第13話


「菅原先輩。あたし高校ファンタジアのことなんて全然分かんないですけど」

「分かんないなら調べろ、野口。相手が高校生だからって舐めた態度とんなよ。あの年ごろは逆にそういうの敏感だからな」

「はいはーい」


最悪。高校生の取材なんて苦労の割に当たり障りのないことしか書けない退屈な仕事だ。結果を出さなきゃ批判されるプロとは違って、学生たちは頑張っているだけで偉い。だから学生を叩く記事は炎上する。となれば、どこも同じような普通のことしか書けなくなる。好き勝手書けるのは匿名掲示板とか、そういう類だけだろう。


「鹿王ねえ…。わざわざ群馬まで行って取材するんですか?」

「四季明日佳がいるからな。…資料くらい読んだんだろうな? プロでも通用するレベルだろ」

「持て囃されて、いざプロになったらダメだった選手なんて星の数ほどいるじゃないですかー。ただでさえ学生同士の試合はレベルが分かりづらいんだし」

「俺の目に間違いはねえ。あの子は100年に一度の逸材だ」


ありふれたキャッチコピーすぎて逆にダメそう。ていうか四季明日佳なんてネタ、去年も一昨年もやったんだからどこも注目してるに決まってる。こんなの取材しても大した記事にはならない。過去の鹿王の記事や動画を斜めに見て、他にいいネタがないか探していると、一人の青年が見つかった。


「菅原先輩、彼はどうですか?」

「彼って?」

「『奇跡の復活 全国二連覇を成し遂げた義足の監督』 この日暮拓翔くんを取材しましょーよ。キャッチ―な題材だし、どこもあんまり取り上げてないですよ」

「ダメだ。拓翔君はネットでメチャクチャ評判悪いんだよ」

「え。なんで」


菅原先輩に言われて匿名掲示板で彼の名前を打ち込んでみる。すると彼への罵詈雑言とそれを煽るような文言がズラリと出てきた。


「うわ、ひど。何かやらかしたんですか?」

「全然、むしろ拓翔君は上手くやった方だ」

「ていうと?」

「彼のエピソードは劇的だし、みんなが同情的になるし、応援したくなる。」

「良いことじゃないですか」

「出来過ぎてんだよ。だから捻くれた奴は彼の事を鹿王のPR活動の一貫としか思わねえ」

「あー…」

「四季明日佳がやたら彼の事を強調するし、余所の学校だとたいてい選手が監督を兼任しているとか、そういうこともあいまって、鹿王が用意した体のいいマスコットだと思われたのさ」

「なーるほど。それに差別だとか、人権問題だとかズレた反論が湧いて、尚更炎上したわけですね」

「…俺も何度か話したことあるけど拓翔君は正真正銘のキレ者だよ。トレーナーの腕前は抜群の天才。でも色眼鏡かけて記事を読む奴らからすれば四季明日佳のおこぼれを預かるマスコットに見えちまうんだよな。拓翔君を支持しているのなんて彼の優秀さを知ってるヤツか下手な勘繰りをしない純粋な中学生くらいだ」

「へー…やっぱこの子にしません?」

「野口! お前、俺の話ちゃんと聞いてたか」


菅原先輩が怒るなんて…。よっぽどダメな話題なんだろう。でもやっぱり諦めきれない。一応彼への質問も用意していこう。







「今年もよろしく、拓翔君」

「こちらこそよろしくお願いします。菅原さん」


菅原さんはいつもよりずっと柔らかい口調で件の彼と挨拶を交わす。件の彼は高校生のくせに取材慣れしてた。浮かれたり、やたらニヤニヤしたりするのが普通の高校生の反応なのに、愛想のよい笑みを浮かべたまま、実に落ち着いてる。菅原先輩の言う通り優秀なのは本当なんだろな。


「こっちは後輩の野口」

「よろしくね、拓翔君」

「はい、よろしくお願いします。野口さん」


年上女性、それも美人にいきなり下の名前で呼ばれるというイベントにも一切動じない。…なるほど、確かにこれは叩かれるわ。隙が無さ過ぎる。読者は親近感を覚える相手を好むものだ。彼はその真逆といっていい。


「忙しい中、取材を受けてくれてありがとう。拓翔君」

「いえいえ、自分は何もしてませんよ。明日佳がやると言ったからやるだけです」


「二人は幼馴染なんだっけ?」


私が口を挟むと、拓翔君は口を小さく開けて、何も言わずに閉じた。答えるのは危険だとすぐに察したらしい。本当に高校生?  


「申し訳ありません、野口さん。事前に確認させて頂いたように自分に関する記事は書かないで頂きたく…」

「は、はは。いや、ただの雑談だよ。記事にはしないから安心して。なぁ? 野口?」


菅原先輩が般若みたいな顔で私を睨みつける。菅原先輩はちょっと彼に気を遣い過ぎだと思う。もっと踏み込まなければ良い記事は書けない。


「それなんだけどさ、考え直してくれないかな? 書いた記事は事前に送って確認してもらうし、明日佳ちゃんが取材受けている間、ちょっと答えてくれるだけでも良いからさ」


拓翔君は困った様子だ。でもどう答えるかじゃなくて、どう断るかを考えているのは経験で分かる。もう一押し何かないと取材は受けてもらえなさそう。


「野口。外で待っとけ」


拓翔君が答えを出す前に菅原先輩がブチ切れた。…ヘタレめ。お世話になった先輩だし、社内の立場も上の菅原先輩には逆らえない。私は本当に練習場の外でただ待つことになってしまった。






「あ! 長津薫君だよね?」

「そうですけど…。お宅はどちら様です?」

「私、月刊『ポロネーズ』の記者の野口舞」

「ああ。拓翔さんが言ってましたわ。明日佳さんの取材でしょ。俺に訊いても明日佳さんのことなんて上手く説明できません。他のヤツに訊いてください」


長津君はすぐ立ち去ろうとしたので、急いで回り込んで止めた。…この子、淡白だなあ。この子も取材でテンション上がらないタイプか。


「違うの! 私は日暮拓翔君について訊きたいの?」

「拓翔さんについて?」

「そう!」

「……」


長津君は口元に両手をあてて三角形をつくる。両手をメガホン代わりに使う仕草だ。何か叫ぶってこと?


「トレーナー!!」

「は?」


長津君が叫ぶとすぐにトレーナーの高校生たちがこっちに駆け寄ってくる。…なんかマズイ?


「ウチでは許可ないインタビューは禁止やねん。トレーナーたちにしばらくアンタを監視してもらうわ」

「え」

「あんたも仕事やろうけど、俺だってあの人の顔に泥塗るようなマネ見過ごせんのや。堪忍な」


私はこっちに駆け寄ってくる高校生たちを見る。駆け足でこっちにくる彼らの顔はとても記者を弾く警護の顔によく似ていた。


「やば…」


私は走って高校生たちから逃げた。幸い彼らは長津君の保護を優先したため、私がだだっ広い練習場の反対側まで来たころにはもう誰もついてきてなかった。


…後でなんて菅原先輩に言い訳しよ。


「大丈夫?」


私が息を整えていると、人形みたいな小柄な少女が私の顔を覗きこんできた。あ、この子も去年の正レギュラーの一人、佐藤雪寝ちゃんだ。


「だ、大丈夫」

「安心。ところで誰?」

「私は月刊『ポロネーズ』の記者 野口舞」

「疑問。なぜ疲れてるの?」

「それは君たちの学校のトレーナーにひっつかれたらまともに取材できなさそうだったから」

「意味不明」


雪寝ちゃんは表情こそ変わらないけど私に興味津々みたいだ。私の周りをぐるぐると歩き回る。良し、やっと記者にテンション上がるタイプの子に会えた。これなら取材できるだろう。


「雪寝ちゃんのその話し方には何か拘りとかあるの?」

「不明。何のこと?」

「えっと、その、端的というか短い文で喋ってるでしょ?」

「?」

「……………」


さっきはちょっと急ぎ過ぎたと思ったから、何気ない話から始めようとしたらイマイチ噛み合わない。


「あー…、なんでもない。じゃあ次。拓翔君についてどう思う?」

「恩人。監督。優秀。尊敬してる」

「できれば単語じゃなくて文で言ってくれると助かるんだけど…」

「?」


雪寝ちゃんはまた首を傾げた。可愛いけど、無性に歯がゆい。折角協力的な相手を見つけたんだ。なんとか情報を引き出したい。


「じゃ、じゃあ拓翔君の評判って知ってる?」

「出鱈目」

「雪寝ちゃんはそう思うんだね! どういうところが…」


「確認。挑発?」


突然、雪寝ちゃんのまとう雰囲気が変わった。これ以上踏み込めば容赦しないという静かな嵐のような怒り。…パンピーならここで引くんだろうけど、踏み込むのが記者という生き物だ。


「挑発ってどうして? 何をそんなに怒ってるの?」

「…回避。拓翔さんが言ってた。嫌な質問をされたときは逃げろ」


雪寝ちゃんは私を躱して練習場に駆けこむ。くっ…、残念。もうちょっとで面白い話を聞けそうだったのに。


部員たちから慕われているのは分かる。でもやっぱり彼の人間性は見えてこない。彼の人間性を記事にすることができればただの憎まれ役から脱却できると思うのに…。


……いや、もしかして。


――――――――――――――――――


明日佳の取材が終わって、菅原さんを見送ろうとしたら練習場のすぐ外で野口さんがしたり顔で待っていた。…さっきは俺のせいで申し訳ないことをした。菅原さんは謝ってくれたが、俺からも謝った方が良いだろう。


俺がまず謝ろうとしたら、菅原さんが俺をかばうみたいに前に立ったので中止せざるを得なかった。


「野口。拓翔君にさっきの無礼を謝りに来たんじゃないなら車に戻れ」

「す、菅原さん。自分は全然気にしてないですから」

「…すみませんでした」


野口さんが深々と頭を下げてくれた。非常に心苦しい。俺みたいな年下の高校生に謝るのは屈辱だろう。


「いや、ほんと気にしないでください」

「失礼を承知であと一つだけ、確認させて頂戴」


野口さんは頭を下げたままお願いしてくる。ズルイ手だ。この状況で断るなんてことはできない。


「野口。何度同じ事を言わせるんだ」

「…お願いします。記事にもしません。ただ確認したいだけなんです」

「どうぞ、答えられることなら答えますよ」


俺が許してしまったから菅原さんは難しい顔をしたまま身を引いてくれた。野口さんは顔を上げて、最初に会った時よりずっと謙虚な態度のまま考えを披露してくる。


「ネット上での拓翔君の評判は散々」

「お恥ずかしい限りです。自分が未熟なばっかりに」

「…本当に未熟だったの?」


野口さんの声に気迫が漲ってくる。まるで探偵に罪を暴かれてるみたいな気分だ。野口さんはスマホの画面を俺に向けてきた。


「これは界隈で有名な治安の悪い匿名掲示板。彼らは毎年、匿名性を利用して選手も学校にも好き放題勝手なことを言うの。その癖、知名度だけはあり、影響力もほどほどにあるから性質が悪い」

「それは…恐ろしい掲示板ですね」

「これでね、鹿王を調べると拓翔君と、鹿王の実力主義を批判したものがほとんどで選手たちに言及したものは極僅か。それも途中で拓翔君の話題にすり替わっている」

「……」

「始めからこれが狙いだったんじゃないの?」


困った。否定するにしても微妙なラインの話だ。正直なところ、一年目で俺に批判が集中したのは本当にただ俺が未熟なだけだった。もちろん最初は凹んだけど、次第に利用できると思って現在は敢えてそのようにしている。


「私が今日話しを聞いた選手たちは君のことを心から慕ってたよ。なのにあの子たちは君を守るためといって私の取材を拒否した」

「はは、すみません」

「でもこれ、筋が通らないんだよ。普通尊敬する人が誤解されてたら積極的に真実を話そうとするはずなのに。…拓翔君。君、みんなを騙してるでしょ」

「…………」

「彼らは取材を受けないことが君を守ることだと思ってる。でも真実は逆。彼らが取材を受けないから、明日佳ちゃんに君のことを語らせないから君のイメージは悪いまま」

「…ただの俺のエゴなんです」

「エゴ、だとは思ってるんだね」

「ええ、大抵のプレイヤーは批判なんか気にしませんから」

「じゃあなんでこんな真似を?」

「嫌なんです。あんなに頑張ったプレイヤーたちが悪く言われるのがどうしようもなく我慢ならない」

「例え君の経歴に傷がついても?」


俺だって非情に自分のことだけを考えるトレーナーになろうとした。だからこそ明日佳と組んだんだし、互いを踏み台だと自分に言い聞かせた。でもこういうのは理屈じゃない。あいつらの努力を、凄さを、ずっと身近なところで見てきたからあいつらを悪く言われたら悔しい。ただそれだけだ。


「この程度で傷ついて使えない経歴なんか要りません」


―――――――――――――


なぜか菅原さんは頑なに運転を私に譲らなかった。私は助手席で今日のことを考える。30分ほど黙って色々考えて居たら、やっと菅原さんが喋った。


「野口」

「はい」

「自惚れんな。新人の頃に教えただろ。偉そうな記者は三流以下だ」

「…はい」

「俺たちはただの人間だ。相手を批評する立場にずっと身を置くと、つい忘れちまうけど、なんも偉くないただの記者だ。それを見失うな」

「……はい」


「菅原さんは知ってたんですか?」

「直接聞いたことはなかった。でも知ってた。あんなに賢い奴がネットで叩かれるくらい対処できないはずないからな」


私の率直な感想は子供っぽい自己犠牲だ。拓翔君のやっていることは彼の言う通りエゴに過ぎないし、多分そこまでの意味はない。でもそれが彼のこだわりで、そういう彼だからこそ部員たちは彼を慕っているんだろう。


「菅原さん、私。高校ファンタジアに興味湧いてきましたよ」

「…てっきり泣くと思ったのにな。お前は強いな」

「叱られたくらいじゃ泣きませんよ! あ、もしかしてそれで運転譲ってくれんかったんですか!?」


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