第2話

 そして俺は帝国に入った。


 設定は俺とアリスが恋人で旅行、怪しいがジャックは一人で仕事というものにした。


 到着すると、ジャックとは完全に別行動で少し観光をした。設定上怪しまれないようにというのもあるし、帝国の雰囲気や様子、状況を知るために町を見ておきたかったのもある。


 その日は高いリゾートホテルに一泊し、次の日に他のスパイと合流することになった。


「すごい……こんなところ泊ったことない……!」

「俺も初めて」


 万が一も考えて、それっぽい会話をしながら二人で盗聴器やカメラが無いかを確認していった。


 お互いに無いことを確認すると、やっと少し気が休まる。


「とりあえず、今日は追跡されてなかった」

「そうみたいですね」


 二人で過ごす部屋にしてはとても広くて落ち着かない。しょうがないことだが。


「ねえ、敬語じゃなくていいよ。歳変わらないでしょ?」

「私の情報知ってるイオリがそういうなら、遠慮なく」


 仲間との関係を少なくとも一人は築き上げておきたい。


「そういえば、怪我はもう大丈夫なのか?」

「大丈夫。ジャックさん大袈裟だから。ただの捻挫。ちょっと休めば治る程度」

「そっか」


 それだけ今回は危険な任務なのだろう。


 失敗すればもうお終いだ。俺には新学期などは訪れず、今の任務も全て計画が狂う。俺の場合はより組織に迷惑がかかる。絶対に失敗できない。


「ねえ、イオリは昔ジャックさんと一緒に仕事したみたいだけど、何してたの?」

「親子」

「えっ?」

「偽装家族」

「あぁ……なるほど。そんな小さい頃から……?」

「そうだな。十歳くらいだったかな」


 何人もやってきたからどんな任務だったのかはあまり覚えていない。


 そうして軽くお互いのことを資料以上に聞いて、一日を終えた。


 翌日、俺たちは他のメンバーが泊まっている小さなホテルに向かった。ホテルというかゲストハウスというか、本当に小さな場所の二階に泊まっているらしい。


 俺たちは今日も恋人かのようにそのホテルの近くに向かい、その正面のカフェに用があるように会話を進める。


「私、ちょっと買ってくるね」

「うん。よろしく」


 そう言ってアリスはカフェに向かう。


 カフェで列に並びながら、アリスはホテルのメンバーが持っている端末に内容がない信号を送る。


 するとメンバーは怪しく思って窓の外を見るだろう。という見立てだ。


 周辺には多少関係者の目があるように思える。確かに少し勘づかれている可能性はある。でも正直ホテルを見張っているようには思えないので、そこまで心配しなくてもいいかもしれない。この辺には重要施設もあるし、そのせいだと思った。


 そんなことを考えていると、窓からこっちを見ているスパイの姿が見えた。《青雲》のライトだった。


 ライトのことは、俺もよく知っている。ジャックと同じように、偽装家族を組んだ仲だ。ちなみにジャックとは別の時だ。


 そして俺はその時に使っていたサインを駆使して内容を伝える。


『予定通り集合場所で落ち合おう。ただし、計画は多少の変更あり』

『了解。応援で来てくれたんですか?』

『ああ。じゃあまた』

『はい』


 ライトは昔から暇さえあれば空を眺めていたので、窓の近くにいるだろうと思っていた。このサインは帝国にもほとんどバレていないサインなので、賭けではあったが安全な方を取った。


「買えたよー」

「おっ、ありがとう」

「これめっちゃおいしい」

「そうなの?」

「一口飲む?」

「え、いいの?」


 そんな会話をしながら、俺たちはすぐにその場を後にした。



 そして翌日の夜、集合場所になっていた森の中の古い館に全員が集まった。


「アリスー来てくれたんだね」

「大した怪我じゃないから」

「そっかー、よかったー」


 アリスとそう話すのは《絆星》ラヴィ。話してはいないが、輪の中には《貴婦人》マリアもいる。


「でも、アリスは大丈夫なの?」

「何が?」

「ほら、あの人と間接キスしてたじゃん……!」

「いや、あれは潜入のためで……」

「あたしだったら任務でも無理……」

「それはあなたに耐性が無いからでしょう。それくらい、やって当然のこと」


 マリアがラヴィにそう言い放った。戦闘より潜入の方が得意なマリアにそう言われてしまうと、何も言い返せない。


 そんな女子三人組を眺めていると、別の方向から視線を感じる。


「どうした? ライト」

「お久しぶりです。イオリさん」

「確かに久しぶりだな」


 その時の俺たちは、兄弟だった。


「元気にしてたか?」

「まあ、一応」

「そっか。それはよかった」

「まさか、あなたが応援に来るなんて思ってませんでした」

「俺も行くつもりはなかった。だが、新人は大事にしないといけないからな」

「そうですか。ありがとうございます」


 偽装家族として子供の頃から任務に参加しておいてこの新人組にいるということは、上手くいかなかったことがあるのだろう。正直俺とは会いたくなかったと思う。


「よろしくな」

「はい」


 ジャックからそろそろ話を始めるような雰囲気を感じたので、そう言って話を切り上げた。


「えー、じゃあそろそろいいかな」


 思った通りだ。

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