第3話 月

 どこまでもどこまでも続く長い廊下。

 そこを扇雪みゆきのんびり歩く。


 この廊下はいくら速く歩こうが近道をしようとしても意味をなさない。ここは主の許可がなければこの廊下の終わりを見ることはできない。


 まあ、扇雪みゆきは許可など待つつもりなど欠片もないが。


「ここか。」


 扇雪みゆきは開くはずのない襖を開く。


「久しいですね。御井みい扇雪みゆき。」


 平安の世から伝わる十二単に身を包んだ少女。しかし、彼女の持つ風格は少女としての範疇を明らかに超える程、洗練されていた。


「はん。何が『久しいですね。』だ。3日前に会ってるだろ。」

「つれないですね~。貴女は。」


 少女は扇雪みゆきに対して作られたような笑みを浮かべる。


「...。で、今回の依頼の詳細は?」

「...本当につれない...。」


 話を手短に終わらせたそうな扇雪みゆきに対して頬を膨らませる少女。一見、年相応といえば年相応の反応に見えるが、それには何かしらの裏があるようにも見えてしまう。


 少女の名前は四ノ宮しのみやかずら。かつて日本の実権を握っていたの分家の一つ四ノ宮しのみや家の現当主であり、そして上帝家のを務めている。


 既に表では実権を失っている上帝家だが、占星術の世界においてはまだ実権を握っている。故に、占星術師としての素質がなければ御四卿、三呪家といった名だたる家を制御できない。つまり、かずらは演技する必要があった。占星術師だけでなく人間として成熟していることを示すために。


 かずらは表情を真剣なものにし、扇雪みゆきの問いに解答する。


「そうですね。”六合りくごう”の捕縛とでも言っておきましょうか。」

「”六合りくごう”?何故だ。あれは土御門の管理のはずだろう?」

「脱走、いえ彼女は自由を愛する人間ですから解放なのでしょうか。」

「なんだそりゃ。表のフランスみたいな奴が”六合りくごう”なのか?」

「そうでしたね。”六合りくごう”の保有者については”九重”にすら伝えていない特記事項です。」


 『六合』という言葉で扇雪みゆきは自身が依頼された理由、そして、詳細をこの場で聞かなければならなかった理由を理解していた。


ーーーーーーーーー


 ”十二の鍵クレービス”。

 それは、平安の世に日本の占星術師安倍晴明あべのせいめいが自身の式神を媒体に創りだした神界への12の鍵の俗称である。

 正式には十二天将じゅうにてんしょうといい、


 ”騰蛇とうだ

 ”朱雀すざく

 ”六合りくごう

 ”勾陳こうちん

 ”青竜せりゅう

 ”貴人きじん

 ”天后てんこう

 ”大陰たいおん

 ”玄武げんぶ

 ”太裳たいじょう

 ”白虎びゃっこ

 ”天空てんくう



と、鍵一つ一つに名前がつけられている。

 

 ただこの鍵。依り代が必要かつ依り代が相当な霊力を保持していなければならない。晴明の死後、この鍵達は依り代を探すために世界に散った。


 そして、神界への鍵のコピーと言うこともあり、多くの占星術組織がその依り代を巡って争うことになる。ちなみに、安倍晴明以降”十二のクレービス”をすべて所持していた人物はおらず、組織、国でも存在しない。


 また、依り代には”聖者アパスル”と呼ばれる利害関係なし、一心同体ともいえる護衛者が存在するが、彼らは非常に強力な力を有している。

 

ーーーーーーーーー


 ”十二のクレービス”の脱走。もし仮に他国の占星術組織に知られてしまえば争奪戦になり、国内の反対勢力に知られてしまえば他国の侵攻の足がかりにされかねない。そのため、知られないようにするにはこの屋敷で話す必要がある。


 また、誰が反対勢力と繋がっているか分からない。


 となると、かずらが頼ることになるのは扇雪みゆきになることは必然であった。利害関係なしで今回の件に対応できるのは彼女しかいないのだから。


 ”戦契”は保険。

 ある意味、今回の件を達成するための宣誓に近いもので、扇雪みゆきの『戒め』という考察はあながち間違えではなかった。


「で、向かうのは”聖都”でいいのか?」

「ええ。書状に書いた通りそこでかまいません。」

「分かった。」


 扇雪みゆきは話を終えたので立ち去ろうとするが


「死なないでくださいね。”六合りくごう”は固有式は不明、そして、”聖者アパスル”が分からない。」

「......。それ早く言えよ.......。」

「完全に忘れておりました。」


 

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