第2話ケンドー仮面、死す!

「はい、ご苦労さん。ケンドー仮面さんの活動を確認したよ」


仕事の報告を終え、自宅に戻った俺はマネージャーから任務完了の連絡を受け取った。いつもこの瞬間がたまらない。ようやく、この『偽怪人』の役割から解放されるのだ。


「相変わらずすごいメイクだったな。もうほとんど本物じゃないか?」

「まあ、あんなの素顔晒してやれる仕事かって話ですよ」


「ああ……我々のやってることは詐欺、いや、エンターテイメントだからな。しかし、よくあんなにうまくできるもんだ。あれならどこかのスタジオで特殊メイクの仕事だって出来るんじゃないか?」

「ははは、どうでしょうね」


適当に話を合わせてマネージャーに別れを告げると、缶ビールのフタを開け、ぐびりと喉に流し込む。


「詐欺か……まあそうだわな。コスプレしたおっさんをヒーローに仕立て上げて金もらってんだから」


この仕事を始めてもう3年になるが、疑問に思わない瞬間はない。しかし、その報酬の高さは魅力だった。一度、本物のヒーローに正体がバレそうになった時は肝を冷やしたが、何とか切り抜けることができた。


「だけどな……これしかねぇんだよ」


ただ、これが長く続くとは思えないし、続けていけるかどうかもわからない。なにしろ俺にはヒーローとしての才能はないのだから……。


「ヒーロー」という職業が登場したのは、今から40年も前のことだ。


通常の警察では対応できない怪物や超能力を持った怪人と戦う正義の味方。最初は特撮映画のようなノリで始まったものだが、徐々に現実味を帯びてきて今では立派なビジネスとなっていた。


だが世の中にはヒーローもいれば、ヒーローになったつもりのバカもいる。

そんなバカどもが悪党や怪人に立ち向かってばたばたと死んでいく状況が後を絶たないので、十数年前からヒーローをマネジメントする事務所のようなものができるようになり、今では管理の下で活動することが当たり前になっていた。そして今やヒーローの数は500人を超え、その質もピンキリだ。


もっとも「キリ」ならまだいい方でヒーローの活動を支える補助金目当てのビジネスも登場した。それが『偽ヒーロー』だ。

……とは言っても、そんなことは一般には知られてない。みんなヒーローに偽物なんていないと思っているし、そもそもそんなことがあってはならないのだ。


「けどいるもんはいるんだからしょうがねえよなぁ……」


缶ビールを飲み干し、俺は天井をぼんやりと見上げる。この業界の実態なんてそんなもんだ。

嘘、フィクション、インチキ、そして見栄……それが偽ヒーローの正体だ。


人のために働きたいなら災害救助活動や民間人の避難誘導などで活躍すればいい。

実際そうしてるやつらもいる。当然大した金にはならないが。


だが一度、賞賛を浴びるとそれが忘れられなくなるんだろうな。特にケンドー仮面のような元『本物』は……。


「…………」


俺はなんとなくヒーローのデータベースにアクセスし、現在業務提携を結んでいるクライアントたちについて調べ始めた。……ああ、一応クライアントだからな、食い扶持に関わるし。


「……って誰に言い訳してんだか……」


ヒーローの管理事務所は大企業、ベンチャー企業など様々だが、俺が言えた義理じゃないものの、どの連中もどこか胡散臭い雰囲気を漂わせている。ヒーロー名簿のページにたどり着き、だらだらと目を通す。


「……」


データベースには華々しい経歴の『本物』に混じり、俺の知る『偽物』のヒーローたちも登録されていた。


グリセリンキッド、ワセリンガイ、ペルシャ幻術鬼、独走戦隊参番館、超電磁トルネード、ミスターバクテリオ、正義の使者鳩マスク、ムエタイ五段、強制キス三郎、五番目の夫、怪人マン、アヒルガーガー、世界征服戦士ビッグダディエイト……そして……ケンドー仮面。


「ふっ……」


あまりにもフリーダムなラインナップに思わず笑ってしまう。

特に怪人マンって、怪人って名乗ってもいいのか?それ以前に怪人と間違えられてもおかしくないキワモノばかりだが、一応は『ヒーロー』ということになっている。


だが俺は知っている。その活躍の多くは作り物なのだと。

見栄と僅かな賞賛のために命をかける奴ら。


ヒーロー補助金の大半は事務所と『協力者』に支払われ、こいつら偽物が受け取るのは、ほんの僅かな活動資金と、それこそごっこ遊びのような名誉だけだ。


ヒーローになりたいと思いながらも、ヒーローになれなかった哀れな男たち。

そんな彼らを俺は救っているわけだな、ある意味では……。


「……俺だって、本物のヒーローになれるならそうしたかったさ」


まあ、今更何を言ったところでどうしようもないけどな……。

思わず漏れ出た本音を流し込むように缶ビールを一気に飲み干すと、そのままベッドへと倒れ込んだ。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


俺は夢を見ていた。

15年くらい前、まだヒーローを夢見ていたころの話だ。


当時、俺はまだ20歳になったばかりで、肥満体の今とは違い総合格闘家のように体型はバランスがとれていて、筋骨隆々というわけではなかったがそれでもそれなりに引き締まった身体だった。


運動神経も抜群、反動をつけずにバク転が出来た、顔立ちだってそこそこ整っていた、と思う。

何より、正義感が強かった。困った人を見ると助けずにはいられない性格だった。10人以上の暴走族相手に真っ向から殴り合って勝ったこともある。


あの頃の俺は本気でヒーローになれると思っていた。

いつかきっと、本物のヒーローとして人々を救うことができると信じていた。そう、信じていたんだが……。


夢の中の俺は空手の試合に臨んでいた。

嫌な予感がして今から鼻にツーンとした痛みが走る。もっとも夢の中の俺は知る由もない。


「よろしくお願いします」


場面が変わり、目の前で小柄な少年が頭を下げる。俺は軽くストレッチをしながら対戦相手を見やる。まだ中学生くらいだろうか?

とてもじゃないが俺の敵ではない。軽くあしらって場外にでも出してやろう。


「おう、よろしくな」


ああ、この時は余裕だったな。……何が起きるかも知らずに。

俺は構えることすらしなかった。


「はじめ!」


審判の声と同時に、いつものように俺は素早くと距離を詰め……次の瞬間、俺はうめき声をあげながら転げまわっていた。大勢の人々の前で息することも許されず、腹を抑えてのたうち回っていた。


「ぐっ……はっ、はっ、ぐっ、はぁっ……がはっ……」


俺は激しく咳き込みながら、信じられないものを見るように自分の腹を見つめる。なんだこれは?なぜこんなことに?俺の頭の中は疑問でいっぱいだった。何が起きたのかさえわからなかった。あっけなく負けたのだ。


そう、あの時、俺は『本物』に出会ってしまったんだ。それからだ。この夢は何度も見るようになった。

どれだけ体を鍛えても、練習をしても夢の結果は変わらない。


俺は『偽物』のまま『本物』に敗れ続ける。

俺は奴の去り際に問う。


「お前、一体何なんだよ?」


しかし、奴は振り返らず、ただ一言だけを残して去っていった。


「……普通の人間ですよ」


いつか俺は全てをあきらめるようになっていた。


✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼


「はぁ……くそっ……」


目を覚ます。嫌な汗が体中にまとわりついて気持ち悪い。仕事を終えていい気分に酔ってたはずなのに、最悪の目覚めだ。少年の冷たい瞳を思い出し、腹立たしさで気分が悪くなる。


「……お前みたいな奴が普通なら、俺はゴミじゃねーか」


脂肪のまとわりついた重い腰を上げ、汗を流そうとシャワールームに向かう。

ヒーローに憧れていた頃、こんな夢を見た日は朝から筋トレに励んでいたが、今ではそんな気も起きなくなっていた。


何度もため息をつきながら汗を流し終え、服を着替え、リビングに戻るとスマホに着信があった。マネージャーからだ。


「はい、もしもし……」

「おお、ギガボンくんか!よかった、やっと繋がったか……」


マネージャーは少し慌てた様子でまくしたてる。


「驚かないでくれよ、ケンドー仮面さんが、こっ、こ、殺された!!」


「……」

「…………」


「……え、ええぇっ!?う、嘘でしょ!?」

「本当だ、ケンドー仮面さんが殺害された!嘘じゃない、これは本当なんだ!にゅっ、ニュースを見てくれ、ネットでもいい!」

「えっ……あ、は、はい……」


PCでニュースサイトを開き、それらしき記事を読む。内容は想像していたよりも深刻だった。あの『ヒーローの』ケンドー仮面こと57歳の誰それなにがしが殺害されたというのだ。

なんでも、ケンド―仮面の自宅近くの路地裏に遺体があり、頭部を灰にされた状態で見つかったらしい。


「な、なんでこんなことに……」

「分からない……ただその、ヒントになるかどうかだが……その、これは警察にこっそり教えてもらったことなので秘密にして欲しいんだが、実は現場にメッセージがあったらしくてね……」

「……メッセージ?」

「ああ、それが……『FAKE』というメッセージが残されていたらしいんだ」


「え、ふ、ふぇ!?ふぇ、フェイクって奴の仕業ってことっすか!?」

「い、いや多分、違う。偽りって意味だ。おそらく裏で君と取引していたケンドー仮面さんのことを、偽のヒーローだと言っているんじゃないかと僕は思う……」


「え、えぇ?じゃあ犯人って一体誰なんすか?」

「いや、わかんないけど!?とにかくケンドー仮面さんの素性がバレていたとしたら、怪人役だった君にも危険が及びかねない……僕の身も安全とはいえないかもしれない……」

「そ、そんな……」


マネージャーは喋るたびに悪い想像が膨らんでいっているのか、余裕がなくなりどんどん息が荒くなっていく。


「も、もちろん犯人がケンドー仮面さんのことをどこまで把握していていたかは不明だが、とりあえず犯人が捕まるまでは自宅で待機しておいて欲しい!もし何か連絡がある時は僕の方からするから!」


マネージャーはその後もごちゃごちゃといろいろ喋っていたようだが、俺の耳には入ってなかった。

……偽ヒーロー活動のせいで殺された?俺のせいなのか?俺のせいでケンドー仮面が死んだのか?

なら俺もか?偽のヒーロー活動が原因なら俺も殺されるのか?


頭が真っ白になり、思考がまとまらない。


「やべえ、どうしよう……。大丈夫だよな……俺は偽怪人だし……偽ヒーローじゃないから……」


数分ほど放心した後、マネージャからメールが届いていたことに気づいた。俺は震える手でマウスを操作し、添付ファイルを開く。それは自宅待機中に出来る内職のようなものだった。


その中身は『自宅で簡単!食用なめくじ養殖!』とか『スマホ一つでOK!ファスナー専門のショッピングサイト運営しませんか?』などと書かれている。まさか待機中はこれで食いつなげってのか、冗談だろ……。


「……んなもんやってられっかよ」


それでもいつの間にか俺はPCに向かっていた。ケンドー仮面の死から目を背けるように……。

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