第1章 - ② メリッサ・ビアスの無謀な陰謀

「どんだけ痛いかわかってねーだろ! あれはダメだろ! フツーやんねーだろ」

 星辰せいしん学園「近現代戦史研究会」、俗称「サバゲー部」部室内に怒声が響く。


 ゲームオーバーから一時間経過するも、金的の痛みから立ち直れずにへたりこんだままの礼央は、いまだ怒りがおさまりきらず、メリッサに罵声を浴びせ続けている。


「ついつい興がのっちゃったっていうかねー。思わず日頃の戦闘訓練の成果がでちゃった、ていうかさー」


 古びた校舎そのものを揺らすような礼央の大音声にも、メリッサは動じる様子をいっさい見ず、適当にあしらいながら、食用色素や片栗粉・その他いろいろな素材をビーカーの中でぐるぐる掻き混ぜて、とことんリアルな血のりを調合開発する作業に勤しんでいる。


 握りしめた礼央の拳は怒りの持って行き場もなく宙で震えるしかない。

 壁に立てかけられたアメコミ画風で描かれた食屍鬼グールのターゲットボードを破壊したい衝動にかられたが、後輩の市ヶ谷いちがやの力作なので、なんとか自制した。


「まずは謝れ! 手をついて謝れ! お前がその態度を取り続ける限り、おれは抗議をやめねえ」

「さっきからそればっかりじゃん。わたしもう謝ったじゃない! しつこーい!」


 執拗な抗議の成果か、メリッサが礼央に向きなおった。赤色塗料をぶちまけた凄惨な衣装から、普段愛用のピンク迷彩戦闘服に着替えをすませている。

 それ、迷彩効果ねーだろ、とツッコまずにはいられない服装だ。


「本当にすまないと思っている、って海外ドラマのモノマネやっただけだよな! もっと真剣に謝れ! 二十四時間ひたすら謝れ!」

「ニラまないでよ。レオぽん、ただでさえ目つきが悪いのに二十四時間そんな顔してたら、さらに凶悪犯フェイスになって戻らなくなるわ」


 アメリカ出身の留学生とは思えない、流暢な日本語による罵詈雑言を浴びせられるごとに、礼央の眉間のしわはさらに深く刻まれていく。


「ふたりとも落ちつきなよ。メリッサも悪気は、ちょっと、いや、かなりあったかもだけど、気にはしているみたいだし」


 自前のノートパソコンで、映画の動画配信を視聴していた相馬原大和が、ふたりのやりとりを見かねて立ち上がった。映画はヒロインをさらった蜘蛛型怪人が仮面のヒーローと対峙しつつ、映画の基本設定を説明しているところだ。


「レオは気絶していたから知らないだろうけど、うずくまったまま動かなくなったのを見て、青ざめてたんだよ。すっごくあわててさ、ぼくにどうしよ……」

「ちょっ、ソーマ、何よけーなこと喋ろうとしてんのよ!」

 メリッサを擁護する大和の発言は、当のメリッサにとっては不都合であるらしく、すかさず男ふたりの間に割って入る。


 大和はサバゲー部の部長を務める星辰学園高等部の二年生である。学園では希少種のヤンキーとされる礼央や、飛び級の天才留学生メリッサなどクセの強い面々を束ねる苦労人。おまけに学園長のひ孫であり、学業も優秀。サバゲー部がかろうじて存続しているのは教師から高く評価されている彼の存在あってこそ。

 部員総数七名のサバゲー部は本来、学園祭への出店および展示許可を持たない研究会の身でありながら、不法に近い形で占拠した旧校舎二階奥の部室アジトにて、明日に控えた星辰祭への参戦を画策しているのである。


「それにしても、何だよあのシナリオは。ヤマト。ツッコミどころだらけじゃねーか」

「アトラクションとしてはノリ重視が正解でしょ。まあ、ただでさえウチの学校のお化け屋敷系出し物はレベル高いってのもあるし、企画を練りなおすべき箇所が多い点は認める」


 糸目をさらに細めて微笑むのは、困った時のクセだ。

 サバゲー中は豪快な指揮官キャラを演じたがる大和だが、普段の彼を評するなら物腰柔らか、温厚篤実、優柔不断などの言葉がふさわしい。


「メリッサがラスボスってのは、百歩譲って良しとしてだ。あんなド派手な特殊メイクの死体を転がしといて、ラスボスの得物がサバイバルナイフのみってのは、不自然すぎないか? それに徐々に血が乾いてかすれてくのに、最後にまた血がナイフから滴りおちる演出はどーなんだよ」

「あーもー、細かーい! 勢いで押し切っちゃえばいいのよ。客が面白いって感じてくれればそれでいいの! 美少女を救い出すってシチュエーション! それだけでかなり燃えるっしょ!」

「そうそう、お客さんも別に本格的な芝居や映画を見たいわけじゃないと思うんだ。基本線は悪くないんだよ。あくまでこれはお化け屋敷。ストレス解消になれば、ユーザーはそれで満足してくれるんじゃないかなあ」

「いや、それでも譲れない部分はある。そこはもーちょっと煮つめようぜ。あと、メリッサ。美少女って自分で言ってて恥ずかしくねーか」

「ふん、わたしは自分の価値を自分で決めるために、磨き上げる努力をしてるって自信があるのよ!」


 そもそも最後にその美少女ヒロインに裏切られたら、台なしだろーが、と礼央は思うのだが、ふたりにとってはそれすらも胸を熱くする最高のエンターテインメントになるらしい。

 クソッ、またこいつらのペースにのせられてしまっているぞ、と礼央は心中でぼやいた。いつの間にやら、場は企画会議にすり替わっている。昨日はあれだけ企画自体に反対していたはずなのに、今日は文句を言いつつも企画自体は受け入れてしまっている。どうしてこうなった。


 サバゲー部が立ちあげた企画は『アクションホラー体感型お化け屋敷』だ。

 要するに、お化け屋敷にサバイバルゲームの要素を取り入れたアトラクション。ゾンビと戦ったり、敵地に潜入するゲームのノリをお客さんに体感してもらおうという趣旨で、お客さんには学園祭ならではの非日常を楽しんでもらうかわりに、サバゲー部は対価として活動資金をいただこうという実にシンプルな企画。「わたしたちも学園祭でなんかやりたーい!」というメリッサ嬢お姫様形態わがままモードが発動したのが昨日の話であり、大掛かりな準備をする余裕はなかった。


 礼央と大和の高二コンビを除く部員たちは、サバイバルゲームがやりたいというよりも、メリッサの見た目に釣られて入ってしまった連中なので、こうなると止めようがない。

 さらに悪いことに、いつもは抑え役に回る大和が、特撮とホラー映画をこよなく愛する彼のツボにはまり、今回はノリ気になってしまった。

 部長とお姫様がやる気なら、面倒なことが大嫌いな礼央もつきあわざるをえない。


 そういった事情なので、シナリオが急ごしらえなのも仕方がなく、実際のところ、一晩である程度の形になった企画にしてきた大和の働きそのものは、礼央も認めざるをえない。


 サバゲー未経験者にいきなり電動エアガンを渡して、じゃあそれで敵を倒してよ、といったところで、何をしたらいいかわからないだろうし、第一、玩具とはいえ十歳以上の年齢制限が課された代物なので、ヘタな扱いをされると危ないというのもある。ただでさえ未認可のゲリラ企画。安全面は最重要事項だ。


 そこでサバゲー部のひとりを引率役、客は引率役の部下という設定にして、客が部員のあとをついていく設定にした。引率役が最初に電動エアガンの扱いを説明して、あとはバックアップとして後方から適当に銃撃してもらえば、それなりにストレス発散につながるだろう。この機会にサバイバルゲームに興味を持ってもらえれば、なお良し。「テキトーにオモシロトークで客をドカーンと盛りあげなさい!」とはメリッサの弁だ。


 とりあえず、引率役をおおせつかった礼央がひとりプレイで試してみたのだが、考えないといけない問題点は山積みだった。

 メリッサが途中から、客が参加することを忘れて、勝手に設定をつけ加えまくっていたのも、さらに頭の痛いところだ。さっきはアドリブでなんとかあわせてみたものの、明日はさらにカオスなシナリオに変更される可能性すらある。

 そもそも礼央は進級初日のクラスの自己紹介では名前とありふれた挨拶のみですませるタイプ。笑いのスキルなど備わっているはずもない素人に、これ以上の対応を求めないでほしい。


「ところで、ヒノさんには話通してんのか、これ」

 根本的な疑問を発案者に問いかける。


「言うわけないじゃん! 確かにヒーさんは話わかるし、こういうの好きだけど。あの人も学園の職員だしね。学園側に報告されちゃったら、ソッコーで潰されちゃうわよ!」

「喋るような人じゃないとは思うけど、学園側にバレた時、顧問が事前に知ってたとなると、全て西中島にしなかじま先生の責任にされちゃうかもね。迷惑をかけちゃいけないし、やっぱり黙っていたほうがいいんじゃないかな」

「こんな企画やってる時点で、どっちにしろ迷惑はかけると思うけどな……。どうせ途中で生徒会の連中あたりが嗅ぎつけて邪魔してくんだろーし」


 礼央はため息をつく。

 バレたらバレたで、それなりに上手く処理してくれるだろうという予感はある。どうやら西中島ひのえという保健医兼体育教師にはそれを可能にする学園上層部とのコネクションがあるらしい。その上で、なお礼央は大人に甘えたくないとも思う。

 拭けるケツは極力自分で拭きたいという高校生特有の過剰な自意識と、いざとなったら大人に頼ればいいと考えてしまう半端な気持ちを自覚し、軽く自己嫌悪におちいる。


 と、ノックもなく部室の引き戸が開かれた。年代物の建築物ゆえ、荒々しく扱われると耳ざわりな音が響く。

 続けて、三人の学生がずかずかと無遠慮に部室に踏みこんできた。その集団は、平安時代の役人が纏う水干すいかんという装束に似た、純白の学生服に身を包んでおり、異様に目立っている。


「くだらん議論はそこまでにしてもらおう、近現代戦史研究会諸君!」


 中性的で張りのある美声が部室内に響き渡った。

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