので、すぐに下校時間になった。

 スマートフォンを取り出す。

 すると、篠原からメッセージが来ていることに気がついた。

 スマートフォンを操作して、メッセージを表示する。


「先に最寄り駅の改札の前で待ってて」


 ――そう。

 オレは篠原と学校が終わった後、待ち合わせをしていた。

 クラスメイトに2人で一緒に居るところを見られないようにするために、別々に行動する。

 わかった、とメッセージを返してスマートフォンをスクールバッグにしまう。

 そして、オレは最寄り駅に向かった。

 駅に着いてしばらくすると、篠原が走ってくる。


「たっくん!」

「篠原」

「おまたせ。今日はありがとう」

「いや、お礼を言われることのほどじゃないよ」

「ううん、つき合ってくれてすごく嬉しいよ」

「そっか」

「オタク趣味で一緒に行ってくれる人なんて居なかったから……池袋」


 篠原の言葉を聞いて、オレは苦笑いした。

 ――昨日の夜、篠原から電話で「私とつき合ってほしいの」と言われた。

 恋愛の意味での言葉だと思って驚いて聞き返したら、池袋に行ったことがないから一緒に行ってほしい、という意味だった。


「危うく勘違いするところだった……」

「何か言った?」

「あ、なんでもない。気にしないで」


 それから改札を通って、電車に乗る。

 電車の中は昼時なので空いていた。

 空いている席に2人で並んで座る。


「オレも池袋行くのはひさびさだから楽しみ」

「ならよかった。私、メイトに入ったことないから入ってみたくて」


 メイトというのはオタクがよく行くアニメショップの店の1つだ。


「池袋のメイトは本店だからすごく広いよ。なんでもそろってる」

「そうなんだ」


 すると、話しているうちに電車が池袋駅に着いた。

 改札を通って、東口に出る。

 道がわからない篠原の先頭をオレが歩いて、メイトに向かう。

 しばらくすると青い看板のビルが見えて、立ち止まった。


「着いたよ」


 篠原はビルを見上げて目をみはる。


「ここがメイト……!」


 初めて見るアニメショップに嬉しそうな顔をする篠原と一緒に、オレはメイトの中に入った。

 平日なのに店内はそれなりに混んでいる。


「篠原は何か買いたいものある?」

「まずは今日発売の柚木真奈ちゃんのアルバム!」


 即答だった。


「オッケー。じゃあ6階だな」

「売り切れてないかなー」

「さすがに発売日だから大丈夫だと思うよ」


 そして、エレベーターで6階まで上がる。

 CD売場にに着くと、柚木真奈さんのアーティストコーナーができていた。

「柚木真奈」というポップのところにあるモニターでは、最新アルバムのミュージックビデオが流れている。

 そして、その下には今日発売のアルバムがたくさん並べられていた。

 篠原は目を輝かせる。


「あったー! 真奈ちゃんのアルバム!」

「オレも買おう」


 篠原がアルバムを手にとったのを見て、オレも同じように手にとった。


「見て! メイト特典でクリアファイルついてくるみたいだよ!」

「メイトは特典つくこと多いよ」

「さすがたっくん! 詳しいんだね」


 そして、篠原と一緒にレジに向かう。

 レジが空いて、篠原が会計をする番が来た。


「いらっしゃいませ」

「え?」


 そこに立っている店員の姿を見て、篠原は驚いて声をあげる。


「お兄ちゃん!?」


 そう呼ばれた店員は、イタズラっぽく笑った。

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