堕落転生~神の誘いを断ったら、魔族にされました~
ヤバいひよこ
クソ映画
スクリーンに映るCG合成の大爆発。
爆発に似合わないしょぼい爆発音。
さっきまで幸せそうにキスをしていた二人の間に広がる大きな炎。
主演の男が爆発の方向に振り向く。ヒロインの肩を抱きながら、爆発の向こうに映る人影を睨む。
暗転の後、フリーフォントのENDが無駄に出た後、関係者の少ないエンドロールが流れる。
エンドロールの間に一人、また一人と席を立つ。その行動が正解だと
一度席に着いたら最後まで映画を向き合う。
エンドロールの後に真のフィナーレが待っているかもしれない、続編の予告があるかもしれない、エンドロールを含めて監督が伝えたい作品のすべてがそこにあると思っているからだった。
「クソ映画だ」
食べきれなかったポップコーンを抱えながら、伊織は呟いた。周りに聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で呟いたのは、ここがよく来る映画館だからというだけじゃない、この拷問のようなクソ映画を最後まで、唯一私と共に鑑賞しきった赤の他人が伊織の少し前を歩いているからだった。
伊織は自身を文化的教養を身に着けた文化人と評価している。事実、一般的に見て大学教員という職は珍しく、長けた専門性を要する。
その中でも伊織が専門とする人文学は宗教学、社会学、哲学、歴史学といった人の営みの中で生み出された人間性を研究する学問であり、文化的な教養といった部分ではピッタリの職に就いているといえる。
傲慢ではなく自身を表現する言葉として文化人という言葉が適切なだけであり、伊織は知識をひけらかすつもりはなく、ただ突き詰めた人類への興味の結果だと思っている。
物語を楽しむには教養がいる。伊織はその条件を満たしている。だが今見たい映画は今までの人生で培ってきた知識では理解できないと伊織は悟った。
今まで数多くの映画を見てきた、俗にクソ映画と言われる映画も数えきれないほど見てきたし、その世間一般のクソ映画も伊織は楽しく鑑賞することができた。
映画を作るにあたって、そこには監督の思想、思惑といった何らかの意思が介在する。介在した意思は映画に投影される。そこに見え隠れする監督の意思が、人間の思想が、醜く、そして面白くて伊織はそれを娯楽として享受していた。
ストーリー、音楽、演出、どんな形であっても人が生み出したものにはその意思が残影として残る。
それが人文学を学び、人類を学問として消費してきた伊織の答えであり、揺るぎない正解だと思っていた。
「この映画は本当に人間が作ったのか疑いたくなるな」
ぽつりと呟いた一言、何気ない一言。
数歩先を歩いていた同志というべき赤の他人が、くるりと踵を返した。真っすぐと伊織の目を見てトコトコと歩いてくる。
女とも男とも取れる中性的な顔立ち。長い前髪がさらに男女の区別を難しくさせているが、骨格的には男性だろうと伊織は考える。
伊織の前に立ち止った男はぼそぼそと何かを言っている。
「すまない、もう少し大きな声で言ってもらえるか?」
伊織の問いかけに依然ぼそぼそと何かを喋っている男を見て、伊織は少し失敗したと思った。
きっと男はさっきの映画のファンか何かなのだろう。ファンじゃなくとも好意的に映画を見ていたのだろう。そんな男の耳に入る声量で映画のあまりいい意見じゃない批評をしたのが琴線に触れたのだろう。
「好きな映画だったのだろうか? 批判的な意見を君の耳に入る形で言ったのは申し訳なっかた。ただ、もう一度言うがもう少し大きな声で喋ってくれないか? 意見交換をするにしても私が一方的に話しているのは君にとっても建設的ではないだろう」
男は一度ビクリと肩を震わせたが声の大きさが変わることはない。
たまの休日、ここの所連日忙しく久々に映画館に来てみたらこれだ。伊織は少し肩おおとす。
面倒くさいのに絡まれた、面倒ごとの種をまいたのは自分かもしれないが、ただ本当に久々の休みなのだゆっくりと過ごして仕事の疲れを癒したいというのが伊織の率直な感想だった。
はぁ、と伊織は露骨にため息をつく。仕方ない、もう何本か映画を見ていくつもりだったが今日は帰ろう。家に帰って読みかけの本を消化しよう、ここまで来て映画が一本しか見れていないのは業腹だがこの男にかまって無意味に時間を浪費するほうがいただけない。
「申し訳ない。少し用事を思い出してね、話の続きはまた今度、どこかで会ったときにでもしようじゃないか」
そそくさと男の横を通り抜ける。
思い出したように伊織は振り返る。
「言い忘れていた。次会うときはもう少し大きな声で話せるようになっていてくれよ。今のままじゃ聴き取れなくて会話にもならん」
これは恨み言だ、次会う機会はないだろうし会う気もない。ただ休日が台無しになった恨みをぶつけておこうと吐いた言葉だ。
性格の悪いことを自分でも言ったと伊織は思う。
性格は環境で決まる、遺伝的な性格は環境要因によって容易に捻じ曲げることができてしまう。
両親の顔を思い浮かべながら、どっちもどっちだなと伊織は苦笑いを浮かべるしかなかった。
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