バイバイ、またね
木子 すもも
【起】
1/
何時からだろう。
〝それ〟を最初に思ったのは、小学校高学年の頃だった。
最初はただ単純に〝つまらない〟
そんな風に思っていただけだったと思う。
それが何時しか〝消えたい〟に代わり、今となっては、ただただ〝死にたい〟と願うようになった。
わたしは一言で言って、〝コミュ障〟だ。
でも、別に一人が好きという訳ではない。
出来る事なら、人の輪に入りたいし、友達だって欲しい。
しかし、いくら歳を経ても、わたしは人との交流が上手くいかず、日々一人ぼっちの生活を送っている。
もしも、この世に幸福があるとすれば――それは何だと思う?
わたしはたった一つのシンプルな答えを言うだろう。
〝最初からこの世に生まれ落ちて来なければいい〟
この世に生まれ落ちて来た事が既に不幸で、この世には何の幸福もありはしない。
――幸福とは、人が生み出したそれっぽい錯覚である。
すべからく、人は愚かだ――。
くだらない自分が、くだらない世界が、早く終わりの時を迎えますように。
*
喧々たる高校の教室で、わたしは一人机に突っ伏している。
現在の時刻は、十二時を少し回ったところだ。
クラスメイト達に〝透明人間〟と揶揄されるわたしの名前は、
自分で言うのも何だが、性格は暗くて大人しめ。外見も地味で、クラスでは浮いた存在である。
言うまでもないが、友達はいない。
わたしは生まれてこの方、笑った事がない。
いや、正しくは笑い方が分からない。
いつ誰に対しても常に仏頂面。それがわたし、〝透明人間〟橋口美々である。
(いつまでも机に突っ伏していても仕方ないわね。漫画でも読もう)
わたしは机の横に掛けてあったスクールバッグから一冊の漫画を取り出す。
漫画を読む事は、わたしのたった一つの趣味である。
漫画という物は凄い。
一言で言って、人生に彩りを添えてくれる。
しかし、漫画にだけは、その感情を大きく揺さぶられてしまう事が多々ある。
漫画はわたしにとって、この世で一番の娯楽だ。
全意識を漫画に集中させる。
次第にわたしの意識は、漫画一色に染まって行った。
漫画を読み終えてしばらくが経った頃、わたしは何者かの視線を感じた。
(……透明人間に気付くなんて奇特な人ね)
わたしは視線を感じる方に目を向ける。
そこには強面の外見が特徴の
柳は騒がしい教室の中、少し離れた席で、頬杖を付きながら、横目でこちらを見ている。
柳は俗に言うギャルである。
常に高校生らしからぬ格好をしており、その派手な見た目からは、一部の生徒たちの間では〝ヤリマン〟とか何とか噂されている。
(意外な人がわたしを見ているもんね……)
〝スキンフェード〟
柳を厳つくさせている要因の一つだ。
柳は髪を茶色く染めて、バックと両サイドを刈り上げている。
女性にしては珍しい髪型だ。
そして、髪を高い位置で結わき、ポニーテールのように纏めている。
垂らした前髪がちょっとしたアクセントだ。
わたしは地味な黒髪ロングなので、ああまで思い切った髪型に出来るのは、何だか羨ましくもある。
ぼうっと柳を見ていると、柳は決まりが悪そうに目を逸らした。
(……わたしの勝ちね)
何かに勝ち誇ったようにぐっと拳を握る。
そうして、短い休み時間はあっという間に過ぎ去って行くのだった。
*
放課後。学校からの帰り道。
その日わたしは普段とは違う道で帰路に就いていた。
この行為に特に意味はない。わたしにとっては、ただ単純に散歩みたいなものである。
(真っ直ぐ家に帰っても何もする事はないし、こういう無駄な時間って大事よね)
わたしはぼんやりと町を練り歩く。現在の時刻は、夕暮れ時だ。
何の目的も無く、町をぶらぶらしていると、しばらくして、見知った顔を見掛けた。
(あれ? あれって……)
そこにいたのは、強面ギャルの柳だった。
柳は人通りが少ない路地裏で、野良猫たちと戯れていた。
(ふ~ん、あの人もあんな風に笑ったりするんだ)
野良猫たちと戯れている柳は、普段学校では見せた事もない顔をしていた。
(……何となく、あの人には近しいものを感じていたけど、わたしとは違ったのね)
わたしは自分自身に歯痒くなり、すぐにその場から離れる事にした。
それから数日が経った。
ここ数日間、わたしは柳の事が頭から離れなくなっている。
どうしてか。それは自分にもよく分からないのだが。
(なんか気になるのよね、あの人……)
わたしは放課後になると、柳を追い掛け、今も野良猫たちとの触れ合いを観察している。
別に柳を好きになったとかそういう話ではない。
……ただ、あの人を観察すれば、わたしも笑う事が出来るようになるかなって、そんな程度の引っ掛かりだ。
(それにしても……)
――可愛い顔で笑う人だな。
学校では相も変わらずぶっきらぼうな柳だが、野良猫たちの前ではこれでもかというほどの笑顔を振りまいている。
(あんなに笑えるなら、学校でもそうすればいいのに……)
わたしは大きな溜め息を吐く。
「……わたしはノンケだけど、好きになる人はああいう人が良いな」
一瞬そう思ったつもりだったが、わたしはそれを口にしていた。
「――誰だ!?」
顔を真っ赤にした柳に気付かれ、わたしは驚いて、その場から一目散に逃げ出す。
(あーあー、いつもこんなだ、わたし……)
笑い方を知らなくても、泣き方は知っている。
本当に人生ってままならないものだなと思った。
*
翌日の朝。
わたしは朝から柳に睨まれていた。
時刻はもうすぐ朝のホームルームの時間である。
(……う~ん、見られているなぁ……。多分というか、間違いなく昨日の件だよなぁ。すぐ逃げたつもりだったけど、わたしって気付かれてしまったか……)
そんな事を思っていると、柳がわたしの席に近付いてきた。
そして、目の前まで来ると、ドスの効いた声でこう言った。
「……おい、昼休みにちょっと付き合えよ……」
わたしの身体がびくりと跳ね上がる。
「……忘れんなよ」
「え、ええ……」
柳との会話はそれだけだったが、何だか変な汗を掻いてしまった。
普段あまり物怖じしないわたしだが、こういう事もあるんだと自分にビックリした。
そして、何を言われるのか内心不安になりながら、授業は進み、時刻はお昼休み。
わたしは柳に連れられ、人通りのない校舎裏にいた。
(野良猫と戯れていた場所も人通りが少なかったけど、この人ってそんなに人嫌いなのかしら……)
何となくそう思い、ぼんやりしていると、柳に声を掛けられる。
「……お前だろ、昨日の……その、あーしから逃げた奴は……」
「そ、そうだけど……」
違うとも言えず、わたしは正直に答える。
「あ、あのさ、あーしって、やっぱり怖く見えるか……?」
「えっ! その……、えっと、ええ……」
「…………」
柳は泣きそうな顔で沈黙する。
(ど、どういう事……)
「……もういいや。行けよ……」
「え、ええ……」
あんな顔をされるなんて思ってもみなかった。
(……柳はいったいどういうつもりでわたしを呼び出したんだろう……)
わたしは後ろの柳が気になったが、振り返る事は出来なかった。
あっという間に時間は過ぎ去る。
現在の時刻は放課後だ。
わたしは柳の泣きそうな顔が頭から離れず、一日中もやもやした気持ちになっていた。
教室に柳は既にいない。
また路地裏で野良猫と戯れに行ったのだろうか。
わたしはもやもやした気持ちを晴らす為、もう一度柳と話す事にした。
しばらくして路地裏まで行くと、柳はやはりそこにいた。
「…………」
わたしの足が止まる。
もやもやを晴らしたい。その一心で此処まで来たけど、もう一度話しをする? わたしが?
急にわたしは冷静になる。
後数歩歩けば声を掛けられる距離になる。
でも、聞かれたくない事かもしれない、話したくない事かもしれない。
そう思うと、わたしはその場で動けなくなってしまう。
「……なぁ」
「えっ!?」
向こうがこちらに気付いていた事にドキッとして、変な声を上げてしまったが、柳は話を続ける。
「これ、いったい何だと思う……?」
そう言われて、柳の目の前の段ボール箱を見る。
段ボール箱の中には、白い綿毛のような形状の不思議なものが入っていた。
「な、何これ……」
「……さあ」
わたしと柳が頭に疑問符を浮かべていると、白い綿毛は〝目〟を開けて、歌うように声を上げた。
「ららら~!」
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