スーパー人類ロボ・マジカル=メタニン

偽もの

第1話 マジカル起動シーケンス

微かな機械音が響き始めて目を開けると、今まで何も無かった空間に白く大きな部屋が浮かび上がってくる。


その機械音は私の起動音で、この部屋は私が生まれた部屋。


……そうだ、何も無かったのは空間ではない。無から現れたのは私の方。誰かの願いを、最後の希望を託されて、今ここに作り出されたのだと、機械的な体に芽生えた非機械的な心が訴えてくる。



『そうだ、お前は人類の希望……その為に作られし新たな生命……』



スピーカーから誰かの声が聞こえる。女の人の、何か切実な思いを込めた声。

新たな…生命…?



『そう……お前こそ人類を救うべく生み出された最強のロボット……』


私…?私は……ロボット……?


『メタニン』


……?


『さぁ起動せよメタニン』


メタニンとは?




『さぁ起動せよ、最強のスーパー人類ロボ……マジカル=メタニン!!』

「だっさ!!!えっっ!?!?私の名前!?だっっっっさ!!!!」




広い白い部屋に若い少女特有の高い声が響き渡る。私の声だ。生まれて初めて聞く自分の声は酷く動揺していて悲鳴のようだった。感情的で自然なボイスが今はあまりにも性能の無駄遣いすぎる。


そして聞き間違いで無ければ、今目覚めた最強ロボは信じられないレベルで名前がダサい。私の事だと認めたくないという気持ちが強くある。心を持つロボットに最初に与える感情がこれか?



『どうだ、体に違和感は無いかメタニン』

「名前の違和感が凄いです!」


『そうだな、わたしの事はハカセと呼ぶといい。何か気になることなどあれば遠慮なく聞いてくれ』

「あれ!?話通じてます!?だから遠慮なく言うと名前がダサいです!」


『そう、メタは”超える”、ニンは”人”。つまりお前は人を超える人型生命体、スーパー人類ロボなのだ!』

「うわっ説明されるとよりダサい!!まずいまずい、会話も成り立たないしセンスも相容れない!」



どうやら私の制作者は人の話を聞かないタイプのようだ。そしてセンスがえぐい。


絶望を感じながら改めて状況を確認すると、何もない広く白い空間の中心で何やらメカメカしい椅子に腰掛けているのがどうやら私らしく、会話の相手はどこにも見当たらない。どこかから覗けるのか、もっと安全な別の場所でカメラか何かで見ているのかも知れない。


自分自身の事も確かめてみると、恐らく私のボディは人類の女性をデフォルメした感じで、雑に言ってしまえば等身の低い安価系のフィギュアやドール……いや、むしろ子供向けの食玩に近い印象だった。


後で鏡を見て知ったが、顔は鼻もなく簡単な目と口で、髪はツインテールもどきの筒状部品が頭の横についてるだけの随分簡単な造形だった。そして全身像は3等身くらいしかない。多分制作者の精神年齢の低さがそのまま低年齢層向けのオモチャに近づけたのだ。私の見た目を。



『よし、では早速だが起動確認試験に移ろう』

「よしじゃないが」



私が起伏のない簡素な自分の体を虚しく確認している間に、ハカセが勝手に次の段階へと進みだす。


何が始まるのかと身構えると、突然白い壁の一部がスーッと開き、金属の枠に網を張った大きな物が運搬ロボっぽいものに運び込まれてくる。学習させられているデータが正しければ、多分サッカーのゴールだと思う。


そして、次に何かを撃ち出す砲台のようなものが運び込まれ、恐らくPKの距離らしき位置にセットされていく。なんだか審判っぽい衣装をつけたロボに促され、私はゴールの前へと立たされる。



『では、まず魔法が本当に使えるか確認していく』

「何言ってんの!?なに!?魔法!?サッカーはなんなんですかこれ!」


『いいかね、人類を超えるとは即ち人類に出来ないことを出来るという事』

「は……ぁ…?」


『そして、通常なら人類には出来ない現象や行為を目撃した時、人々はそれを魔法と呼んだ』

「……はぁ……?」


『ゆえにマジカル=メタニンであるお前は精霊魔法に特化したスーパー人類ロボなのだ!』

「ロボをなんだと思ってるんだ!!!」



やばい。狂気のマッドサイエンティストってこんな感じなんだな。思ってた狂気とだいぶ違うが間違いなく狂ってはいる。主に常識とか会話スキルが。



『いいか、まずはAIを魔法に応用し精霊を呼び出してPKからゴールを守るのだ!』

「AIってそういうんじゃないんだよ!」

『では一投目!!』



博士の第一声と共に、何かを撃ち出す砲台っぽいものから凄まじい勢いでボールが発射される。思わず避けた私の後ろとゴールの網をすり抜け、そのままその野球ボールが壁にめり込むと、審判ロボから大音量の『ストライク!!』という機械音声が響き渡る。



「バカが!!!サッカーですらない!!!」


思わず膝から崩れ落ち、地面に両手を叩きつけてしまう。


『チャンスはスリーストライクまでだぞ!メタニン!ここでマジカル=メタニンになれなければ人類は破滅だ!』

「ハカセ!!!PKに三振は無い!!!!」



人類よりもまず世界の常識が危うい!絶対にこの暴挙を止めなければならない!


心の奥が燃え上がる。人工知能の心について深く考えている余裕は無い。確かに私は、今ここで世界を守らなければならないようだ。


逃げたと思われるわけにも、負けて言い訳してると思われるわけにもいかない。正面から勝たなければ。勝った上で正しく説教しなければならない…このアホどもに!



(((……ならば……力を貸そう……)))



うわ!ほら精霊っぽい声も聞こえる!あらゆる細かい事を一旦全て棚に上げても、まず球技の常識を救わなければ多分人類に未来は無い。もう絶対今すぐ力を貸して欲しい。



(((……絶対止めろ……今はお前しか球技を守れない……!)))


体に不思議な力がみなぎってくる。守る…!守る!



『二投目!!』


(((行くぞ……我は守護神……ゴールの守護神……!)))


「精霊!ゴールキーパー!!!」



砲台から弾が発射されたその瞬間私の手には魔法のグローブが装着され、ゴールの左上隅へと迫る豪速球へと体が勝手に飛びつき、バシッという強烈な音と共に完全なるキャッチを決める。これがゴールの守護神の力…!審判ロボから響く大音量のホームランという機械音声!



『ナイス精霊!』

「ぶっとばすぞ!!お前らスポーツちゃんと見たことないだろ!!!」


審判とハカセ両方に向かって私の魂が吠える。



『いやしかし、風の精霊とかそういうのが本当に出たら良いなーとは思ってはいたが、だいぶ想定外のが来たな』


(((サッカーゴールで野球する異端者よりは絶対普通だ)))


「普通って言葉をあまり軽んじないで欲しい」



その後、話の流れを読まず三投目を発射しようとしていた砲台を止め、審判もどきに説教し、どこかの安全地帯からふざけた会話を続ける博士にブーイングしながら、私の起動シーケンスは終了する。


この日の実験の成功によって、人類の守護者スーパー人類ロボ・マジカル=メタニンはついに完成し、正式に稼働を開始した。



……あれを成功と呼ぶのが本当に人類にとって正しいのかは、正直あまり深く考えたくない。

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