魔族とは

 母が連れていかれて、一年半が経った。その間、ルベルは起きているほとんどの時間を現状の分析に使った。


 ルベルの成長は著しく、地球で言うところの十四・五歳の体まで成長した。体が大きくなったことで出来ることが増えた。今なら、脱出も可能だろう。


 脱出するにあたって、母を助ける必要がある。見捨てて脱出するのが一番成功率がいいのはルベルは分かっている。


 母を助けるのは、ルベルのエゴだ。


 親の愛情を受けずに育った前世とは考えられないほど、母は愛情をもって接してくれた。


 ルベルは、それが嬉しかった。伊織として生きていた時には感じることができなかった愛を、この身に一心に注いでくれた母をルベルも愛していた。


 ルベルは、自分は家族に憧れていたのだなと、思う。


 ならば、この生は家族を守らねばいけない。初めて受けた愛を返さねばならない。


 計画を立てる。計画を立てるには、情報と分析が必要だ。未知の敵と戦うとき、情報収集は必須。敵の意図を計り、自分の立ち位置を明確にし、敵の虚を突く。戦争の基本だ。


 必ずしも、正面から当たって打ち勝つ必要はない。『兵は詭道なり』戦争は所詮騙し合いだと孫子は言っている。


 今のルベルは成人男性に力で打ち勝つことは不可能だ。ならば、知略で勝つしかない。そのために、この数か月を情報収集と計略を立てるのにあてた。


 食事を出されるときに逃げ出そうとしたり、たまにやってくる角のない人間に話しかけてみたりして、自身の立ち位置を明確にした。


 ルベルは角のない人からは、相手にされない。それどころか、角のない人は汚物を見るような目でルベルを見てくる。


 その点、角ありの人はルベルに好意的だった。やはり、ルベルは種族的にはマイノリティなのだろう。同族意識が、ルベルへの対応に出ていた。ルベルが寒いと言ったら、こっそりと厚手の布を持ってきてくれた。


 角ありの女性、名前をミーティアというらしい。深い紫の髪に金色の瞳、母ほど大きくはないが頭にはルベルと同じ角があった。ミーティアとの会話を経て、ルベルは自身の種族を知ることができた。


「ミーティアさん、わたしはいつここからでれるの?」


 ルベルは年相応の喋り方でミーティアに話しかける。


「私にはわからないわ、ルベルちゃん。私はもうここから出ることはかなわないと思うけど、ルベルちゃんならまだ小さいから外に出る機会があるかもしれないわ」


 ミーティアはここから出られない? 含みのある表現にルベルは矢継ぎ早に質問する。


「何でミーティアさんは出られないの? 一緒に出ようよ。お母さんも連れて」


 ミーティアは困ったような表情で諭すようにルベルに語り掛ける。


「ルベルちゃん、私たちは魔族なの。自由を手に入れることはできないの。それが運命なの。それでも、ルベルちゃんだけは、私の命に代えてでもここから出してあげるから」


 ルベルは自身がこの世界でのアウトカースト、魔族であると薄々感づいていた。ミーティアの一言でそれが確信に変わる。


 だが、ミーティアが命を懸けてルベルを外に逃がすのは理解できない。自己犠牲のその行動は同族意識のそれを大幅に超えている。


 ミーティアがそこ抜けたお人よしの可能性もある。だが、ルベルはミーティアから感じる意思はお人よしのそれではない。使命感のような強い意志を感じる。


「なんで? 一緒に逃げようよ、お母さんはどこにいるの?」


 ミーティアは答えを持っているようだったが、言い淀んでいた。


「ねえ、お母さんはどこにいるの? お願いい教えて」


 ルベルにとって、母の居場所は最優先で知りたい情報だった。これまで、いろいろな人に聞いてきたが誰もが、言い淀み、答えをはぐらかしてしまい、答えにたどり着けないままだった。


「わかった。ルベルちゃん、落ち着いて聞いてね。あなたのお母様、ルクス様は生きているわ。でも、どこにいるかは私たちでもわからないの。私は基本的にルベルちゃんと同じで地下のこの場所で生活していて、ルクス様は地上のお屋敷に連れていかれたの。だから今どこにいるかは分からないの」


 ミーティアの話を聞いて、ルベルは考える。地上の屋敷に連れていかれたということは、この場所は刑務施設というより座敷牢としての側面が強いのだろう。


 ミーティアが母を様付けで呼ぶのは、ミーティアと母の間に主従関係があるからだろうとルベルは考える。


 主従を結んでいるのなら、母とミーティアはこの場でたまたま出会った関係ではないということになる。ならば、この場になぜいるのかを知っているはずだとルベルは思う。


「なんで、お母さんとミーティアさんはここにいるの?」


「ルクス様は国の特使として、私はルクス様の従者としてこの国に来たの。魔族と人族の融和を目的とした各国が集まる公会議がニース帝国で開かれるからと、招待を受けてリステル国の代表として来たの。でも、魔族との融和は嘘で、ルクス様を拉致する口実で私たちは捕まってしまったの」


 ルベルは驚いた。母が特使を務めるほどの地位の高い人という点と、特使を拉致監禁したニース帝国の両方にだ。


「お母さんは何で捕まったの? 偉い人だったんでしょ?」


 当然の疑問。例え差別されている種族の国だからと言って、特使を拉致監禁するのはリスクが大きすぎる。帝国と言えど、単一国家を丸々敵に回すような行動をするのは愚行だと言わざるを得ない。


 もしかすると、ニース帝国は愚帝が治める国なのかもしれないと、ルベルは考えたが、ミーティアの一言でその考えは根底から崩壊する。


「私たちが魔族だから。この世界の法律に私たちは生命ではなくモノとしての扱いが定められているの」


 あのクソ神、とルベルは内心舌打ちする。


 世界の法律、国の法律ではなく世界全体の法とは、律法主義のような過激な宗教思想の行き着く先だ。地球にも国際法はあるが国家間での法律の取り決めで、世界全体を縛る法は存在しない。


 ということは、おおよそあのクソ神を信仰する世界宗教がこの世界の基準であり、差別されている魔族だってクソ神を信仰しているから、世界の均衡が保たれているのだろうとルベルは思う。


「ミーティアさんはそれでいいの? 一生差別される人生で」


「大昔の私たちの祖先が神様の怒りを買って、この法律ができたの。だから私たちは法に従うしかないの、いつか神の許しが出るまで。それが穢れた血をもって生まれてきた私たちの罪なの」


 洗脳だとルベルは思った。クソ神が外的要因として文明の発展の邪魔をしているの事実で、魔族の発展は抑圧され、人族も異文化の融合ができず文明の発展がうまく進んでいないはずだ。


 神はこの世界において最も邪魔な、排除すべき存在だとルベルは思った。


 必ず神を殺すとルベルは心に誓う。





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