第15話
四人とも真っすぐ前進し、距離を詰める。やはり最初は接近戦で来たか。ペア戦で大切なのは間合いだ。味方を避けて敵だけを攻撃するのは至難。それ故にペア戦での格闘はどこもお決まりの型をつくって、打ち合わせ通りの連携をしてくる。
産山と谷江がしかけてきた連携は最もポピュラーな一つだった。味方同士は左右に別れ、固まっている相手にそれぞれ外側から攻撃することによって、相手の動ける範囲を狭め、同士討ちを狙うものだ。産山は桐島を、谷江は明日佳を外から狙うが、無駄。
桐島は産山の拳を紙一重で躱し、横っ腹に蹴りを入れた。
「っ…! 中々に鋭利!」
産山の魔力特性は『滑油』。ヤツが身体能力強化を使用している間、体は滑る油に塗れる。だからこそ桐島は回し蹴りを繰り出したのだろう。あれは押す打撃。多少滑ったところで威力はさほど変わらない。
とはいえ、産山の『滑油』がかなり厄介なことに変わりはない。事実、触れただけの桐島の足は滑油に塗れ、バランスをとるのが難しくなってしまった。
一方、明日佳はそもそも谷江に攻撃などさせなかった。明日佳の長い脚が谷江の軸足を蹴り飛ばす。谷江はいとも簡単に前に倒れ、明日佳はちょうどいい位置まで降りてきた彼女の顔面に拳を叩きこもうとする。
「やば…」
「そうはさせないのである!」
桐島に蹴り飛ばされた産山が明日佳と谷江の間に割り込んできた。明日佳の拳は産山のクロスさせた腕を殴り、産山は押されたキャスター付きの椅子みたいに後ろに滑っていく。途中で谷江を巻き込んだが、二人とも超人的なバランス感覚ですぐに体勢を整えたので、倒れることもなかった。
「桐島ちゃん? ちょっと飛ばす方向考えてよ」
「すみません、パスのつもりでした。明日佳さんなら纏めて倒すくらいできるかと思って」
「事前に準備してたらできたんだけど?」
「口に出したら敵にバレちゃうじゃないですか」
「素直に考えるほど余裕がなかったって言えたら可愛げがあるんだけどなあ」
「ぐっ…。分かってるなら言わないでください」
……ここからでは二人がどんな会話をしているのかは分からない。でも絶対に互いを鼓舞するような穏やかなものではないだろう。
「おー、怖。ああいうことあるから明日佳さんとペア組みたくないんよな」
「肯定。そもそもあの二人ペア戦不向き」
「なんか分かるかも。性格からしてそんな感じする」
「いや、風間。お前も大概苦手そうやぞ」
「先輩方よりは上手いと思うけど?」
「…お前、ほんっとに学ばんなぁ。将来、ギャンブルとかすんなよ」
「肯定。ここまで来ると流石にバカ」
「ウチの正レギュラーは全員ペア戦に向いてるよ」
「いやいや、拓翔さん。流石に騙されませんって。俺らはともかく明日佳さんがペア戦に向いてる訳ないやないですか」
「懐疑。私たちを騙そうとしている」
「桐島もぜっったいに向いてないでしょ」
三人が口々に嘘だと言うけど、俺は本当にそう思っている。
「助かった! ありがと、マッハ君」
「気にするなかれ。あれは半ば偶然であった」
「やっぱマジヤバいね。鹿王の正レギュラーってレべチだわ」
「では、ここからが戯れ無しであるな」
「そ。小手調べは終わり。こっからは一本取りに行くよ!」
「谷江女史。小手調べの小手は剣道の小手ではないぞ」
「うっそ! 先言ってよ、マッハ君。決め台詞にしちゃったじゃん!」
ただ仲が良いだけのペアなんて腐るほど見てきた。大抵のペアはその友情が枷になる。言いたいことも言えず、常に相手を気遣いながら戦って全然実力を発揮できずに終わる。
その点、ウチのペアは連携は疎かで、会話はギスギスしてて、間違っても仲が良いなんて言える間柄じゃないけど、相手のことを気遣ったりなんかしない。むしろライバルだ。片方が活躍したら、自分も活躍するって躍起になれる間柄だ。そして、そういう関係こそが理想のペアだと、俺は思う。
産山と谷江が互いに肩がぶつかりそうなほどの近距離を保ったまま桐島に接近する。桐島は谷江に殴り掛かるが、再び産山に庇われてしまった。桐島の拳は産山の体を滑り、大したダメージを与えられない。そして桐島の右の拳は産山の滑油にまみれてしまった。
産山の体の後ろから谷江の鋭い前蹴り、いや、突き蹴りが放たれる。産山の体で滑ってバランスが不安定だった桐島はそれを避けきれず、腹に直撃する。
「っ!」
「好機!」
産山も谷江に続いて殴りかかるが、それとほぼ同時に桐島を囮にして、後ろに回り込んだ明日佳が谷江に向けて魔弾を撃つ。谷江が避ければ産山に当たる良い魔弾だったが、谷江は一瞬だけ後ろをちらりと見て、屈みながら産山マッハを左に強く押した。産山は再びキャスターがついてるが如く滑り、明日佳の魔弾はさらに奥にいた桐島に直撃する。桐島は咄嗟に受け止めたが、明日佳の魔弾は伊逹じゃない。そのまま後ろに吹き飛ばされる。そしてすぐに谷江と産山の二人は反転して明日佳に向き合った。
「…なんすか、アレ」
「あれがあのペアの真骨頂『超接近戦』や」
ほぼ密着して縦に並ぶという変則的フォーメーション。見た目は奇抜だが戦術はシンプルだ。『滑油』の産山を盾にしつつ、谷江が後ろから攻撃する。普通なら互いにぶつかり合ってまともに動けないふざけたフォーメーションだが、産山に呼吸を合わせるのが尋常じゃなく上手い谷江の頭抜けた協調性があのふざけたフォーメーションを実戦レベルへと引き上げている。
「…不愉快」
「あのフォーメーションの厄介なとこはな、さっきの明日佳さんみたいに味方助けようとしたら逆に当ててまうとこやねん」
雪寝と長津が苦虫を噛み潰したように表情を歪ませる。去年も雪寝が狙われ、助けようとした長津の一撃が雪寝に直撃した。
ペア戦において味方に攻撃されるというのはただダメージがあるだけじゃない。連携が崩れるのだ。もちろんムカつくし、何より相手のいいようにやられてる感覚が言葉では言い表せないほど屈辱的だ。その上、一人は味方に当てるのが怖くなって助けられなくなり、二対一で闘わされている側は助けがこないことにさらに苛つく。
「そもそも攻撃を外さなきゃ良くないですか。そうしたら味方に当たるもクソもないでしょ。」
風間が俺に訊いてきた。多分長津に言ったらまたからかわれると思ったのだろう。
「それも難しいんだ。谷江は視界が異様に広い。さっきも明日佳の魔弾は不意打ちに見えたが、谷江はあれに合わせて桐島の位置を調整していた。自分たちが避けるだけで桐島に当たるようわざと一直線に並んだんだ」
「流石、『コミュ強 谷江喜美』やで」
視界の広さと気配りの上手さからついた渾名は『コミュ強』。ファンタジアにおいてはペア戦でしか活かすことのできない才能だが、社会に出てからは出世が早そうで羨ましい。…いや、あのタイプは意外と苦労するか。
「いったぁ…」
桐島が立ち上がって谷江と産山を鬼の形相で睨みつける。いや、もしかしたらその奥の明日佳を睨んでいる可能性すらあるな。
明日佳は再び魔弾を放つ。谷江はまた産山をズラして、立ち上がったばかりの桐島に当てようとする。しかし桐島は明日佳の魔弾を寸でのところで躱し、谷江たちに後ろから襲い掛かろうと走った。
「お、ちゃんと来てくれた。良い子だ。マッハ君! 少し凌いで! また狙うよ!」
「承知!」
防御に徹した産山は厄介だな。明日佳でも攻めあぐねている。打撃がどんどん滑っていく。明日佳の両腕も滑油に塗れていき、どんどん滑りやすくなっていくから攻めるのを躊躇っているようだ。
谷江は産山と背中合わせになって、桐島の攻撃をスウェイで数度躱す。身のこなしのキレが去年より格段にいい。
桐島と明日佳はじりじりと間合いを詰めていく。一見優位に見えるが、このペア相手だとマズイ。また同士討ちが起こりかねないぞ…。
「…と、思ってほしかったんだろうな」
「拓翔さん?」
「雪寝、アップを始めろ。この試合はもう終わるぞ」
――――――――――――――――――――――
一年の子も明日佳ちゃんもどんどん間合いを詰めてくる。単純な格闘能力なら遥かに上だもんね。相手が背中合わせで下がれないんだからどんどん前に来るよねー。
でも、それこそがあたしの術中。近づけば近づくほど同士討ちさせやすくなってる。この狭すぎる間合いこそがあたしたちの『|地元≪テリトリー≫』!とはいえ、そろそろ躱すのもキツイ…。早く、早く攻めっけを見せてこい!
来た!
一年の子があたしの方に大きく踏み込んで、回し蹴りをだそうとした。今だ! あたしはマッハ君を押しながら屈む。
全ては私の思惑通り、一年の蹴りは明日佳ちゃんまで届いた。視界の外、それも仲間からの突然の奇襲、どう考えても防げるはずない…、なのに明日佳ちゃんは蹴りを腕で受け止めた。
「どういうこと…?」
明日佳ちゃんは笑顔のまま、また近距離で魔弾を撃ってくる。溜めの短かい小さな魔弾とはいえ明日佳ちゃんの魔弾には『加重』が付与されているかもしれないから侮れない。あたしは強引に体勢を起こして、気合でそれを躱す。
よし! この方向なら明日佳ちゃんの魔弾が一年に…。一年が明日佳ちゃんの魔弾を難なく避けた!? 、さらに避けた勢いを利用してあたしをタックルで明日佳ちゃんの方に押し飛ばす。
「マズッ…」
今度は明日佳ちゃんの右ストレートによってあたしは一年の方に吹き飛ばされる…! ただのパンチがどういう重さ!? 受け止めた腕が痺れて、動かない! 産山君の滑油で威力は下がってるはずなのに、コレ!?
「私とヤル気? いい度胸だね、桐島ちゃん」
「先にしかけたのは明日佳さんでしょ」
倒れたいけど、それすらも許されない。あたしなんかいないみたいに間合いを詰めた一年と明日佳ちゃんがあたしを挟んで殴り合っているのだ。二人が避けた攻撃が全てあたしに当たっていく。
こいつら…! あたしなんか眼中になかった! 最初から味方を攻撃する気で闘ってたのかよ!!
もうダメージが限界。 早くマッハ君に助けてもら……。あたしがさっき押し出したマッハ君と一瞬だけ目が合う。彼の顔には戸惑いと焦りがありありと浮かんでいた。そっか…。あたしら三人が近すぎてマッハ君も割り込めないんだ。あたしに攻撃を当てるのが怖くて魔弾すら撃てない。
ただ戸惑いながらあたしがボコられるのを見守ってる。
「…い、いざやられるとマジ腹立つなあ、コレ」
最後に双方から重いパンチを喰らったあたしは意識が遠のくのがわかった。最初から連携も何もないやつをギスギスさせることはできない。作戦負けだね、こりゃ…。
――――――――――――――――
「ふははははは! 快勝だ!」
谷江の次は産山を挟んであの二人が殴り合っているうちに産山も気絶して試合が終わった。やはり自分の作成が嵌まって皆が勝つと誇らしい。もともと単純な力比べでは負けようのない相手だった。問題はやはり同士討ちによってペースを崩すことだ。だから明日佳と桐島を組ませ、最初から仲良くないペアでいかせた。その上、今回の試合に限っては相手を狙った攻撃であれば味方に当てても良い、と二人には伝えてあった。
俺が許可した以上、同士討ちはもはやミスではなく作戦の一部となり、二人は一切の引け目なくプレーができる。尤も、互いにあそこまで積極的に狙うとは思ってなかったが…。
「ほんまブッサイクな試合やで。それぞれの実力にモノ言わせただけのペアやのに強いの反則やろ」
「まーたウチが叩かれそうな試合だったね」
風間が肩をすくめて周りの記者たちを見渡す。
「好きに叩かせとけばいいさ。どうせ俺たちは勝つだけで多少なりとも反感を買うんだ」
「しっかし拓翔さん。この流れで今の雪寝を出して良いんですか? 多分あいつ、こういう空気読みませんよ?」
「だからこそ良いんだよ。今年の鹿王も完璧って派手に示せるだろ?」
アップを終えた雪寝が試合場に入る。溜まったフラストレーションのせいかどことなくいつもより表情が硬く見える。長津の言う通り、手加減なんて言葉知らないって雰囲気だ。
審判が試合開始の合図をすると同時に、雪寝は両腕に魔弾を溜め始める。本来、魔弾は一度に一つしか溜められないのが常識だ。しかし、常識というものは悉く雪寝には当てはまらない。
相手はビビッて距離を詰めてくるが、もう手遅れだ。雪寝は両腕を振るい、二つの魔弾を時間差で放つ。相手は先の魔弾を避け、次の魔弾をなんとか弾いたが、足を止めてしまった。
間髪入れずに三発目の魔弾が襲う。避ける暇などなかった相手はまた受け止めて踏ん張る。が、無駄。踏ん張っている間に四発目の魔弾が飛んでいった。
そこからは魔弾の雨あられ。相手が気絶するまで雪寝の魔弾が飛び続ける。魔弾は魔力を大量につかう技のはずだが、もちろんその常識も雪寝には通用しない。
僅か十秒と少しで決着はついた。地方大会くらいまでウチとまともに試合できる相手なんてでてこないのが普通だ。むしろ谷江や産山みたいなのが特殊。大抵の相手はただ成す術もなく負けるだけだ。
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