アパッシュ!~裏通りの怪人たち~
でぃくし
第1話ケンドー仮面、剣斬!
俺の名はギガボンバー。
もちろん本名ではない。
しかし、全身毛むくじゃらで特に髭は剃っても追いつかないほど濃く、筋肉と脂肪で作られたダルマのような重量感溢れるこの身体にはギガボンバーという呼び方が実に似合っていた。
禿げ頭、巨漢、毛むくじゃらときたら……そりゃもうギガボンバーしかないじゃないか?
そんな俺、ギガボンバーは現場近くの公園のトイレでせっせとメイクに勤しんでいた。メイクと言っても虚仮威しための変装だ。いや、素顔を隠すためのものと言った方が正しいのかもしれない。
「うっし、そろそろだな……」
俺は時計を見て、メイクの状態を確認すると、改めて気合いを入れ直す。
スキンヘッドにモヒカンのヅラ、特殊メイクの角に岩石のようなゴツゴツした肌、そして血走った眼を再現したアイメイク。
誰がどう見てもどこかの研究所から脱走した凶悪な怪物だ。
だが、これでいい。俺はこれから人智を超えた怪人として現場に向かうのだから。
「ぐははっ、ぐははははっ!!」
すれ違う人々は皆、悲鳴を上げ、転がるように道を開けていく。
そんな彼らに見向きもせず、俺はただ下品な笑い声を上げ、どたどたと足音を立てて微妙な早足で現場へと急ぐ。
「ギガボンバーの次の獲物はどこだ?!ぐははははっ!!」
俺は今、この肉体を活かした仕事をしている。
もちろん大工さんとかお相撲さんとか、そういう類のものではない。
もっと過激でバイオレンスで正体も明かせない仕事だ。
そのせいで車を使えない時はメイクの場所探しに苦労してしまう。こんな格好で家から飛び出すと、すぐに通報されてしまうからな。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではないな……とにかく早く現場に向かうとしよう。
クライアントが指定した場所に来ると、事前に報告されていた通り、黄色いキッチンカーが一台止まっていた。
それは巨大なホットドッグがあしらわれた一際目を引く派手なワゴン車で、車体後部には大きなスピーカーが取り付けられている。
ただ、店主らしき不愛想な親父は腕を組んで、車にもたれかかったまま通行人を睨みつけているようにしているので客は誰も寄り付いていない。これも打ち合わせの通りだ。
俺は不敵に笑いながら車へと近づいていく。
「こらぁおやじ!なんだその態度は!労働しろ労働を!汗水垂らして働いて、このギガボンバーに食料を提供せい!」
「う、うわぁ!怪人だ!怪物だ!」
俺の怒鳴り声に、店主はわざとらしく悲鳴を上げ、頭を押さえてうずくまる。
すると野次馬が集まってきてぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。タイミングばっちりだ。
「うお、本当だ!怪物だ!」
「逃げろー!喰われるぞー!」
「ふ、ふざけんな!何で俺が働かなきゃいけないんだ!」
店主は震えながら、上ずった声で反論してくる。
うん、打ち合わせ通りだ。労働しろよと心の中で突っ込みつつ、俺は怒りに震える演技を始める。ここまで来てはもう後戻りはできまい。
「なんだとぉ?!貴様はこのギガボンバーに逆らうつもりかぁ!!」
「ひぃっ!た、助けてくれぇ!」
店主は恐怖のあまり腰を抜かし、地面を這いながら俺から逃げようとする。
親父の事前の打ち合わせ通りの動きに関心しつつ、俺は素早くホットドッグを掴むとむしゃむしゃと頬張った。
「ぐへへっ、どうした?逃げるのか!ならお前の店を頂くぜ!」
俺はそう言いながら、ホットドッグを半分にちぎって口にくわえると、キッチンカーのボンネットに体当たりした。
安っぽい効果音と共に煙が噴き出し、フロントガラスがばりんと割れ、キッチンカーが揺れる。俺はその勢いのまま陥没したボンネットにまたがり、ホットドッグをむしゃむしゃと貪る。
「ぎゃー!俺の店がぁ!」
「うわ!なんだあのモヒカン!?あんな格好でなにやってるんだ?」
「バカ!あいつは怪人だよ!」
「げはげは!どうした人類ども、手も足も出まいか!」
周囲にはあっという間に人だかりができていた。うむ……我ながら惚れ惚れするような仕事ぶりだ。後はあいつの到着を待つだけだろう。
問題はあいつが全然使い物にならないということなのだが、それもまぁ俺の腕次第ということだ。
その時、派手なBGMと共にバイクのエンジン音が鳴り響く。
「そこまでだ!怪人め!」
「なッ、だっ、誰だぁあ!?」
来たな……俺は心の中でニヤリと笑みを浮かべると、ホットドッグの最後の一口を飲み込み、唸り声をあげて奴の到着を待った。
真っ赤なボディに、武者鎧をモチーフにしたバイクに跨るのは剣道着を来た仮面の男。
「ケンドー仮面……剣斬(けんざん)!!」
見参と掛けてるんだろうが口で言ってるだけなんで野次馬どもにはわかってもらえないだろうと思いつつ、俺はボンネットから飛び降ると戦闘態勢に入った。
「げへへっ!お前のような若造がこのギガボンバー様に敵うとでも思ったか!」
ちなみにケンドー仮面は50代なので若造というのはかなり無理がある。しかし、俺はプロだ。クライアントからの要求があればそれを忠実にこなすのだ。
「出たぞ、ケンドー仮面だ……」
「うわ、竹刀おじさんかよ」
「大丈夫なの……」
そんな声がひそひそと漏れ聞こえてくる。だが、ケンドー仮面は意に介さず、竹刀を片手にずかずかと近づいてくる。いや、走って来いよ。
「あいつマジで竹刀持ってるじゃん」
「バカ、知らないのかよ。あれは竹刀型の格闘兵器だよ。ヴィブロ猿叫剣って名前でケンドー仮面の気合に呼応して、その強度を……」
「ケンドー仮面って思ったより小さいなあ」
俺に向けられたケンドー仮面の竹刀の切っ先は微かに震えていた。それはヴィブロ猿叫剣とやらの効果でもないし、ギャラリーの嘲笑に彼が屈辱を感じているからでもない。ケンドー仮面はアル中なのだ。
「行くぞ!ギガボンバー!我が竹刀がお前を裁く!正義の面胴(めんどう)は俺が見る!」
「う、うるさい!黙れぇい!」
俺はそう叫ぶとケンドー仮面に向かって突進した。だが、俺が迫る前に奴の竹刀は閃き、俺の胸を直撃する。一瞬、凄まじい火花が飛び散り、俺は派手に上半身をのけ反らせる。
「ぐっはぁああっ!!?」
「ィイェエェェエエィィイァァアッ!!」
「ぉおおおぉお!すげーーっ!!」
そうだ。怪人として今からこいつに倒されること。それが俺の仕事だ。
ホットドッグ屋の親父、タイミングよく悲鳴や歓声を上げる一般人に紛れたエキストラたち、そのすべてが仕込み、すべては芝居なのだ。
「いざ参る!必殺!即天一文字断!」
ケンドー仮面のヒーローごっこに付き合い、ヒーロー活動補助金をせしめ……いや、ヒーローの活動を地域の人々へと伝え、その理念を人口に膾炙(かいしゃ)し、人々からの寄付を受け取る……今、俺たちがやっているのはそういうことだ。
このご時世、都合よく悪の組織や怪物がいてヒーローがいる世界が簡単に成り立っているわけではないってことだ。
「ギガボンバー!この程度でくたばるお前ではあるまい!」
ケンドー仮面の鋭い突きが俺の胸を貫く。
俺は爆発音と共に派手に吹き飛び、地面に叩きつけられた。いや、倒れるフリをして転がっているだけだが。それでもやはり迫力があるのか、ギャラリーたちは息を呑んで固まっている。
ケンドー仮面。
世間一般でいう『ヒーロー』だが、それほど尊敬されているわけでもなければ、人気があるわけでもない。
イケメンでもないし、若い女でもない。重武装しているわけでもなければ、身体能力が高いわけでもない。ましてや超能力の持ち主ということもない。
昔はそこそこ強かったらしいが、今やこれといって何の取り得もない中途半端な剣豪もどきのアル中のおっさんだ。若干不憫に思わなくもないが、そんなことは知ったことではない。俺は俺の仕事をするしかないだろう。
「ぐはぁ!ぐ、げへは……なかなかやるではないか、ケンドー仮面め!きょ、今日はこのぐらいにしておいてやろう!」
「逃がすか!奥義!爆天十文字断!」
ケンドー仮面は宙返りすると、渾身の力を込めて俺の脳天に竹刀を振り下ろす。俺は地面に叩きつけられ、大きくバウンドした。
「ぐっふぉええっ!!」
「おおっ!すげえ!ケンドー仮面が豚巨人を倒したぞ!」
豚じゃねえ!牛だ!!と言いたいところをぐっと堪え、俺はスイッチを押し、激しい閃光と爆発音と共に煙幕を起動する。後は煙に包まれている間にドローンで脱出すれば仕事は終了だ。
ケンドー仮面は所詮まがい物だが、この業界はすべてが嘘というわけではない。もちろん『本物』のヒーローは存在する。怪物と出くわすよりも彼らと出会うことの方がずっと現実的で危険だ。だからこの仕事は人と場所、そして時間を選ぶ必要がある。特に撤退スピードは重要になってくる。
「ありがとう!ケンドー仮面さん!」
サクラたちが発するケンドー仮面への賞賛の声を聞きながら、俺はドローンでその場を離脱するのであった。
「はぁ、疲れた……」
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