第3話 事件
自警団に入隊し、一週間が過ぎた。確かにガルクスが言った通り、剣の訓練や組手は獣人相手ではしんどいが、それでも楽しいと感じられるようになってきた。そんなある日。
「獣人の子ども達が行方不明?」
ガルクスの言葉に、ティセアラは言い直す。ガルクスは「ああ」と答えた。
「近頃、子どもの誘拐が多発しているんだが、共通点は獣人という所だ。二次性徴を迎える前の子どもならば人間の子どもと同じ力しかないからな」
そう、獣人といえども、力が発現するのは二次性徴を迎えてからだ。それまでは、人間の子どもと同じくらいの身体能力しか備わっていない。だから誘拐されやすいという所があるのだ。
「なあ、捜査隊を編成するんだろ? なら私も入れてくれよ」
その言葉に、ガルクスは首を横に振った。
「何でだよ! 私だって、子ども達のことが心配だ。だから!」
「駄目だ。新人を捜査隊に入れても、足手纏いにしかならない」
足手纏い。その言葉に、カチンときた。
「足手纏いになるかはやらなきゃわからないだろ!」
「いいや。足手纏いにしかならない。大人しく、普段通りの巡回でもしていろ」
「っ、そうかよ!」
もうこれ以上話しても無駄たとわかったティセアラは、巡回の為に街へ出ていった。
「なんだよ、ガルクスの馬鹿野郎っ」
私だって、困ってる人を助けたいのに……! そう思うが、捜査隊には編成して貰えないだろう。
(こうなったら、私一人でも捜査してやる……!)
巡回はもう一人でも出来るようになった。これでゆっくりと、捜査をすることが出来る。早速、巡回がてら探すことにした。
そうしている内に、三日が過ぎた。捜査隊も結成され、主に南街を中心に捜査しているようだ。だが、手掛かりになるものは見つかっていないらしい。それはティセアラも同じで、一向に手掛かりは見つからなかった。
あれから、ガルクスとは口をきいていない。捜査隊に入れて貰えなかったことが悔しいのではない。足手纏いと言われたことが悔しかったのだ。確かに、先祖返りでは獣人には敵わないかもしれない。でも、それでも身体能力も五感も獣人と同じくらい高いのだ。それを理解してほしかったのだ。だが、そんなのは聞いても貰えなかった。それが何より、悔しくて腹立たしいのだ。
(兎に角、犯人を捜さなきゃ……これ以上、子どもが誘拐されるのを見過ごす訳にはいかない)
そう意気込むティセアラ。そんなティセアラの元に、一人の男の子が近付いてきた。
「ん? どうしたんだ?」
「友達、ついさっきまでかくれんぼしてたのに見つからないの……」
その言葉に、誘拐されたのではないかという思いが浮かび上がる。ティセアラは慎重に、言葉をかけた。
「その子とは、どこで遊んでたの?」
「あっちの裏路地」
指差したのは、西区画と南区画の間の路地裏だ。区画同士の間にある路地裏は入り組んでおり、子どもが迷うと帰れなくなる恐れもある。
「いい? 私が探してくるから、今度からあそこで遊んじゃだめだよ」
いいね? と聞けば、小さく頷いてくれた。ティセアラは裏路地に入り、歩きながら耳を澄ませ出した。
(おい、さっさとづらかるぞ)
(もう一人くらいいればいいんだが……)
(そんなの夜に探せばいいだろ)
いた! ティセアラは全速力で声のした方に駆け抜け、子どもを抱えた男達を見付ける。壁伝いに男達の前に移動し、道を阻むように男達の前に着地した。
「その子を、離して」
「じ、自警団……っ」
慌てる男達に、一歩、近づく。金の獣のような目で睨めば、男達は青ざめた。
「さあ、早く」
子どもを抱えている男と、手ぶらの男。おかしい、声は三人分あったはずなのに――。そう思った瞬間、後頭部に激痛が走った。
「いっ」
何度も殴られ、前のめりに倒れる。意識が遠のいていく間際、しまったと思った。一人見落としてしまったんだ。そう気付いたのは時すでに遅く、ティセアラは意識を手離した。
夜、巡回から戻ってこないティセアラを隊長室で待つガルクス。窓の外はもう暗くなり、満月が大地を照らし出していた。
「はあ……」
つい、溜息が出てしまう。それもこれも、ティセアラの所為だった。何時もならばすぐに帰ってきて、報告に来るのに、今日に限って来ない。おまけに、三日前の口論も後を引いている。足手纏いだと、少し言い過ぎたのも罪悪感として心の中に燻っていた。
「隊長!」
「どうした、入る時はノックをしろ」
慌てる隊員を叱りながら、振り返る。隊員の手には、小さな剣が握られていた。
「それは」
間違いなく、ティセアラの剣だった。急いで歩み寄り、剣を取る。
「これを何処で見つけた」
「南区画と西区画の間にある裏路地です。他の団員が血の匂いがすると言って駆け付けたら、血痕の側にこれが落ちていました」
裏路地……南区画に存在する裏路地は捜査の対象としてくまなく探していたが、区画同士の境にある裏路地は捜査対象外だった。迂闊だった。そう考えるが、もう過ぎてしまったことは悔いても仕方ない。
「捜査隊を全員呼び戻せ!」
「は、はい!」
慌てて隊長室から出て行く隊員を目で追いながら、ガルクスはティセアラの剣をぎゅっと握りしめた。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「しっかりして、お姉ちゃん」
微睡む意識の中、子どもの声が聞こえる。そうだ、子どもを助けようとして、それで……そこで意識がはっきりし、目を覚ました。
「ここはっ、い……っ」
飛び起きると、後頭部の痛みが押し寄せる。手前でがんじがらめに縛られた手で後頭部に触れると、赤茶色の髪に着いた乾いた血がぽろぽろと剥がれ落ちた。そうだ。取りこぼした男に後頭部を何度も殴られ、意識を失ってしまったんだ――。状況を確認しようと辺りを見渡すと、たくさんの子ども達がいた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「痛くない?」
涙ながらに心配してくれる子ども達に、「大丈夫だよ」と笑顔で返す。月が照らしだしてくれているから、周りが良く見える。人数を数えると、行方不明になっている人数と一致した。皆、此処に捕まっていたのだと気付く。此処は何処なのだろうか――。
(考えても仕方がない。子ども達を救出することを考えなきゃ)
そう切り替え、ティセアラは足を縛っていた鎖を引き千切り、立ち上がった。そっと窓際に近付き、窓の外を見る。猫の耳を澄ませても、誰の声もしなかった。見た限り、西区画寄りの南区画のようだった。
「ここから外に出られるよ。出たら二人ずつ屋根を渡って、西区画の家の屋根に移動して。今ならまだ自警団が巡回している筈だから、小声で助けてって言ってね」
一人ずつ縄を解き、抱きかかえ、窓の縁から屋根を登らせる。子どもには窓までのこの高さはよじ登れないだろうと踏んでいたのだろうが、大人のティセアラを一緒の部屋に監禁した時点で察するべきだっただろう。後少し、後少しで子ども達を皆外に出してあげられる。そう思った矢先、足音が聞え出した。
(まずい……っ)
冷や汗が伝う。まだ子供は二人残っている。一気に抱き上げ、窓の縁から外に追い出す。
「お姉ちゃんは?」
「私のことはいいから、早く行って!」
小声でそう叫ぶ。足音がもう目の前まで来ている。
「行って!」
その言葉に、最後の子どもが屋根を登って行った。
「おい、餓鬼が居ねえぞ!」
ドアを開けた男が外に向かって叫ぶ。だが、もう遅い。
「私と一緒になんかしなければ良かったのにね」
その声に、男の顔が歪む。勢いよく近付き、顔面に蹴りをぶちかます。男は気絶し、持っていたナイフで手の拘束を解いた。
「ふう、なんとか取れた」
手首には真っ赤に跡が残ってしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。急いで、この部屋から出ねば。
「窓から出られるかな……」
子ども達を逃がした窓を見やる。大人は通り抜け出来ない大きさだが、満月の今、半獣人化が勝手に起きてしまっているこの状態ならば、外に出られるかもしれない。試すかとおもい、窓に近付こうとしたその時、首元に冷たいものが当てられた。
「……動くなよ。糞餓鬼」
半獣人化したこの状態で気付かなかった。ティセアラは喉に当てられたナイフを見て、手を上げた。
「お前、餓鬼どもを逃がしたな?」
「それが? 犯罪者の肩を持つほど、人がなってないと思った?」
煽るような発言だが、男はクク、と笑いティセアラを床に倒した。仰向けにされ、喉元にナイフを突き立てられる。時間を稼がれた。人がどんどんこの部屋に集まってきた。
「お前、獣人の癖に弱いな……満月の夜に半獣人化しているってことは、先祖返りか」
気付かれ、一瞬動揺する。それを見破られ、男は笑った。
「こいつはいい! 先祖返りの方が価値がある。餓鬼どもには逃げられたが、こいつを売り飛ばせば一攫千金だ」
「その前に自警団が来て、あんた達なんか終わりよ」
その言葉に、男は突き立てていたナイフをそのままに、ブラウスを掴みボタンを引き千切った。
「っ!?」
突然のことに、ティセアラは目を見開く。こいつ、一体何をしようとしているのだろうか――。
「先祖返り、それも猫ときた。これは遊び甲斐がある」
「ボス、次は俺らにも回してくださいよ」
「おう」
その言葉に、強姦されそうになっているのだと気付く。ナイフを弾き、勢いよく起き上がろうとした瞬間、男達に羽交い絞めにされる。両手を頭上に拘束され、ブラウスを更に引き千切られた。嫌、嫌、嫌――!
(ガルクス……っ)
涙を滲ませながら、ティセアラは目を閉じた。
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