高校生スパイの夏休み

月影澪央

第1話

 共和国中の学校は全て休みになり、学生は長い長い夏休みを迎えた。


 同級生たちはどこかに旅行に行くという話をしていたが、俺にはそんな余裕はない。


 なぜかというと、それは俺がスパイだからである。


 俺は物心ついた頃には共和国のスパイで、偽装家族の中で暮らしていた。子供がいるということはとてもいいカモフラージュになるようで、俺はいくつもの家族の中で暮らした。正直、それに疑問を持ったことはないし、持っても無駄だと思っている。


 共和国とその隣国である帝国は、何十年も前に戦争をしてから今に至るまで冷戦状態。どちらも兵器を使った戦争は無駄だと思っているので、今はどうにかして勝つための情報戦をスパイによって行なっているところだ。


 偽装家族の間はその帝国で色々と任務を遂行してきたが、さすがに子供には見られなくなってきた今は共和国で学生をしながら帝国からのスパイの警戒などの任務をしている。


 そろそろ同い年くらいのスパイが増えてくる頃だが、俺には到底及ばない。そのせいか、休みがあれば隙間なく仕事を頼まれる。そのおかげで、この夏休みにも休みではないだろうと覚悟している。


 そして俺は予想通り、スパイ組織の拠点に呼び出されていた。呼び出されるということは、何か大きな任務を任されるということだ。もう夏休みはないと言える。


「よく来たね、《紫電しでん》」


 拠点の奥にある部屋に入るとすぐにその部屋の主がそう言う。この人物が今の上司である《王様キング》だ。


 ちなみに俺のコードネームが《紫電》で、いくつかある班をまとめるリーダーをそれぞれ《王様》と呼ぶ。


「呼んだのはそっちだろ」

「まあいいだろ」


 そう言いながら、《王様》は革製のファイルを手渡してきた。その中身が今回の任務の内容になる。


「俺、夏休みなんだけど。休ませてくれないわけ?」

「人手不足なんだよ。新人が育つまでもう少しかかるし、なんなら今回は新人の尻拭いだ」

「新人の尻拭い? 俺が?」

「ああ」


 一体どんなヘマをやらかしたのか……


 そう思いながら俺はファイルを開いた。


 その内容は、帝国で行われているという人体実験の報告書資料を集めてくること。計画としては実験施設を襲撃して報告書を盗み出すことが理想。と書かれていた。


 そしてその任務を任されたのが、ほとんど新人だけだが、中でも実力者が揃っている班。


「なるほど。で、何をしたんだ?」

「思った以上に警備が厳重で、戦力が足りなかった。元々考えていた作戦が遂行できないという判断をしたらしい」

「でも何で俺が?」

「元から《紫電》が参加できないかと言われていたが、流石にこっちにも任務があるからと断っていたんだが……」

「夏休みだからいい、と」

「受けるかは自由に決めていい」


 どうやったら戦力不足なんかになるのかわからないが、そういったこともやむを得ない。


「やるよ」

「本当か?」

「俺は休みが欲しいんだ。だから新人にはちゃんと経験と命を持ち帰ってもらわないと」

「そうか」


 だからといって休みはできないだろうが。


 そして俺は、その新人ばかりの班の部屋に向かった。


 うちの《王様》が言うには、今その班の一部が帝国に入っていて、共和国での任務があったそこの《王様》と怪我をしていた一人がまだこっちにいるらしい。俺はその二人と合流して帝国に入ることになるだろう。


「失礼します」


 そう言って部屋に入ると、そこには説明があった二人がすでにいた。


「久しぶりだな、イオリ」

「お前……生きてたんだな、ジャック」


 入ってすぐに声をかけてきたのが、ここの《王様》だった。軽く十個は年上の男。明るめの茶髪に桃色の目が特徴。だが印象に残るかと言われればそういうタイプではない。


 ちなみにスパイには別に名乗る名前があり、こいつはジャックと呼ばれ、俺はイオリと呼ばれている。由来は知らない。


「大きくなったな……もうちゃんとしたスパイだ」

「そりゃそうだろ」


 俺は昔、こいつと偽装家族をやったことがある。一緒に生活をして、普通の仲間以上の関係になった。だからこうやって《王様》ともタメ口で話している。


「お、お知り合いなんですか」

「ああ。昔一緒に仕事したことがあって」

「そうなんですか……」


 そう言ったもう一人が、怪我をしていたという新人か。同じくらいの年の少女だ。黒茶色のロングヘアに青く澄んだ目、白色のリボンの髪飾りが特徴。ただ服についているリボンは赤色だった。


「初めまして。コードネーム《天使》、アリスです」

「コードネーム《紫電》、イオリだ。よろしく」

「よろしくお願いします」


 印象はよかった。


「でも、何でそんな戦力が足りないなんて状況になったんだ?」

「元々、アリスがいなかった。でも俺が合流すればなんとかいけると思っていたが、先に入った五人に気付かれたのか……ちょっと誤算があった。焦ってるのかもな……」


 じゃあ、アリスがいればできて、俺はいらないのでは……? とも思ったが、自分で自分の仕事を奪うような真似はしないようにとそれは言わないと決めた。


「じゃあ、俺も含めてやればできる?」

「お前次第だけどな」

「どういう意味だ」

「初対面の人間と上手くやっていけるのか……昔みたいに人見知りされたら困るし」

「人見知りでスパイなんてやってられるかよ」

「そうだよな」


 となれば、ジャックの見立てでは確実に成功できるということなのだろう。


「これがうちの班と今回の任務の情報」


 そう言われて渡されたのは、さっき貰ったものよりもより詳細に計画のことが書かれているファイルだった。


「これを見て、お前ならどうやるか教えてほしい」

「え? 《王様》はお前だろ」

「一回誤算を起こした。前ほどの自信はない」


 リーダーやってるのにそんな不安になってどうするんだよ。だがその気持ちもわからなくない。大事な仲間、かつ未来を背負う新人。自分のミスで死んでほしくない。ジャックはそういうことを考える人間だ。


「わかった。ちょっと考えてみる」


 そして俺はファイルを開き、中の資料を見る。


 この班は全部で七人。


 《王様》ジャック ギリギリの状況でも確実に勝ってきた実力者。

 《天使》アリス 拳銃以外の技術もあり、スピードが自慢。

 《絆星》ラヴィ 体術もこなせて、体格の全く違う屈強な男も倒せる。

 《漆黒》シュガー どんなこともできるオールラウンダー。

 《貴婦人》マリア 戦闘よりは潜入の方が得意。

 《暴君》アルト 協調性以外は申し分ない実力。

 《青雲》ライト 英才教育を受けた実力者。プレッシャーに弱いのが玉に瑕。


「なるほど……」


 新人の割には実力を評価されている者が多い。多少不安な奴もいるが、これなら新人だけでこの任務を任せられるのもわからなくない。


 そして、ファイルには襲撃場所の地図もあった。


 入れそうな場所がいくつかある。その入り口に合わせて分かれて襲撃した方が相手のリソースを分散させられる。不可能ではない。


 でもそれはジャックが考えている計画。俺があえて変更するのなら、メンバーの振り分けだ。まあ、俺が入る前提じゃない計画だから変更があるのは当然か。


「特に計画の大本は変更するつもりはない。けど俺なら……」

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