脱け殻
龍神雲
脱け殻
脱け殻
夏になれば森は勿論、道路の脇で、花壇で、家の壁で──至る所に蝉の脱け殻が貼り付いている光景を目にする。脱け殻は何れも成虫となって飛び立った後で、中身はなく、背中が綺麗にパックリと割れているのが多い。
「蝉の脱け殻って綺麗だよね」
家のブロック塀に付いていた蝉の脱け殻を引き剥がし手に取った姉は「はい、どうぞ」と弟に渡す。
「ありがとお姉ちゃん!これで六個目だ!」
弟は姉から受け取った脱け殻をプラスチック製の瓶に詰めて蓋をした。
「今年の夏休み中に全部で百個コレクションするんだよね。物好きな弟を持ったなぁ」
「えへへ」
弟は何故か嬉しそうに笑っている。全く褒めてないどころか半分嫌味なのに、大して気にしていないようだ。
「姉ちゃんはどうするの?」
「うーん、どうしよう……」
不意に弟に訊かれ、答えに逡巡した。弟と違って何も決めていないからだ。弟は蝉の脱け殻が元々好きでそれをコレクションし、自由研究のテーマにもしようとしている。対する私は弟と違って何かを熱心にコレクションする趣味もなければ、何かを熱心に打ち込みたいと思う物がなかった。
「まぁ、適当に考えるよ」
弟にそう返した刹那、弟の名前を呼称する声が聞こえた。
「あ、クラスの友達だ!」
弟はその呼び掛けに反応し手を振っている。
「お友達か、ならその脱け殻が入った瓶はお姉ちゃんが預かってあげるから遊びにいっといで」
「うん!」
弟は元気に頷き姉に瓶を預け、クラスメイトの元へと元気に駆けていく。姉は蝉の脱け殻が入った瓶を抱えて家路についた。
「ただいま」
家に誰もいないのは分かっているが、一先ず挨拶をして玄関をあがる。それから姉は二階に上がり、弟の自室に瓶を置いてから居間へと行きテレビを付けた。テレビではニュースが始まっており、連日猛暑が続いているという代わり映えのない内容が流れていた。姉はそれを聞きながら目を閉じ少し眠ることにした。
──そうだ、私も脱け殻をコレクションしようかな……
夢現の中、姉は決意したが、それから姉の意識が戻ることはなかった。
○月✕日
お姉ちゃんは脱け殻のようになってしまった。息はしているけど僕の呼び声に無反応だ。蝉の脱け殻が綺麗だと言っていた姉がいなくなってしまった。とても残念だけど僕はずっと姉の側にいることに決めた。きっと蝉の脱け殻を百個集めれば魂が戻るかもしれない──
「ねぇ、なんかここら一体臭くない?」
「うん、腐った臭いするね。なんだろうこの臭い……?」
住宅街に漂う臭いの原因は後日、大量の蝉の脱け殻と共に見つかった──
脱け殻 龍神雲 @fin7
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