ガラクタ王国の王子様

さばよみ

第1話 燃えろ鮮血思い出せ母性少年の名はデンキ

 戦争は、幸福への第一歩だ。

 大人はそう、言った。

 その言葉は、祝福か又は破滅の切り札か。

 少年はまだ、わからない。

 なぜこうなってしまったのか。

 なぜ、自分は息づかなければいけないのか。

 なぜ、自分だけ生き残ってしまったのか。

 なぜ、死ねないのか。

 怖くて、わからない。

 震えて、知りたくない。

 寒さに凍える夜から逃げ出したい。

 けれどここにもう人はいない。

 この国に勝った共和国はきっと栄えているはずだ。

 ならば、北を目指そう。

 誰か一人くらい慈悲をかけて温かい食事をもてなしてくれるかもしれない。

 今日も雨日和。

 針が刺す先は、暗闇が覆う廃墟と化した首都。

 その少年は、鋼の心臓で生きながらえていた。傘さえさせない自由に押しつぶされて、生きながらえていた。

 少年の肩に引っ掛けられたブーツは既に靴底が擦れており使い物にならない。

 ウィンウィンと胸からなる無機質な機械音にはもう慣れたらしい。へっちゃらな顔をして浅い呼吸を繰り返している。

 彼の名は、デンキ。

 黒い雨が降り続ける崩落したビル群の広い隙間を縫うようにアテもなく歩いていた。

「め、めし……このクソッタレな雨のせいで二日間何にもありつけていない……クソッタレ……死にたくないよ」

 血と硝煙のきつい香りに思わずむせそうになる。ザリザリと何かの残骸を踏みしめて周囲を見渡す。

 ビル、死体、戦車、ガソリンに引火した弱い炎。

 人は、いない。

「………………」

 辛い。

 今すぐ死にたい。

 でも、いかなきゃいけない。

 そう、言われたから。

 デンキは降りて、雨を凌げる場所に腰を下ろした。

 人が二人程入れる横穴だ。

 てんてんと、血のようなシミが続いている。嫌な予感がして、恐る恐る覗き込む。

 暗いが目を凝らすと奥まで見える。

 奥には、まるまった丸い影が一つつ。

 デンキは胸がどきっとした。

 迷わず駆けつける。

 骨だった。よく見ると頭蓋骨に弾丸が食い込んでいる。それに穴が空いたヘルメットは使い物にならなかったらしい。

 おそらく退役軍人が、地元住民と対立してなんらかのトラブルに巻き込まれたのだろう。足を撃たれて、そのまま、ここで止血出来ずに、身ぐるみを剥がされて死んだのだろう。

 少しデンキは呆けて気を取り直した。

「………ん、ちょっくらごめんよ」

 骨がカタカタと、揺れた気がした。

 ポケットの奥底に突っ込んだブロック型の乾燥食を取り出す。一日一センチ。今日を含めて残り2日。

ボロボロの布で縫い合わせた懐は、ずっしりと重みのある銀色の小さな暴力が揺り籠の赤ん坊のように揺れている。

「………まだ、錆びてないよな?」

 戦前、専属のメイドに回転式か、自動拳銃か選択を迫られてデンキが渋々選んだ回転式。

 あの時は適当に選んだだけだが今は大事な形見でもあり、護身用の唯一の武器となっていた。

 デンキはなれない手つきでかちゃかちゃと動作を確認して、静かに頷く。

 整った道具がないので簡単にしか出来ないがメイドに道具を無下に扱うと天罰が下ると延々と言い聞かされた結果だ。

 弾丸を確認する。

 五発のうち二発はいつの間にか錆びていて使い物にならなかった。

 残りの弾丸は三発。

 まだいける。天国にいるはずのメイドに申し訳なさを感じて拳銃を懐に収めた。

 腰を上げて出て行こうとした。

 カラカラと、頭蓋骨が転がった。

 限界だったのだろう。

「………大変だったね。お疲れ様」

 デンキは場所を貸してくれたお礼に、埋葬することにした。

 土が柔らかい場所にあたりをつけて、穴を掘り始めた。

 デンキ自身すっぽりと入るくらいまで掘ると、デンキはあたりを見渡した。

 ここに人が眠っていることを伝える何か目印になるようなものがないか探しているのだ。しかし手頃なものが見つからなかったらしい。とことこと近くの濡れたコンクリートの瓦礫を墓の前に立てて、血で弔いの言葉を綴った。

 今までお国のために働いてきたのだ。これくらいはしてやらないと。デンキはもやもやする胸を抑え込んで骨を一つ一つ丁寧に埋葬した。

 あの世に行くのに疲れないよう、お供物を供えて、デンキは歩き出そうとした。

 瞬間、コンクリートから飛び出した鉄骨が墓石を潰した。

「……あー」

 めんどくさそうに、デンキはため息をついた。

 デンキは自身の身の危険を察して早足に外へ出た。

 デンキが外に出た瞬間、横穴は土埃を吐き出して塞がれてしまった。

 間一髪免れたのも束の間。

 デンキは安堵にため息を漏らすも、デンキは疑問が生まれた。

 デンキは空を見上げた。

 外は、雲ひとつない青空だった。

 デンキは、汗をかいた。

(なんだ、これ。さっきまで、あんなに降ってたのに……)

「おぉ、晴れた晴れた。共和国の連中でも奇跡は起こせるものだな」

 ばっ、とデンキは声が聞こえた方角へと振り返った。

 瓦礫の上だ。

 すこし見上げるくらいの場所に少女が、いた。

 空気に、熱が伝わっている。

 そこに、息づいている。

 嬉しいより先に、不気味だった。

 綺麗なのだ。

 割と整った顔立ちで幼さが残る童顔で、デンキより少し大きい。

 彼女の着こなす真っ白な制服は埃も塵もついていない。

 はためくスカートはどこか非現実的で、同時にここには彼女がいることを暗に証明しているようだった。

「ここに来る前に人工降雨を降らせてたの。ホコリは苦手だから」

「…………」

「ここに誰か眠ってるの?」

「………………、あ? あ、あぁ!」

 デンキは、思い出したかのように弾けた声色で言葉に成っていない言葉で彼女に伝えた。

  彼女はおもむろに降りてきて、しゃがんで、両の手を重ねた。

 デンキはよくわからなかった。

 そこに人が眠っていると知った途端、手を合わせるなんて。

 デンキは訳がわからなくなって、思わず聞いた。

「なんで、手を合わせているの?」

「あ、ごめん。私この国の弔い方がわからないの。気持ち、悪くした?」

「いや、べつに……」

「そっか。もう少し、続けてもいい?」

「あぁ……いいよ」

 すこし、いい加減な人だなとデンキは感じながら、少しずつ、距離を置いた。

 そっ、と懐に手を伸ばした。手探りに、音を立てないようにゆっくりと撃鉄を上げる。


 人を殺すのは、初めてだ。


 胸がドキドキする。鋼の臓はウィーンと、さらに高回転の領域に踏み込む。

 デンキは、引き金を引いた。

 タンっ、パンっ。

 出来た死体は、二つ。

「あら」

 少女は、パンが焼けたかのような穏やかな顔をしていた。

「危なかったよ、アンタ。こいつらがきている軍服、多分、この辺りを縄張りにしている住民だ。早く立ち去らないと」

「……助けてくれたの?」

「見ず知らずの人間に弔う世間知らずなお嬢様を殺すより、人質にした方が有利だと思って」

「あらあら」

 彼女はクスクスと笑って、デンキを両の腕で包み込んだ。

「…………………っっっっ!!」

 暴れるデンキは抜け出そうとするが、強い。それなりに力自慢があるデンキだったが女性に抑えられるほど体力が落ちていたとは自覚がなかった。

「大変だったでしょう。ありがとう」

 聞いてデンキは、どうしていいのかわからなかった。

 泣けばいいのか、笑えばいいのか。

 抱き返せばいいのか、怒ればいいのか。

 でも、この暖かい体温は忘れていた。

 体の力がするすると抜けていくような、それでも体の芯は野生で培った警鐘が激しく鳴っていた。ダメだと頭で理解していても体が言うことを聞かない。

(最近、あんまし眠れなかったせいで………足に力が入らない……)

 デンキは、次第に聞こえなくなった。

 暖かくて、真っ白な制服はデンキの油や汗、土埃を被って黒くなる。それでも彼女に手は優しくデンキを包み込んだままだ。

 柔らかくて甘い香りのする乳房の上から声が聞こえる。

「君の名前は?」

 デンキは応えた。

「デンキくんって言うんだね。いい名前」

「あ、アンタの名前は……」

「一緒に爆弾を解除しに行こう? デンキくん」

 温かい笑みに、底の見えない瞳に捕らわれたデンキは力なく答えた。

 そこに思考はなかった。

「は、い………」

 視界が、静止する。

 To Be Continued.

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