魔法使いのおじさんといたいけな少女
スライム系おじ
第一章 出会いそしていざ、行動!
第1話
緑濃く、じっとしているだけでも服が肌に張り付いてしまう季節。茉莉は母親の言いつけを守って麦わら帽子を被り、砂のお城建設に励んでいた。
そんな時。公園を取り囲むように植えられてあった木々の間から、かさかさと何かが動く音がした。茉莉は作業の手を止めて、動物か何かがいるのだろうかと、胸躍らさせながら音の鳴る方へと視線を移した。
動物ではあった。だが、その動物は、茉莉が望んでいた可愛らしいものとは似ても似つかなかった。だらしない体型、そして鼻の奥に痛みが走るほどの強烈な匂いを放っているその動物は、顔から滝のように汗を流しながら、息を切らし茉莉へと近づいて来た。
まだ十分な警戒心を宿していなかった茉莉は、父親よりも年齢が高いであろうその男の接近に何も感じることはなく、ただ茫然と側にやって来るのを眺めていた。
おじさんは頼りない足取りで砂場を歩き、茉莉の建設途中だった城を踏み砕いた。そして、倒れ込むようにして茉莉の側に座り込んだのである。
「やっと……見つけた」
茉莉の顔を両の掌で掴んで、視線を合わせる。茉莉の髪が揺れるほど、おじさんの鼻息は荒い。
「大丈夫。俺は、魔法使いだから」
――――。
高校生になって半年が経った現在の茉莉には、あの日の記憶がそこで止まっている。自分がおじさんに何をされたのか、まるで覚えていないのだ。もしかしたら自分は既に、女としての尊厳を踏みにじられ、傷物にされてしまっているのではないのか、と中学生にあがる頃には思うようになっていた。
思えば思うほど。自分があの日のことを忘れてしまっているのではなく、トラウマにならないように記憶の中から消してしまったのだと思ってしまう。心を守るために、脳が守ってくれているのかもしれない。
真実は分からない。でも、周囲で性の話が頻繁に飛び交うようになった中学時代、茉莉は聞いたことがあった。
男は童貞のまま三十歳を迎えると――魔法使いになれる。
当時それを聞いた茉莉は、即座に学校のトイレに駆け込んだ。
不明瞭な過去としか認識されていなかった幼少期の出来事が、その話を聞いた途端、おぞましい過去へと変貌した。込み上げてくるものを吐き出し、泣きながら自分が潔癖であることを必死に確認した。だが、もう何年も前の話である。確認したところで、判断できなかった。
気持ち悪い。
あの日の真相が明らかになったわけではなかったが、おじさんがはっきりと口にした『俺は、魔法使いだから』という言葉が、三十歳を超えた童貞とどうしても結びついてしまう。性癖をこじらせたおじさんが、汗だくになって一人だけでいる少女を探していた。周囲に目撃者がいなければ、まだそれが何かを判断する術を持っていない少女は、魔法使いから見れば、よだれが垂れるほどのご馳走に見えたのかもしれない。茉莉は時折、不意にそんなことを考えてしまって、その度、しばらくの間トイレに縋るようにして嗚咽していた。
茉莉が魔法使いの話を聞いて以来、男性に対して気持ち悪いと思うようになってしまったのは、無理のないことであった。クラスメイト、教師、通りすがりの会社員。そして、自分の父親にすらも、茉莉は嫌悪感を抱くにようになったのである。
この人たちも本当は、あの日のおじさんと同じなのかもしれない。
高校生にもなればさすがに、子供がどうやって出来るのかは理解しているので、子を持っている自分の父親や教師などが童貞でないことは分かっているのだけれど、それでも嫌悪感が消えることはなかった。それはそうだ。童貞が気持ち悪い、というわけではない。男全てが気持ち悪い、とそう思っているのだから。
「ねーねー。今日学校終わったらさ、
「え、まじ!? 行く行く! いやー、二日前に彼氏と別れたばっかだからさ、まじタイミング神だわ」
「二日前って、付き合ったの一週間前じゃなかったっけ? 早過ぎん?」
「あっちの相性が悪くてねー」
教室の中で、茉莉を含めた四人の女子生徒たちが雑談をしている。だがまあ、雑談といっても、男関係の話になると茉莉は黙然とスマホを弄るばかりになってしまうので、現状は実質三人での会話である。椅子の上に一人が座り、その膝の上に小柄な女子が座り、目の前の机の上にもう一人。茉莉は、その机の先の椅子に腰かけている。男の話になる前は、今の彼女たちと同様にケラケラと笑いながら騒いでいたのだが、今はただ漠然とスマホでパズルゲームをやっている。
「じゃあ、
「行かない」
スマホから目を逸らさず、茉莉は即答する。
「毎回答えが分かってるのに、わざわざ聞いてくれるのは友達として素直に嬉しいしありがたいと思ってる。でも、絶対に行かない!」
これも、最早テンプレートである。
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