第2話 扇

 1922年 日本 太宰府


 太宰府。古来より、海の外からの窓口として利用されてきた博多の防衛機関。江戸の世になってからはその価値は薄れてしまったが、開国後には再度その価値を見直されている。

 大陸進出。これを望む日本は太宰府をないがしろにできない。


 だが、それは軍事的な話ではない。占星術的な話である。


「ヒヒヒヒ。」


 独特な笑い方をする女性。

 日本ではあまり見かけることのない長い白銀の髪。それと対称的なゴシック調の黒の服。

 どこか西洋のお嬢様を思わせるような格好なのだが、笑い方そして彼女の今いる和風の屋敷とは完全なミスマッチである。

 彼女の名前は御井みい扇雪みゆき。両親は日本人であり、彼女自身も日本で育っている。


「少しは静かにしておけ。扇雪みゆき。」


 和風の屋敷の縁側に座る扇雪みゆきの目の前に立つ男。

 彼の名は土御門つちみかど泰帯やすおび。日本の占星術師達どころか世界の占星術師達ですら知らない者はいない日本の占星術の名家土御門つちみかど家の出身であり、現在は帝国陸軍に出向している。

 泰帯やすおびは帝国陸軍の軍服に身を包み上から黒のマントをまとっている。そして、深くかぶった軍帽から覗く鋭い視線は今にも人を射殺すことができそうだが扇雪みゆきは何食わぬ顔で出された団子を食べている。


「で、なんでオレは唐橋からはしの家に呼ばれるてんだ?」


 突然笑うのをやめ、泰帯やすおびに尋ねる扇雪みゆき


唐橋からはしの家なんざオレはいたくないんだが。」


「藤原の傍系が何を言っている?」


 扇雪みゆきの苦情にたいして最低限の解答をする泰帯やすおび


「それは、分かってんだけどさ。北家の人間ともなるとな隆家の家系でもなければ不安になるさ。」

「扇。そんなこと思ってもないだろう。」

「ばれたか。」

「お前が一番嫌っているのが血の縛りだろう?」

「ヒヒヒ。つれないな~。」


 泰帯やすおび扇雪みゆきのことをおうぎと呼ぶ。理由は同姓同名がいるからであるが、半分泰帯やすおびが気に入っているため名付けたという節もある。


「そうだそうだ、用事は何だったけ?」


 まるで泰帯やすおびが一回は用事について話したかのように尋ねる扇雪みゆき。その様子に泰帯やすおびため息をつく。


「俺はまだ一言も用事について話してはいない。」

「ありゃ、そうだったか?」


 素で言っているのか、それともふざけているのか分からない扇雪みゆきの態度。故に下手に文句を言うことができないのが泰帯の悩みの種のである。


「これが今回の仕事だ。」


 一通の書状を泰帯やすおび扇雪みゆきに手渡す。そして、扇雪みゆきは書状を開き、はなから読む気がないような様子で書状を眺める。


「で、どうだ?」


 いつの間にか出されていたお茶を飲み干した泰帯やすおび扇雪みゆきに尋ねる。

 少し間をおいて扇雪みゆきは答える。


「報酬は?」

「1万でどうだ?」


 扇雪みゆきはそれを聞いて指を3本。


「3万か?それなら、問題はないが...。」

「3万?冗談じゃねーよ。今回の件を考えれば30万だろ。それに30万位出せるだろう?であれば。」

「...。」


 黙り込む泰帯やすおび。その反応を見て、扇雪みゆきは、


「それなら、今回の件はな...。」


「いや、いい。達成すれば30万払おう。」

「はあ!?」


 支払いができるとは思えない値段を請求してつもりあったが、泰帯やすおびは依頼主に確認をとることなく了承した。


「まさか、泰帯やすおび、てめぇ。」


 泰帯やすおびは初めから扇雪みゆきが報酬の値段をつり上げてくることを想定していた。いや、正確には依頼主はそれを見越して泰帯やすおびに交渉を行わせた。


「30万だな。は結ばれたぞ。」

「おい!オレは承諾してねぇーぞ。」


 

 古来、占星術師同士の強固な契約に用いられた呪術の一種。時代が進むにつれこの形式の契約を使用できる人間は減ったが、今でも使用可能な人間はいる。但し、この呪術は強固な契約だが、もちろん契約を結ぶ両者の同意が必要である。


「なるほどな。承諾はしていないと...。だが、扇。依頼主はどうだ?」

「んなの、そりゃあ。」


 扇雪みゆきはあることに気づく。依頼主と自身の関係について。


「まさか...。」

「かずら様とお前は”十二の鍵クレービス”と”聖者アパスル”によるつながりがある。だから、今回の場合は...。」

「オレの戒め、いや戦契自体はあいつの戒めになっているのか。」

「そういうことだ。一心同体、双子でもなければできない芸当だな。」


 扇雪みゆきは完全に罠にはめられことに気づいた。この状況では、仕事を実行しなければ罰が下る。実行さえすればいい。完遂はできなくとも実行したという事実が必要になる。


「くそ、戦契の判定は厳しい。となると。」


「依頼の完遂は必須だな。頑張れよ扇。」


 考え込む扇雪に一応、声をかけて去っていく泰帯やすおび

 その後ろで大きな女性の叫び声が聞こえることに泰帯やすおびは口元を緩めながら主への報告を考えるのであった。

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