第5話 船②

「さっきの情報屋を語っていた少女は倉橋くらはし久遠くおん。貴女達が探している“六合りくごう”の保有者よ。」


 “ネロ”から聞くとは思ってもいなかった言葉を聞かされる扇雪みゆき


「...。」

「あら、驚かないのね。」

「まあな、あの違和感が“六合りくごう”の固有式の一部だとしたら納得がいく。」

「なるほど...。貴女が言うと納得のいく言葉ね。」

「で?一つ疑問に思ったが、何故、お前が知ってるんだ?」


 扇雪みゆきの質問を聞くと“ネロ”は姿を消す。

そして、地面に落下するシャンパングラスが割れる音の代わりに


「“ヴェルデ”、貴女達が“霊峰の魔女アジール”と呼称している魔女よ。そいつが教えてくれたの。」


 という、言霊を扇雪みゆきに残していった。


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「魔女は他の魔女から名前を呼ばれることを嫌う。だから、言霊か?」


 扇雪みゆき但馬守たじまのかみに事情を説明した後、船の甲板のベンチに座って考え事をしていた。


「しかし、何故、“六合りくごう”は脱走なんてしたんだ?あいつと違って監視は付くにしろある程度の自由は保障されているはず。」


「そうね。不自由は、ね。」


 扇雪みゆきの横に座る女性。その女性の声はとても冷たくまるで、“六合りくごう”のことを知っているかのように扇雪みゆきの問いに答える。


「誰だ?」


 扇雪みゆきは横を向くことなく女性に問いかける。


「私は教会の騎士団所属のサラ=アクレシア。」

「教会の騎士様がなぜここに?」

「所属はそっちだけど私の本職は


 ―六合りくごう聖者アパスル― 。」


 サラは腰につけた刀を抜き扇雪みゆきに向かってその刀を振るう。サラはここで決着をつける自信があった。


「―澄み渡れ―“蒼晴そうせい”」


「妖刀かよ!?」


 次の瞬間、扇雪みゆきとその周辺は炎に包まれた。


「直撃ね。私の勝ちよ。」


 サラの妖刀の力であれば扇雪みゆきは跡形も残らず消し去られたはずである。そして、いくら霊力で強化していたとしても、無傷ではすまない。サラは半分だけになったベンチから立ち上がると、焦げた甲板にゆっくりと目を向ける。


「船に対魔処理がしてあって助かった。船は、ね。これで確実に...。」


「誰が確実にだって?」


 サラは声のした方へめを向ける。ベンチから伸びる焼け焦げた跡の先に無傷の扇雪みゆきが立っていた。


「ヒヒヒ。騎士のくせに妖刀かよ。びびって反応が遅れたじゃねーか。」


「...?。御井みい家の汎用式、簡易結界は使えないという話のはず。」

「んあ?確かにオレは御井みい家の汎用式への適性はねーし、簡易結界は御札に補助してもらってもお前の攻撃は防げない。」

「ならば、何故?」

「それは...。」


 扇雪みゆきが答えようとした瞬間、背後からナイフが飛んでくる。だが、扇雪みゆきに刃先が触れた瞬間それは消える。


「還元にしたら早すぎー。」


 扇雪みゆきの背後には日本の陸軍の軍服を身にまとった少女が立っていた。

その少女の名を扇雪みゆきは既に聞いたことがあった。


相馬そうま五六ハいろはか...。」


 二人に挟まれる形になった扇雪みゆき。二人を争わせて漁夫の利というのもありだが、どう見ても二人が対立しているという雰囲気ではなかった。


「だから、私は言ったんだよー。こんなところで仕掛けずに聖都でってー。」

「けど、もしもを考えれば妥当な判断のはずよ。少なくともお前よりは、ね。」

「えー。でも、失敗して―」


「ヒヒヒ。オレ抜きで話をするんじゃねーよ。」


 五六ハいろは目の前に手のひらが現れる。それが、扇雪みゆきのものだと分かるときには、既に視界が手に覆われていた。


「ヒヒヒ。じゃあな。」


 扇雪みゆきの笑い声が聞こえたのと同時に目に激痛が走る。


「何これー?」


 ポトリポトリ液体の落ちる音。その音を聞いたのは3人。その液体を見たのは2人だった。


 そして、扇雪みゆきは再度、五六ハいろはに触れようとするが、それは炎で遮られる。


「そいつが死んでも問題はないだけど。私は、ね。」

「お前のご主人も難儀なやつだな。あの野郎ごとオレをそれで消し飛ばせば良かったものを。」

「少なくとも、死なないでしょ。貴女は、ね。」

「まあ、どっちでもいいんだけどな。」


 扇雪みゆき五六ハいろはの方に目を向けるとその姿はすでになかった。


「逃げられたか。」

「妥当な判断ね。あの子にしてはの話だけど。」

「まあ、いい。おまえだけでも。」


 扇雪みゆきは空間の歪みに手を入れる。俗に言う“亜空間庫”と呼ばれるものである。そして、そこから御札が幾重にも貼られた刀を取り出す。


「なるほど、それが貴女の固有式ね。」

「ん?いや、まあ、そうっちゃそうだな。」


 扇雪みゆきはその刀を抜こうとするが、


「?!」


(抜けない...。まさか...。)


「そうね。時間切れね。私は、ね。」

「...。お前のご主人の登場かよ。」

「えぇ。でも、貴女の前に現れることはないわ。少なくとも、聖都までは、ね。」


 消えた。まるで初めからそこで何もなかったように。

 元に戻った。というのも適切ではない。

 ここで、起きたことは初めからなかったことになると予定されていたかのように。

 既に扇雪みゆきは霊力で追っているが、途中で見失うとかではなく、自身が記憶したはずのサラと五六ハいろはの霊力の特徴を思い出すことすらできない。


「ちっ...。」


 ここでの出来事は歴史に記録されることはない。今この場に関わった4人。そして、この場を遠くから見ていた人物の記憶に不完全な状態で記録される。

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