炎舞輪廻の彼岸花
吉冨いちみ
第1章
第1章 - ① 稲置礼央(いなぎれお)と食屍鬼(グール)の館
左手首にはめたミリタリーウォッチは午後二時ジャスト。さらに双眼鏡を取り出し、手馴れた動作で焦点距離を調整する。
ナデシコ、クズ、ススキ、ヒガンバナ……、秋晴れの空の下、様々な草花が咲きほこっているが、礼央の目的は野草観察といったのどかなものではない。
双眼鏡がゴーグル越しに映しだすのは、かなりの築年数を経たプレハブ工法の建造物『ハウス・オブ・ホラー』である。英国特殊空挺部隊SASの『キリング・ハウス』を参考にして作られた訓練施設。だが、今やその建物は、得体の知れない邪教集団と屍肉を貪る
すぐに哨戒中の教団信者をふたり発見した。黒いケープにフードを目深に被った装いは目立つ。さらに観察を続け、彼ら以外の歩哨役がいないことを確認。受信機の周波数を作戦指揮担当の
「相馬原隊長、聞こえるか。こちら礼央。突入地点の歩哨はふたり。突破可能。どーぞ」
『了解した。突入前に状況を再度確認しておく。オーバー』
「オーケー、頼む。どーぞ」
『では、作戦概要を伝える。現在、我々の訓練施設、通称『ハウス・オブ・ホラー』が非認可の宗教団体に占拠された。ビアス陸軍大佐のご令嬢、メリッサ・ビアスを人質にとり、立て籠っている。犯行声明や要求の表明はまだない。
なにやらホラー映画のモンスターまがいの妙な連中がうろついているとの報告もあるが、詳細はわからない。敵さんの侵入経路および目的も不明。いったい、何がしたいんだろうなあ、あいつら。
わからんことづくしだが、細かいことは気にするな。こちらの目的は単純明快! 五分以内に狂信者どもを殲滅、お嬢を無傷で奪回! オーバー?』
礼央は大和の鼻にかかった低音美声に耳を傾けながら、ゴーグルやマガジンポーチなど装備の位置を直していく。
ついでに頭髪も手ぐしで整えるが、強めのクセ毛は彼自身が思うほどには整える前と印象がさほど変わらない。獅子を思わせる精悍な顔立ちに、ほど良くあどけなさと愛嬌を加味しており、彼に似合ってはいる。
「ああ、オーケーだ。いつでもいける。どーぞ」
『よし、それではこれよりオペレーションカルコサを開始する! レオ、お前さんの好きなようにやりな。姫さまを頼んだぜ。健闘を祈る。オーバー』
「ラジャー! これより状況を開始する!」
アサルト騎銃――M4A1カービン――のハンドガードに左手を添え、ストックは右肩にしっかり当てて固定する。
歩哨の片方が建物の裏手へ消えるのを確認するなり、礼央は茂みから飛びだす。
残った歩哨役との距離を一気につめ、狙いを定めてトリガーを引きしぼる。
礼央の突撃に気づいた歩哨役も、あわてて装備のAK47自動小銃を構えるが、速射性に優るM4A1カービンが、先にフルオート射撃による軽快な音を響かせる。
ヒット!
歩哨が地面に沈む。
裏手に回ったもうひとりの歩哨が、相方がやられたことに気づき、足早に駆けもどる。
礼央はすかさずそちらにも狙いを定め、残弾を叩きつける。
再びアサルトライフルの連射音。
またしてもヒット!
「エントランスはクリア! これより内部に突入する!」
ふたりとも沈黙したのを確認し、素早くマガジンを交換。建物内部にさっと滑りこむように突入する。
作戦開始からここまで、経過時間は一分少々。予定通りといってよい。
さらに一分後。
礼央は状況にあわせてM4A1カービンとサブウェポンのM92F軍用拳銃を使いわけ、効率よく『ハウス・オブ・ホラー』一階を攻略していた。
撃破した
階段を駆け上がり、二階を目指す。
踊り場に差しかかったところで、雰囲気が急変した。
邪教徒がひとり、壁にもたれかかるように倒れている。漆黒のケープは獣に蹂躪されたかのように引き裂かれ、あらわになった肌には裂傷のようなものが覗いていた。
壁と床は赤黒い液体によって汚されている。
液体はそのまま一筋の線となり、道案内をするかのように二階へと続いていた。道標は階段を上りきったあたりから、徐々に途切れている。破線に導かれ、廊下奥の角を曲がる。不意打ちを想定していたが、敵の襲撃はない。
じらされている。計画者の底意地の悪さが伝わってくるようだ。
ホラー映画の演出家にでもなったつもりかよ。毒づいている間に、廊下の突きあたりに辿りつく。部屋があった。
最終地点だ。ここに人質がいる。そして全ての図面をひいた邪教の首領も……。
引き戸に背中を張りつかせ、左手をそっと引き手にかける。開けばもう後戻りは不可能だ。だが、そもそもミッションの途中で退く選択など、礼央には与えられていない。
扉を開けた。
敵が即座に撃ってこないのを確認し、部屋に飛びこむ。
邪教徒からも食屍鬼からも襲撃はなかった。室内には、窓辺に佇ずむ少女がひとり。小柄ながら均整のとれたプロポーションを無骨なケブラー繊維性ボディー・アーマーとカーゴパンツ、洒落た編み上げブーツで飾り、肩まで伸びた髪を窓から斜めに差しこむ陽光に照らしてレモン色に輝かせている。極上の
そして、彼女が右手に携えたコンバットナイフもまた、妖しい真紅の輝きを放っているように見えた。
ナイフから滴り落ちる赤い液体がリノリウムの白い床を汚すさまは、まるで悪夢の一場面。
整った顔、年相応の膨らみを見せる胸元も、また赤く汚れ……。
礼央は息をのんだ。
「きてくれるって信じてたよ、レオ」
少女は笑顔を見せた。
男ならば誰しもが魅了されるはずの柔らかな微笑も、今はただ事態の異常さを際だたせるばかり。
「そういうことかよ、メリッサ」
最初から矛盾だらけの筋書だった。邪教徒の兵士としての錬度と装備はどちらも最低レベル。いかな邪法の使い手といえども、教団全体に軍事施設を占拠できるほどの力があるとは思えない。だが、内部から手引きするものがいれば……、いや、いっそのこと内部の人間が首謀者であるならば事情は異なる。
「そう、邪教なんて本当は存在しなかった。あれはわたしが適当に集めたゴロツキ連中。それなりに使えそうな奴は邪教徒役に、どうにもならなさそうなゴミは食屍鬼役になってもらったってわけ」
「目的はなんだ。たまたまオカルト研究にはまったから、魔術とか試してみたんです、ってわけじゃねーんだろ」
「ふふ……、この世の人間全てを学者と詩人に変えるには、血を流す必要があるってことよ。このわたしがこの世すべての情報の渦を統べるためにね」
「はぁ!?」
「血を流すといっても誰でもいいってわけじゃないのよ。賢神の転生体であるあなたの血じゃないとね」
「いや、お前が何を言っているのか、さっぱりわからん」
「レオ……、じゃあ、あなたが必要ってことじゃ……、ダメ?」
メリッサが礼央との距離をさっと詰めてきた。美貌が間近に迫る。ふとしたはずみで唇と唇が触れてしまいそうなほどの距離にまで。
「お、おい……」
不意打ちに、礼央は鼓動が高鳴るのを自覚する。
な、なんだ! この展開は……。
ごく間近で見るメリッサは、いつもと異なる非日常的なメイクの影響もあってか、十四歳という実年齢を忘れさせるほどに大人っぽく、そして妖艶で……。
次の瞬間、下腹部を激しい衝撃が襲った。一瞬、呼吸が止まり、意識を持っていかれる。
本当にナイフで刺されたのかと錯覚するほどの激痛。
その正体は至近距離で繰り出された掌打。それが痛みの
急所を狙わない場合の掌底打ち、特にボディーブローとしての使用は、あまり有効な技ではないと聞いたことがあるが、あれは嘘か。それともメリッサが特別なのか。
混乱の中、股間から脳天にかけて一気に槍で貫かれ、肉体が引き裂かれるかのようなすさまじい激痛が駆けぬけた。
容赦ない急所への膝蹴りだった。
「ふっ、ふっ、ふっ。レオぽん、ここでゲームオーバー!」
倒れ伏した礼央にむけて、メリッサはミッション失敗を無慈悲に宣告した。
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