第242話 既成事実


『拝啓 娘(まともな方)へ』

『本日、娘(不肖の方)が一ノ瀬さんと外出するそうです』

『帰りは雨に気を付けて下さい』


『うっす。コンビニで傘買って帰るわ』



北条はバイトの休憩中に母からのメッセージに返信をした。

このゴールデンウィーク中に一度も外へと出ようとしなかった、あの妹が一ノ瀬後輩のお陰で遂に社会復帰への一歩を踏み出した。

北条は家族旅行前にお祝いの意味も込めて、今日の晩御飯は気合を入れて作る事決めた。


そして、一ノ瀬さんにも多大なる感謝を込めてメッセージを送る。



「えーと……『拝啓 一ノ瀬様へ』」



***


一方その頃、美保と商業施設に来ていた一ノ瀬。



「……みほっちさぁ。なんか朝は瑠美さんからお礼のメールが来たかと思ったら。今度は茉希さんから……どんだけ心配されてるの?」


「まじ!? なんて言ってた!?」


「瑠美さんが『どうか、うちの娘を嫁に貰ってください』って言っててー……」


「お袋とかどうでもいいわ。言わせとけ」


「茉希さんが『一ノ瀬さんなら俺も安心して送り出せます。末永くよろしくお願いします』だって」


「なんで2人ともアタシの事を送り出そうとしてるんだ!? えっアタシ、ハブられてんの!?」



美保はわーぎゃー騒いでいたが、どちらかと言うと家族公認で美保を押し付けられている一ノ瀬の方が不憫だった。

瑠美と茉希の共同作戦で着々と一ノ瀬の退路は塞がれつつあった。


しかし、これには一ノ瀬にも責任はあって……



「ハブられてる言えば、お前も一時ほどちやほやされなくなったな。不祥事でも起こしたか?」


「みほっちと一緒にしないで」


「あ、アタシはちげーし!!」


「ボクはそっち系目当ての女の子と遊ぶのは純粋に楽しめないというか。ここ最近は、弾除けみほっちが居たから……」


「ふーん? まぁ、いいんじゃね。あの頃はお前の生活爛れてたし」


「変な印象操作しないで! やたらと告白されてただけだよ!」



美保も北条の呪われた血筋の者で目つきが悪い。

見た目の威圧感もあり、口調も相まって学校では恐れらていてた。

仮にもし一ノ瀬が、そんな彼女と付き合っているともなればナンパ女は相当に近づき辛いだろう。


実際に効果は覿面で、若干美保との関係を匂わせるだけでデートのお誘いは激減した。

それでも誘ってくる人や告白してくる人はよほど本気なので、そういう人には丁重に返事をしていた。


尚、あくまでそれは後から一ノ瀬が思いついただけで、最初に美保と関わったのは面白そうな女だったからである。

それは合っていて面白くはあった。多数の問題は抱えているが。



「まぁ、将来的に茉希さんと別居する事になったら、その時はボクが多少はみほっちの面倒を見てあげるよ。ヘラってるだろうし」


「ぬかせ。そんな未来は訪れない。アタシも、将来お前がバカすぎて就職出来なかったら住み込みで働かせてやってもいい」



このしょーもない会話、距離感が2人とも心地よいらしい。



***


「で、みほっちは今日なに買いに来たんだっけ?」


「勝負下着」


「聞き間違いかな?」


「勝負下着」


「バカなの?」



美保は家族旅行で姉ともしもの時に備えて勝負下着を用意しようとしていた。



「りょ、旅行でテンション上がったら姉貴だって過ちを犯すかもしれないだろ!」


「旅行だからって、そんなこと起こらないでしょ」


(↑尊敬する先輩は旅行でやらかしてます)


「いや、でも! 下着でムラっとして、ワンチャンあるかもしれないぞ!」


「うーん……じゃあ、なに? ボクがみほっちのエッチな下着を選べばいいの?」


「エッッッ……言葉を選べ!! 言葉を!! このドスケベ!!」



体を隠して顔を赤らめる美保だが、別にそんなにテンションが上がらない一ノ瀬は至って普通である。



「そんなに見られて困るようなプロポーションじゃないでしょ」


「は? お前マジセクハラだぞ? それにな、あ、姉貴は身長も胸も小さい方が好きなんだよ!!」


「根拠は?」


「……南雲」


「あー……でも、南雲先輩って体型の割にはある方だと思うよ。多分Cくらい?」


「お前、人の胸見すぎな。そんなとこまで先輩リスペクトしなくていいんだわ」


「なんとなく雰囲気で言ってるだけだから!」



ちなみに例の先輩は大体のメンバーから西宮の胸目当てだと思われている。



「んじゃ、ちょっくら測ってきますかね」


「いや、Aでしょ」


「は? お前、去年のプールの授業見て行ってるだろ。あれからどんだけ時間経ってると思ってんだよ」



~~数分後~~



「え……Aだってさ。もう何も信じられねぇわ」


「特に驚きはないかな。そんなに尺取らなくていいからさっさと選ぼう」



こうして、あーでもない、こーでもないと熱く語る美保と、終始平常心だった一ノ瀬は最終的には良い感じの下着を見繕った。



***


美保が帰宅後。



「ただい……うおっ!? なんだ、この豪華な飯は!!」


「美保……、ううぅ、わたしゃ、わたしゃ嬉しいよ!! 今夜は宴だ!!」


「一ノ瀬さんと下着買いに行ってたんだってな。そ、その、もし付き合ってんなら旅行は俺ら2人で行くから、お袋が家使っても良いってさ……」



「は……? どうゆう事? マジでアタシハブられてる……?」



その後、突然泣き出した美保から事情聴いた2人は早とちりを反省した。



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