4・朝の出来事(その3)

 ゴオオオオンッとけっこうな大音量で、背後を通勤快速が通過していった。それでも、青野が発したその単語はしっかりはっきり俺の耳に届いた。


「嘘だろ……」


 俺はよろめいた。頭のなかは真っ白だった。

 だって、なんだよ、その「セッ(自主規制)」って。

 俺もお前も男だよな? そもそもお前、妹の彼氏だよな?

 つい早口で問い詰めてしまった俺に、青野は「は? なに言ってんっすか」とさらに凶暴そうな声をあげた。


「なんで俺が星井と付き合わないといけないんっすか」

「いや、でも『妹さんと付き合います』って、俺に挨拶に……」

「なんっすか、それ。なんの夢っすか。まだ寝ぼけてんっすか」


 ものすごい力で顎を捕まれる。

 痛い痛い痛い! なにこれ、なんで俺こんなことされてんの?


「それともアレっすか。俺を煽って楽しんでるんっすか」


 してない! そんなことしてないって!


「だったら乗ってやりますよ。今日はあんたが言うところの『付き合って半年記念日』らしいですしね」


 混乱まっただ中の俺に、青野は顔を近づけてきた。

 やばい、やられる──青野に食われる!

 そこで俺の生存本能が発動した。気づいたら、俺はやつの股間を蹴り上げていた。

 青野は、声にならない声をあげた。そのまま背中を折りたたみ、崩れるようにうずくまる。

 ごめん、ほんとごめん。

 でも今のお前、怖すぎだし、ワケわかんないし、俺の知ってる「青野」じゃないし、なにより──


「お前は妹の彼氏だし!」


 折しも、次の電車がホームに入ってきた。

 ただの快速。つまりこの駅に停車する。

 青野はうずくまったまま、未だ動けない。

 これ幸いとばかりに、俺はその電車に飛び乗った。ものすごい目で睨んでいる青野を、そのままホームに置き去りにして。

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