神様の家出 -私がいなくなっても皆さんがいれば問題ないでしょ?-

天風 繋

第0話

日本の八百万の神々が住まう世界。

そこは、神々の社会が築かれている。

さて、ここに住まう1柱の神の話をしたいと思う。

烏の様な漆黒の髪。

髪質は、まさに艶があるにも拘らずゴワゴワとしいている。

どちらかと言えば、烏というよりは狼に近しいかもしれない。

『火防』庁に勤める彼は、今年で2000年の勤続となる。

毎日スーツを身に纏い、早朝から深夜まで働き続けてきた。

神無月に、上神じょうしが長期休暇に入っても彼は休むこともなく働いてきた。

火に真摯に向かい合い、人々を守ってきた。

彼の加護は、長い長い時間で広く知られている。

そんな、彼が火防庁の館内である日起きた不審火の犯人にされた。

同時刻に、まだ仕事をしていたからという理由で。

彼は、煙草を吸わない。

ギャンブルもしない。

彼は、独神どくしんだ。


そして、彼は最上神である火防神の元にいた。

いつもいるオフィスではなく、そのビルで一番高いところ。

社長室である。

ビルの最上階には、赤い鳥居と社が建てられている。

社の前には、火防神である白髪の老神が腰を下ろし、盃に瓢箪から酒を注いだ。

背中には、真っ黒な烏の翼がある。

鳥のような嘴がある。

彼を睨むように一瞥し、煽った。


「なあ、お前今年で何年だ」

「えっと、祖父がまだ働いていたころからなので2000年ほどかと」

「だよなぁ、お前の爺さんとは儂も長いこと仕事をしてきた。

だから、お前の事も目を掛けてきた・・・にも拘わらずだ」


火防神は、並々に注いだ盃を煽る。

そして、「はぁあああああああああ」とめちゃめちゃに長い溜息を吐く。


「火を司る、まして火防を掲げる火防庁で不審火・・・信用がガタ落ちだ」


彼は、その時刻確かに働いていた。

しかし、彼は地上の火防が担当で神界の火防の担当ではない。

神界の担当は、彼の上神だ。


「お前の爺さんには悪いが、お前には辞めてもらう。

懲戒解雇とする。

もう、その顔を見せるな」

「お世話になりました」


彼は、言い訳もせず頭を下げて社を後にした。

作業場へ行き、私物である鞄を持って彼はオフィスビルを後にする。

彼の表情は、暗い。

信じていた者に裏切られたのだから。


彼の名前は、加具土命カグツチ

祖父から受け継いだ名前である。

それ以前の名は、ほむら

私は、そんな彼の事を3000年ほど前から知っている。

ただ、私は今の彼に声をかけることはできない。

私の仕事は、傍観なのだから。


彼は、自宅マンションへと帰る。

鍵が開いていた。

ドアを開けて中に入る。


「ただいま」


彼は、そう言って家の中に入っていく。

彼のマンションは、2LDKである。

部屋の奥から、ギシギシと軋む音が小さく聞こえる。

女性の甲高い悲鳴に似た声がする。

彼の顔から、更に血の気が引いた。

彼は、家を飛び出した。

走って走って彼は、湖の畔まで来てしまった。

彼は、見てしまった。

許婚が、彼の上神とが愛し合っている様を。


「爺さんに合わせる顔がない・・・両親に合わせる顔もない。

どこへ行こう」


彼は、湖を覗いた。

人間界の様子が見える。


「ああ、そうだ。人間界に行こう」


そうして、彼は神界を離れ人間界へと行くことにした。


私は、水鏡を覗くのを止めた。

余りにも、焔が不憫でならなかった。

幼馴染みであった私が、彼の監視役に選ばれたのは正直嬉しい。

私を差し置いて許婚になった烏天狗の娘が憎い。

そして、焔を裏切ったあの娘が憎い。

さっきのが、一年も前の話。

人間界に行った焔にとっては、一年は長いかもしれない。

彼の安否を確認しないと。


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