50万トン空母『大和』【休止中】

竹本田重郎 

序章 50万トン空母『大和』

第1話 山本五十六の切り札

1940年7月


「え!ハワイを奇襲しないのでありますか!?」


「敵を騙すには味方からと言うだろう。ちゃんと、私と予備役の方々で計画を練ってある。あの『大和』は米本土爆撃を建前にし、米海軍太平洋艦隊撃滅のために使う」


「読めました。ハワイの敵艦隊を否が応でも引きずり出すため米本土を叩くと。仮に動かなければ敵本土を脅かすことで、国内における海軍の威信を失墜させられる。そのような失態は演じられない以上は、ハワイの艦隊は動かざるを得なくなり、そこを『大和』で叩きのめす」


「ご名答だ」


 大日本帝国海軍の連合艦隊司令長官である山本五十六大将は対米決戦戦略を策定した。しかし、一般的に知られるハワイ奇襲攻撃(真珠湾攻撃)はブラフであり、対米決戦の切り札を用いた米本土爆撃を建前にした、ハワイの太平洋艦隊を引きずり出して撃滅する策である。


 要は太平洋から米海軍の主力級を全て沈め回復に数年を要させた。いくら米国と雖もヨーロッパの戦争もある。主力級艦艇を多数建造するのは骨が折れて、太平洋に戦力が無くなればハワイは孤島と化した。日本海軍が長年培った戦力を以て兵糧攻めにしてハワイ降伏に持ち込むのが狙いである。


 随分と都合の良すぎる戦略だが切り札がある故に可能だった。


「50万トン空母と専用艦載機はこのために用意した。それにしても、建造の資金と資材を抽出するため、非難を一身に浴びてでも中国から手を引いた。本当に僥倖であるよ。おかげで陸軍の兵隊も海軍の兵隊も余裕ができた」


「大和の習熟度は抜群です。護衛駆逐艦30隻は本土各地に分散していますが、鶴の一声で集結して行動が可能であり、艦隊を支える高速油槽船も5隻全て揃いました」


「面倒をかけたな。ただ、開戦は陸軍の東南方面の進撃に依る。我々の米本土爆撃は時勢を見極めて行う。おそらくあり得ないが、米海軍がハワイから自ら打って出てくるかもしれない」


「はい、なんせ単艦ですから出撃は慎重に慎重を重ねなければなりません」


 対米決戦は回避できないところまで来たが、まずは現在の国際情勢について確認することにしよう。大日本帝国は日独伊三国同盟を結んで英米とは相容れないと言って差し支えなかった。ただし、史実と異なって満州事変や日中戦争は発生していない。


 対米決戦における切り札の兵器を用意するにあたり、膨大な予算と資材が必要になった。強国の中でも貧乏な日本では可能な限り出費を抑えないと実現できない。途中で諦める力も無いため、完成の最後まで貫徹するべく節約を心がけた。


 特に第一次世界大戦後は軍事行動は厳に慎んでいる。日本と中国の間で軋轢こそ生じたが軍事的な衝突を回避し続けた。そして、最終的には完成までの時間稼ぎを含めて中国から撤退する英断を下す。当然ながら、主に陸軍から強烈な反発が生じクーデター未遂事件が発生したが、首謀者は極めて強硬派の一部であって天皇陛下の逆鱗に触れて速やかに検挙された。穏便な陸軍に対しては世界最大の世界最強を作るためと説得している。


 そんな中国は日本が撤退したことで落ち着くかと思われた。いいや、ソ連を後ろ盾に得た共産党が台頭すると国民党と泥沼の中国内戦に入る。仮に日本が居座っていたら泥沼内戦に巻き込まれ、最悪は国共が手を結び日本に戦争を仕掛けるかもしれなかった。この中国内戦について日本は「不介入」を貫いている。邦人の保護や台湾の防衛強化などに留めたが英米は国民党を支援した。


 よって、日本は弱腰と見られないためにもドイツとイタリアで日独伊三国同盟を結び英米をけん制する。同時に独伊にヨーロッパのことは任せて追認し、日本はアジアから太平洋に至るまでを承認された。この同盟を活かしてドイツから優れた技術を導入しては切り札から一般兵器まで幅広く改良する。


 何よりも、とっくに第二次世界大戦が勃発した。日本は欧州戦線に不干渉を表明しているが、ヴィシー・フランス政府の承諾を得てインドシナに進駐する。これが決定打となり、アメリカ・イギリス・オランダは対日禁輸処置を講じた。中国は内戦に忙殺されて対応できていない。


 逆に対日禁輸処置を理由に「対英米決戦やむなし」が広がった。


 そして、完成して習熟度を高めた切り札を以て対米決戦に臨むことになる。


 第一段階の戦略では国内備蓄が尽きる前に南方地帯を制圧した。インドシナとタイ王国(独立国で通行許可を得ている)から英領インド国境方面とシンガポール、東インドに進撃する。英領インド国境はインドからの反攻を防ぐ防御が込められ、主たるは目標は海軍拠点シンガポールと石油産出東インドだ。


 それでは、山本五十六大将と腹心の会話に戻る。


「大和に座乗する司令官は山口多聞中将です。あの方ならやってくれましょう」


「人殺しと言われるが、実際は誰よりも航空戦力を理解している。それより私が心配しているのは、米海軍が潜水艦で海運を封鎖することに尽きる。海上護衛総隊が創設され、対潜戦力を増強しているが補う範囲が広すぎた」


「おっしゃる通りです。しかし、お言葉ですが大和に付随する護衛駆逐艦を簡略化した戦時急造の丸急駆逐艦がおります。海防艦から駆潜艇まで建造を急ぎ、独Uボートの実物を用いた研究で対潜戦闘の技術を磨きました」


 日本が島国で石油等の輸送が船舶頼りでは潜水艦の通商破壊作戦が最大の脅威になった。第一次世界大戦でもドイツ海軍が潜水艦を展開し、海運を徹底的に破壊し尽くした実績がある。ひとたび、開戦してアメリカ海軍が同じことを行う危険は極めて高く見積もられた。


 潜水艦対策として通常の駆逐艦より簡略化し、最短3ヶ月で建造できる急造駆逐艦を大量建造する。より小型の海防艦から駆潜艇まで有り余る程に用意したが、装備の技術面でも優位に立つため、ドイツから潜水艦(Uボート)を入手して対潜戦闘の研究を究めた。せっかく、南方地帯の石油を日本に送りたくても、途中で沈められては堪らない。


「ただ、潜水艦も大和を優先目標にすると思われます。海上輸送に差し向けられる潜水艦は減り、無事に石油やゴムを本土まで運搬できます。それに潜水艦は特殊な艦ですから習熟に時間を要しました。大和を狙った艦が撃沈されれば、潜水艦乗りの習熟が間に合わず、大和撃沈にも通商破壊にも足りなく…」


「出来過ぎている話だ。そこまで米海軍も愚かではなく、すぐさま潜水艦の拡充を行うだろう」


 少し舞い上がっている腹心を注意した。戦いで最も怖いのは慢心であり、かの今川義元も桶狭間にて慢心より織田信長に討ち取られている。これは英米にも言えることで、日本を甘く見ている節があった。50万トン空母の建造を漏れ聞いても馬鹿馬鹿しいと断じ、航空機も複葉機ばかりで単発単葉機は輸入品と笑う。実は切り札に合わせて多種多様な高性能機を開発したことを知らなかった。仮に知っても嘘偽りだと蹴とばして笑い飛ばす。


「艦上重爆撃機は対潜哨戒にも使えます。今の私がそうでしたが油断しない限り、大和が沈むことは絶対にあり得ません。不沈艦とは大和のことを指して、キングジョージ五世やワシントンは少し硬い船に過ぎません」


「その艦上重爆だが、爆弾の数は揃っているのか。基地航空隊から飛来した陸攻と飛行艇が使用する爆弾もある。副砲と機銃の弾も足りているのか」


「爆弾については順次搬入しています。副砲及び機銃弾も備蓄から搬入しておりますが、護衛駆逐艦の弾が不足気味です」


「流石に規模が規模で間に合わないか。まぁ、初戦は航空隊のみの戦いで副砲が火を噴くことはあるまい。砲弾が足りなくても爆弾だけは揃えるように。特に1.5tの富士弾は対艦爆撃の必殺兵器だ。戦艦に限らず空母も一撃で沈められる」


「よく承知しました。富士弾の投下訓練も月月火水木金金を以て続けます」


「山口中将にはよろしく頼んだ」


続く

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