第8話
1年が入部して2週間が経った。…ぶっちゃけ平和過ぎて退屈だ。あのおもろい1年はすっかり牙を抜かれたみたいで大人しいし、他の2年は先輩やるのが気分ええみたいでよう1年に絡みにいっとる。
「アホやなぁ」
お前ら、その1年がライバルだって分かっとるんか? さんざん先輩風吹かしといて可愛がってた奴に負けたらどんな顔するつもりやねん。3年が1年にあんま関わろうとしないのはそういうの知っとるからやろ。俺たちも入ってすぐの頃は可愛がられたけど、秋大会始まるころにはメッチャ冷たくされたやん。
…あれ、そもそも俺はあんま可愛がられてなかったか。
「長津薫…さん。」
悲しい記憶が蘇ろうとしたのを誰かが止めてくれた。俺の下の名前まで呼ぶ奴は珍しい。このガタイにしては女っぽい名前過ぎるんよな。
「えっと…桐島ちゃんやっけ?」
「はい、桐島玲奈です」
振り返ると1年の女子が俺を見上げていた。美人さんやけどちょっと顔が怖い。なんか明日佳さんとはまた違った威圧感がある子やなあ。
「なんか用か?」
「あたしと試合してください」
笑顔で俺を試合に誘う明日佳さんの姿が目の前のこいつと重なった。…なんでやろ、全然似てへんのに。やっぱトラウマなんかな…。
「なんで俺と試合したいん?」
「あたし、正レギュラー1位目指してるんで」
「じゃあ明日佳さんに挑めや。しっしっ」
下らん。俺は手首を振る追い払う仕草をして、帰り支度を進める。部活後の貴重な時間をこんな奴のために使えるか。
「お願いします。あたし、本気なんです」
「そもそも俺に勝ったからって正レギュラーになれる訳ちゃうぞ。ウチはもっと色々データを集めて正レギュラー決めとんねん」
「でも、準レギュラーであなたに勝ったことある人いないですよね?」
あかん。この子、折れないタイプや。時々おるんよな。こっちが理路整然とした反論してるのに感情のデカさとズレた反論だけで貫通してくる理不尽の権化みたいな奴。普段なら関わらん一択やけど…。
「分かった、熱意に負けたわ。試合したる」
普段なら関わらん一択やけど、ファンタジアの相手なら喜んでやる。こういう理不尽な奴をぶっ倒すのはマジで気持ちええからな。良いストレス発散くらいにはなるだろう。
「はぁ…、はぁ…、はぁ…」
「もう終わりでもええよ。なんか弱い者いじめみたいで気分悪いわ」
桐島ちゃんはなんとか走って俺から距離をとる。俺はただゆっくり近づいとるだけやぞ?傷つくわぁ。
野球ボール大の魔弾を左の人差し指から軽く上に放つ。すぐに左手をバットに添えて、俺はフルスイングで自分の魔弾を弾いた。俺がバットで弾いた魔弾は本来の魔弾よりかなり速い。既にボロボロな桐島ちゃんは大して動けず、そのまま直撃する。
「ぐっ!」
桐島ちゃんは懲りもせずに魔弾を溜めてくる。そして横回転の曲がる魔弾を放ってきた。シュートの軌道でバットの外から俺の体に当てるつもりかいな。あんま俺の当てカン舐めんなよ。
俺は自分の長すぎる腕を最大限畳み、一歩左に避ける。これで狙いやすいわ。コンパクトなスイングで魔弾をはじき返す。この魔弾はさっきのよりも速かったが、既に動き出している桐島ちゃんには当たらなかった。
愚直にもまたまた突進してきたようだ。俺はフォロースルーをすぐに終わらせて、今度は右手だけでバットを握る。桐島ちゃんはスライディング気味に俺の足元に蹴りを繰り出してくる。アホか。デカい奴の足元なんて分かりやすい弱点、拓翔さんが放置しとる訳ないやろ。
「げは!」
俺はゴルフスイングでバットをぶつける。決してそんなパワーは込めなかったが、俺の魔力特性『反発』によって桐島ちゃんは大きく後ろに吹き飛ぶ。途中でなんとか地面に足をこすりつけて衝撃を殺したのは大したもんやな。
「もう分かったやろ。俺の『反発』にお前は為す術なし。どう頑張っても勝ち目なんか…」
「うるさい…。あたしはまだ負けてない!」
桐島ちゃんは親の仇でも見るみたいに俺を睨みつける。あぁ、今はっきり分かった。俺、この子苦手だ。どんな想いがあるか知らんけど、まずは目の前の現実受け入れろや。実際、俺に手も足も出てへんやろがい。夢に執着するのは現実見てからにせえや。
「あー…、もういいわ。怠い。ちょっとは先輩らしくしよ、思たけど、やっぱ先輩なんか性に合わんわ。格の差を教えたる。」
拓翔さんが俺に見出した才能は天才的な当てカン『
桐島ちゃんは右の指先にバスケボール大の魔弾を溜める。魔弾か、どっちでも変わらんけどより勝率の低い方を選んだな。俺はバットを首の後ろまで引いて構える。
!?
桐島ちゃんは魔弾を放たずに指先に魔弾を溜めたまま近づいてくる。嘘やろ!?魔弾は放つ前のあの状態が一番神経使う。まともに身体能力強化だって使えんはずや!
混乱と動揺。それが俺の強み『
桐島ちゃんは俺の目の前で突然屈む。そのせいで俺がしどろもどろで振ったバットが宙を裂いた。
「がっ…!」
桐島ちゃんが俺に魔弾を突きつけようと腕を伸ばす。伸びきった体の俺はその攻撃を避けきれないことを悟った。
「…何してはるんですか?」
俺は事の次第を説明するために拓翔さんの所に来た。すると雪寝が拓翔さんの背中をリズムよく叩いていた。拓翔さんはベンチに横向きに座ってされるがまま叩かれており、平然と資料に目を通している。
「明白。不服申し立て」
「いや、全然わからんねんけど…」
「俺が最近1年に構い過ぎて雪寝の面倒を見てないって怒ってるらしい」
抗議にしてはマッサージしているようにしか見えない。もしかしたら最近死ぬほど忙しそうな拓翔さんへの雪寝なりの気遣いなんかもしれん。
「それで? どうした? 長津」
「すんません、桐島ちゃんに試合挑まれてやり過ぎました。潰してしまったかも…」
「ああ、なるほど。…まぁ、大丈夫だろ」
「大丈夫、ですかね?」
「桐島はバカじゃない。お前に勝てないことは分かってたはずだ。負けて学びたかったんだろうよ」
拓翔さんが資料から目を離してこっちを見てくれる。そして自分の子供が一等賞でも獲ったみたいに誇らし気に笑った。
「先輩らしいことしてるじゃないか。成長したな、長津」
「はぁ…、どうも」
心から言ってくれているのは分かるけど、拓翔さんに言われるとむず痒い。俺が先輩レベル1なら拓翔さんは先輩レベル100は下らない。大人が子供の絵を見て手放しで褒めとるような気色悪さがある。
「要求。私も先輩らしいことしてる、褒めて」
「例えば?」
「………後述。先に褒めて。」
「まぁ、雪寝もよくやってるよ。1年と問題起こしてないもんな」
「正解。まさにその通り」
雪寝は嬉しそうに胸を張る。お前、それでええんか…。流石にハードル低すぎやろ。
「それじゃあ長津、一応俺からも桐島には声かけておく。多分大丈夫だとは思うがな」
「ありがとうございます」
「なぁ、長津。桐島はどうだった?」
「……」
俺は右手を見る。俺はずっと優勢で場を支配してた。でも桐島ちゃんの最後の一撃だけは違った。もしあの時、咄嗟にバットを投げ捨てて右手でガードしなければ勝敗は違ったかもしれない…。
「…決まっとるでしょ、俺の敵じゃありませんわ」
「そうか」
多分拓翔さんには強がりだってバレてる。クソ恥ずいのは分かっとるけど、拓翔さんの前だとどうにもならん。いつもカッコつけてしまう。
「今年の1年生は豊作だが桐島と風間はその中でも抜きん出ている。その調子で可愛がってやってくれ。本人たちも苦難を糧に成長するタイプのようだしな」
「俺がそういうの苦手なんは拓翔さんも知っとるでしょ」
「お前も明日佳に揉まれて強くなっただろ? チームのためにやるんだ」
…特に反論が思いつかんかったので俺は黙った。なんか面倒なこと押し付けられた気がする。はぁ、やっぱ先輩なんか損なだけだわ…。
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