【短編】巡るらぬ時を真っすぐに、私は君と生きていく

さんがつ

【前編】

「封印戦争の勝利から二千年、未だこの地で祈りを捧げる巫女セリア様に大いなる感謝を!」

「セリア様に大いなる感謝の祈りを!」

「祈りを!」


男性も女性も、年老いた者も子供も。

高貴な身分の者と呼ばれる者も、卑しい身分と呼ばれる者も。

眼前に広がる記念の場に、数多の人々が頭を垂れ、手を組み、祈りを捧げています。

あなた方のその祈りとは、一体誰に捧げているモノなのでしょうか。


今年の式典の最期に祈りの言葉を発したのは、一度も見た事がない司祭様でした。

年老いた司祭様は私より先に逝かれたようです。


そうですか。

あれから今年で二千年ですか。

水晶のように固く、決して溶けない氷塊に封じられたあの日から、貴方様は二千年もここで留め置かれているようです。


あの日から、こうして共に氷塊の中で過ごして来ましたが、貴方様の目が覚める日は来るのでしょうか?

それとも、もう此処には居られないのでしょうか。


あの日の私は、例えどんな形であっても、共に過ごせる日々の重なりが、一番の幸せなのだと信じておりました。けれどそれは間違いだったのかも知れません。


そうですね。少しですが、思い出話をしましょうか。

語る時間は永遠にありますもの。

二千年前のあの日、私は人間の巫女でした。

人の世を不浄に堕とすと言う、貴方様を鎮める為に私は選ばれました。


共に歩いた剣士の彼は、全てを切り裂く宝剣を持ち。

共に称えた魔女の彼女は、理を止める鏡を掲げ。

共に支えた神官の友人は、力の源の宝珠を開き。

私はこの場で祈りを込めました。


その時の貴方様は、まるで全てを諦めたかのように、静かにそれらを受け止めました。

宝の剣で首を切り落とされ。

理の鏡で体を縫い留められ。

力の珠では共にこの場で封じられました。


だから私は堕ちた貴方様の頭を抱いて祈りました。


「形は違えど、共に過ごせる日々をずっと重ねて行きましょう」と。



そうです。

二千年前のあの日、あの瞬間、私は貴方様とののです。思い出の時も私は人間で、貴方様は私の最期を悲んでいました。


そして思い出の日から数えてまた丁度二千年。

時を越えて、ようやく巡り会えた私達ですが、私が再び人間だったが故に、貴方様は再び訪れんとする私の最期を悲しんでくれたのです。

だからでしょうか?

2度目の最期は見たく無かったのでしょうか?

貴方様は全てを諦めたかのように、静かにそれらを受け止め、首を落されたのです。


そして思い出の二千年前と、封印の日から二千年…。

共に封印されようと決めた私の祈りが間違いだったとしたら、そろそろ私と共に逝きませんか?

けれど私は貴方様と違って人間です。だから私だけ朽ちてしまうかも知れません。

だから私は願うのです。あの日残された貴方様の身体と同じように、ただの砂粒になって、共に彼岸へ逝きたいと。


せい」とはいつも勝手なものです。

けれど対なる死とはいつも平等に訪れます。

ならば、最期の先にあると言う彼岸には、貴方様と共に行けるのでしょうか。




*****




「あれから二千年。穢れは払われた。次の新月の時を以って巫女の封印を解く」


高らかな声でそう宣言をしたのは、この国のはるか西の先、砂塵の先にある国の皇子様でした。

彼が大きな海のように広がる砂塵を超えてこの国に来た理由は、巫女の封印を解く神託が降りたからだと言いました。


この国の神官達は巫女の封印を解く方法を知らなかったので、皇子の言う事が信じられませんでした。けれど二千年も前の古い書物の内容を事を、一度も見た事も無いはずの皇子が詳細に話すので、神官達は神託を信じ、彼の言う通りに従いました。


そしてこの国の王宮に招かれた皇子様は、国王に謁見すると、封印を解いた後の事を切り出しました。


「巫女セリア殿がどうなるか分かりません。砂粒になるやも知れませんし、人の姿のままかもしれません。それに穢れの主様たる頭の方もどうなるか、わかりません」


封印された氷塊の中に居る、穢れの主と巫女セリア。

皇子は氷の塊が解けた後、彼らがどのような状況になるのか分からない、それに予想も出来ないと言いました。


「この国の者は、巫女殿を祀っている故、巫女を人とはみておらぬ。生きていたとしても、この国で人として生きていくのは難しいだろう」


国王の言葉は冷たいものでした。

もし巫女が生きていていても、それを人とは認めない…。

つまり王は遠回しに、巫女は居ない方が良いと口にしました。

その返事に皇子は肩を揺らすと、冷ややかな声でキッパリと言いました。


「ならば巫女殿も、穢れの主様たる頭も、私の国へ連れ帰りましょう。もし巫女殿が生きていたとしても、二度とこの地を踏まぬ事をお約束します」


(人間はいつの時代も勝手な生き物だ)

(古の巫女など、生きていても困るだけだ)


上手くまとまった話に、二人は高らかに祝杯を挙げました。



皇子様の告げた神託の通り、次の新月の夜に巫女の封印は解かれました。

氷が解けると共に、穢れの主の頭はそのまま砂の塵となり、風に乗って空を舞いました。


封印解除の儀式の際、皇子は神官達に人払いを伝えていましたから、舞い上がる砂塵を最後まで眺めていたのは、皇子と彼の側付きの者だけでした。


「これで終わりか」

「…はい」


月の無い暗闇の夜です。

無数の星が煌めくだけの夜空を、皇子様いつまでも見上げていました。




*****




セリア…と誰かの呼ぶ声が聞こえます。

声に導かれ、セリアが暗闇から意識を呼び起こすと、妙に懐かしい感覚が唇に乗ったような気がしました。


これは…もしや貴方様でしょうか?


唇に意識を求め、ゆっくりと闇が明けると、セリアの目の前には煌びやかな服装の男がいました。

けれど頭から胸元にかけて、大きな布がかかっており、顔は隠されています。

いくら異国の服とは言え、セリアから見ても分かる程に男の身なりが整っていますから、顔を隠す理由があるのだと思いました。それでも表情の見えない男性が、寝室に居る事に不安を感じます。セリアは訝しげな表情を浮かべ、彼に素性を問いました。


「あなた様は、どなたでしょうか?」

「セリア様が不安に思われても仕方がありません。私はここより西、最果てと言われる場所にある国の皇子です。私どもは巫女殿の封印を解く為にこの地に参りました。そしてこの国との約束の通り、巫女殿は『ただのセリア様』として、私どもの国へ連れて行きます」

「…」

「セリア様が心配する事は何もありません。そして、悲しむ必要もございません」


皇子は軽く頭を下げると、セリアの横たわるベッドから離れ、自分の側付きの男を呼びました。


「セリア様のお世話は、この者がいたします。我が国であなた様のお世話するものはこの者しかおりません。何事も、この者にまかせて問題はありません。我らは、次の新月までに国に戻る必要がありますので、明日にでもここを出発いたします」


そんな皇子の隙の見えない言葉遣いに、セリアは妙な懐かしさを感じました。

そしてセリアは皇子に紹介された、側付きの男の方へ目を向けます。


側付きは皇子の言う通り確かに男性のようです。髪は長く、顔の大半を布でぐるぐると巻いて覆っています。さらにフードの様な大きな布を深く被せているせいで、皇子様と同じく、表情は全く読めません。


セリアは側付きの男の訝しさと、その落ち着き払った佇まいに、畏怖や畏敬に似た念を抱きました。けれど皇子様の誠実さを信じる事にして、側付きがセリアの傍に居る事を受け入れました。



側付きの男は一度も言葉を発しませんでしたが、甲斐甲斐しくセリアの身の回りの世話をしてくれました。

それは西の国へ向かう、砂を渡る旅の間も変わりませんでした。


旅の途中、皇子様はセリアと側付きを交えて、セリアが過ごした二千年の様子を話してくれました。

セリアが封印された二千年前、セリアの国の西には砂漠が広がっておりました。

当時は人間が砂を渡るのは危険で、生きて戻るのは不可能と言われていましたが、技術の発達により、砂を渡る船が出来たのだと教えてくれました。そして今、セリアの乗っている船がその砂を渡る船だと言います。

また、人間の記憶から不浄の主様が消え、既にこの世には居ない事になってしまった事。

そしてその事により、人間の生活が変わった事も教えてくれました。


そしてセリアの居た国は、王制の残る珍しい国だと言いました。

セリアが封じられてから二千年経った今では、国の中から代表を選んで、多くの人々の意見を募って国としての体を成していると言います。

だから身分の差は、今の世には殆ど無いのだと言いました。


持っている様々な知識をひけらかす事無く、雑談も交えて淡々と話し続ける皇子の姿に、何故だかセリアは二千年より前の、大昔の出来事が重なるような思いをしていました。


だからセリアは思い切って、皇子様に尋ねました。


「皇子様は、私の知っている方に似ておられます」


その言葉に皇子様は肩を揺らします。


「やはり。貴方でしたか」

「セリ…いえ、貴女には、かないませんね」


そう答えた皇子様の声は柔らかで、まるで笑いを堪えているようでした。

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