第2話 自警団に入隊

 ベアウルフ家に嫁いできて、三日が過ぎた。相変らず部屋は一緒の状態だが、ソファでの睡眠も快適だ。

 一緒の部屋になって知ったことだが、ガルクスは筋トレや鍛錬が趣味らしい。ベッド横の重そうな器具も、全て筋肉トレーニング用のものだったようだ。ベッドの横で汗を滴らせながら筋トレする姿はかっこよく、思わず見とれてしまっていた。恥ずかしい話だが――。


 そんなことを思いながら、ソファに腰掛け赤茶色の髪を弄る。うん、暇だ。そんなティセアラを見かねて、クイックは言葉をかけた。

「暇なようでしたら、自警団に入られるのはどうでしょうか?」

「自警団?」

 確か、この街の警備を管轄している部隊だ。獣人のみで構成されている場所に、私が入れるのだろうか――。

「旦那様たちに、ガルクス様の雄姿をすぐ側で見ていたいとでも話せば承諾してくださいますよ」

「本当かなあ……」

 まあ、暇なのは事実だ。試しに聞いてみよう。そう思い、部屋を出た。



「なんと! そこまであのバカ息子のことを好いてくれるのか……!」

「あなた、自警団に掛け合ってみましょう」

「ああ!」

 本当に通ってしまった。クイック、すげえ……。そんなこんなで、その日のうちに、自警団への入隊が許可されたティセアラだった。




 自警団。そこは獣人達で構成された警備隊だ。主に街の警備や犯罪などを取り締まる組織。その駐屯地は、東の外れにあった。

「……お前なあ」

「ごめん! 暇だったんだよ」

「暇つぶしの場所じゃねえんだよ、ここは」

 案の定、ガルクスに怒られたティセアラ。だが、家で腐っているよりはましだ。

「ここは訓練もあるんだ。お前にそれが出来るのか?」

「やってみなきゃわからないだろ」

 ガルクスの言葉に、頬を膨らませる。これでも先祖返りだ。身体能力は本来の獣人に劣るかもしれないが、一般人には勝てる。真っすぐ見つめてくるティセアラに、ガルクスが折れた。

「……わかった。だが、最初は俺と一緒の行動だ。いいな」

「わかった」

「そこは『了解しました』だろうが」

 指摘され、額にデコピンを食らう。地味に痛かった。

「仕方ない……こっちに来い」

 部屋の奥に行くガルクスの後を追い、ティセアラはその先にある奥の部屋に入る。そこには、自警団の制服と剣が置かれていた。

「お前の体に合いそうなのは……これか」

 そう言い、ガルクスは新品の制服を取り出した。それをティセアラに手渡し、部屋から出て行く。

「着替えたら呼べ。靴も選ぶ」

「あ、うん」

 部屋からガルクスが出て行き、服を脱ぎだす。ブラウスに袖を通し、ズボンを履く。ハーネス・ベルトと剣帯を装着し、上着を羽織った。

「出来たよ」

 ティセアラが声を掛けると、ガルクスが部屋に戻ってくる。ブーツの場所を指さし、サイズの合うのを選べと言っているようだ。ティセアラは自分の足のサイズと同じブーツを見付けると、それをガルクスに差しだす。差し出すと、戸棚から同じサイズの靴を取り出した。

「そこに座れ」

 言われて、椅子に座る。どうするのかと見ていると、ガルクスが靴を履かせてくれた。

「いや、そこまではしなくてもいいよ!」

「黙ってろ」

 そう言われてしまい、黙るしかない。ガルクスの羽織っているロングコートが地べたに着いてしまっているが、ガルクスはお構いなしだ。少し、気恥ずかしくなったティセアラだった。





 着替えを済ませ、大広間に移動する。ちょうど休憩時間なのか、匂いからして犬や熊、鳥などたくさんの獣人がいた。

「全員集まれ!」

 ガルクスの掛け声に、自警団全員が大広間で整列する。圧巻の景色だった。

「今日から入隊した、ティセアラだ。暫くは俺と共に行動を共にする。以上だ」

「はいはーい!」

「なんだ」

 元気な犬の獣人青年が、手を上げて質問をする。ガルクスは面倒そうにその青年を指す。

「ティセアラちゃんは、隊長の恋人ですか?」

 その言葉に、頬が真っ赤になる。何故ばれた? いや、それよりも恥ずかしい――。そんなティセアラを余所に、ガルクスは「あー……」と言い、頬を掻いた。

「恋人っつうか、妻?」

「ちょっとおおおおおお!?」

 突然の暴露に、ティセアラは咄嗟にガルクスの方に振り返る。ガルクスは何をそんなに驚いているんだという表情をしていた。

「こいつらは鼻でわかるんだ。素直に言っとかねえと茶化されるだけだぞ」

「うぐぐぐぐぐ……」

 その言葉に、ティセアラは何も言えなくなる。確かに、獣人の嗅覚ならばそんなのはすぐにわかってしまう。だが、それでも少しは此方に配慮してほしかった。

「身長差も然ることながら、年の差もありそうですね。ティセアラちゃん、いくつなんです?」

 他の団員も質問しだす。ティセアラは振り返り、答えた。

「えと、十八です」

「あらま。隊長若い子捕まえましたね」

「そういえば、ガルクスは幾つなんだ?」

 聞いていなかったと気付き、ティセアラは訊ねる。すると「二十六」とだけ返された。八歳も違っていたのか――。

「兎に角、お前らも持ち場に着け! おい、巡回行くぞ」

「あ、はいっ」

 声を掛けられ、慌ててついて行く。歩幅の違うガルクスについて行くのはやっとだが、街をこうして二人で巡回するのは新鮮だった。



「あ、隊長だ~!」

 子どもたちの声に、ガルクスは子ども達の方に歩み寄る。そのまましゃがみ、無言で子どもたちを腕にしがみ付かせると、一気に立ち上がった。

「きゃ~!」

「楽しい!」

「ねえ、次は僕も!」

 子ども達に囲まれながら、楽しそうに笑顔を向けるガルクス。子どもが好きなんだな、と新たに知れた一面だった。初対面は最悪の出会い方だったが、今はガルクスのことをもっと知りたいと思えるようになってきた。

 そんなガルクスと子ども達を見つめながら、ティセアラは笑顔を浮かべていた。




「巡回って、街を一周するんだな」

「ああ。何処にでもトラブルってのはあるからな」

 東から逆時計回りに巡回し、北、西、南と巡回する。そして、最後の南区画に入った。ここは柄の悪い人間が多く屯していると子供の頃から父に言われ嫌煙していた場所だが、本当なのだろうか。

「なあ、父様に聞いた話しだけど、南区画は治安が悪いってのは本当なのか?」

 ティセアラの言葉に、ガルクスは「ああ」と答えた。

「南区画はこの街で一番治安が悪い。家屋も老朽化しているものが多いしな。大体の問題を起こす場所と言うのが、この南区画だ」

「子ども達には危険だな」

「遊びがてらここには入るなとは言っているが……それでも子どもの好奇心はどうにも出来んからな」

 そう言うガルクスは、やれやれと肩を落とす。やっぱり、子どもに優しいな――。

「……なんだ?」

「いや、なんでも」

 今日は新たな一面が知れた。自警団には暇だからと入隊したが、クイックの言う通り、ガルクスのことも近くで知れるいい機会なのかもしれない。そう、ティセアラは思った。

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