第23話 闘争心

 生きて帰ると雪代たちに誓った。こんなぬいぐるみ如きに負けていては話にならない。

 ……《ゴミ生成》。

 裕人は殴られながらも、左手に魔力を込めた。その手に出現させたのは、年期の入った杖だった。先日見つけた小さい炎を出せる魔具だ。

 ……もういっちょう、《ゴミ生成》。

 今度は右手にオイルの入った瓶を出現させる。

 その間も、ぬいぐるみは容赦なくひたすらに裕人を殴りつづけていた。

 意識が飛びそうだった。瞼を切ったのか、血が目に入ってきて、視界が赤く染まった。

 ブルーティアは止める素振りを見せない。

 心臓がうるさく鳴り響き、全身が熱くなる。自分の中に何か熱いモノが生まれた。

 やられるにしても、ただじゃやられない。このままやられてたまるか。

 歯を食いしばり、雄叫びと共に、裕人は右手のオイル瓶をぬいぐるみに投げつけた。瓶が割れてオイル塗れになったところに、杖で小さな火球を打ち出した。

 途端に燃え盛るぬいぐるみ。悶え苦しみ裕人から離れた。

 飛び火で裕人も身体のあちこちを火傷した。

 ぬいぐるみはしばらくもがいたあと倒れて、動かなくなった。

「……ま、とりあえずは良かろう」

 ブルーティアが指をパチンと鳴らした。途端にぬいぐるみは消失し、裕人の怪我も瞬時にして治った。

 裕人は倒れたままでいた。そのまま考えに耽る。

 今、裕人は命のやり取りをした。殺されると思った。見た目が可愛らしいクマのぬいぐるみだから、完全に甘く見た。結果、裕人はボコボコにされた。

 相手が爪や牙をもたないぬいぐるみで良かった。ブルーティアの言った通り、相手が魔獣であったら裕人の命はなかっただろう。

「どうだ。初めての戦闘は?」

 まだ身体が震え、心臓の鼓動が激しく鳴り響いている。

「……死ぬかと思った」

「そうだ。戦いとはそういうものだ。怖くなったか?」

 怖くないわけがない。戦闘なんてせずに、逃げて逃げて自分の身の安全のみを考えて生きていたい。

 だが、ぬいぐるみに殴り殺されそうになった時、裕人の胸の内に湧いて出たのは、自分でも信じられなかったが、あれは闘争心だった。その火はまだくすぶりながらも、胸を熱くしている。こんな感覚は初めてだった。

 裕人の目を見たブルーティアが、面白そうに口の端を上げた。

「ほう? 意外と根性あるじゃないか。もっと、泣き喚いてやめてくれと懇願するかと思ったが」

 裕人は身体を起こして、あぐらをかき、ブルーティアを見た。

「……やらなきゃ生きていけないんでしょう? 見た目に騙されてはいけないっていう教訓も得たしな」

 くっくっと含み笑いをし、ブルーティアは満足そうに頷いた。

「そうだ。次はこんなぬいぐるみではないからな。覚悟しておけよ」

「……わかったけど、一応段階は踏んでくれよな」

 そして、この日から裕人の戦闘訓練も追加されることになった。


 

「あー、暇じゃ」

 今日も今日とて、裕人の終わることなきゴミ処理と、この世界の知識を得るための本読みと、ブルーティアの生み出した魔物ゴーレムと戦い続けていたある日。彼女はあくびをしながら、そんなことを言った。

「いや、暇だと言われても」

 こちらは色々と忙しいのだ。ブルーティアと遊んでいる暇はない。早く成長して、外界に出て、元の世界に帰るための手段を探さなければならないのだ。このゴミ空間に来ておよそ二ヶ月。いい加減ここから出たい。

 裕人のその心境を読み取ったように、ブルーティアは言った。

「まあ時には休養も必要だぞ。ここでは疲れても直ぐに回復できるが、外ではそうはいかん。外界に出たいのなら、休むというのも身体に染みつかせないとな」

 確かにその通りだ。今までほぼ休み無しのブラック企業さながらに動いていた。裕人は高校生だから、あくまでイメージでしかなかったが。

「ということで、しばらく休みだ。さあ、何する? 何がしたい?」

 ブルーティアが目を輝かせた。

 裕人は考えた。現世では休みに何をしていただろうか。ゲーム。漫画。テレビ。ユーチューブ。音楽。ライトノベル。

「そういえば、お前のクラスメイトたちに聞いたが、お前たちの世界には巨大なプールとやらがあり、ウォータースライダーとかいうのがあるそうだな。わたしはそれをしてみたい」

 ブルーティアは、裕人のスマホを使って雪代たちと勝手に連絡を取って、色々と現世の情報を仕入れていた。

「……ここにはそんなものないじゃないですか」

「わたしを誰だと思っておる。この空間を支配する管理者、すなわち神であるぞ。そんなもの簡単に創れるわ」

 言って、ブルーティアは手を翳して、まずはゴミだらけの場所を綺麗さっぱりに消失させ、大きな広場へと変えた。

「まずは大きな凹みを創って、そこに綺麗な水を張る。そして、グネグネとカーブをしまくった人が通れる筒を設置していって、上からも水が流れるようにして、と、ホラ簡単であろう」

 あっと言うまに、ウォータースライダーつきプールが完成した。

 呆気に取られる裕人の前で、ブルーティアが自身の身体に手を当てて、服装を変え、水着姿になった。青のビキニだ。

「か、神様みたいな人がそんな格好していいんですか!?」

「人間の娯楽を楽しむためには、人間の真似から入らんとな。よし、では早速」

 ブルーティアは一番上まで瞬間移動し、そしてスライダーの中へと身を投じた。

 うひゃー、とかいう色気のない楽しげな声が響いてきて、プールにそのまま降りてきて、ザッパーンと盛大な水飛沫をあげた。

「コイツは楽しいのう! ホレ、ヒロトもやれ」

「あ、いや、俺は」

 裕人はこういったのをしたことがない。絶叫系など絶対に無理だと思っていた。

 ブルーティアが裕人に手をかざすと、水着姿になった。何故かブーメランパンツだった。

「え、ちょっと待って」

「えーい。男だろうが。さっさとやれ」

 有無を言わさず、裕人もスライダーの上にまで転移させられた。

 眼科にうねうねと曲がりくねった筒が見える。このタイプだと身体が空中に飛び出る心配はないが、怖いものは怖い。足が竦み、動けなくなる。

 魔物ゴーレム相手とは違った怖さだ。

「こ、これはムリかと」

 言った瞬間、背中を押され裕人はスライダーの中に吸い込まれた。

 絶叫が蒼い空間にこだました。

 スライダーを滑り、プールに派手に落ちて、ぷかぷか水死体のように浮いていた裕人に、ブルーティアが声をかけた。

「どうだ? 楽しかっただろ?」

 裕人はガバァと身を起こして、ブルーティアを見た。

「……ろ…かった」

「なんだって?」

「スッゲエ面白かった! もう一回上までお願いします!」

 虚弱体質で心臓に負担がかかるし、絶対に怖いと思ってやってこなかった絶叫系だったが、裕人はすっかりハマってしまっていた。水着が尻に食い込んでいたのもまるで気にならなかった。

 そして、蒼い空間に、何度も裕人とブルーティアの楽しそうな悲鳴が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る