Ver1.4

ある時、俺は社長から呼び出された。

扉をノックすると中に入った。中には社長の姿が見えた。

相変わらず髭や髪は伸びっぱなしで、シャツはヨレていた。

机には書類が山積みになっており、目の下にクマが出来ている。疲れ切った表情をしていた。椅子に座り、こちらを見る。

俺を見て、軽くため息をついた。

多分、俺のことを呼んだ理由はアレだろう。

俺はその事に気付いていた。

この会社は、いわゆるブラック企業だった。

社員はいつも忙しく働いており、休む時間などほとんどない。残業代も出ない。そして、給料も安い。

それなのに、会社の規模が小さい。人手不足なので、バイトを雇う余裕もない。そんな状況だから、俺はずっとパソコンをいじっていた。

なので、どうせミスをして怒られるんだろうと思っていたが、案外違った。

何事もなく仕事をしていると、急にひげ生えた40代のハンサムな社長が話しかけてきた。

仕事できそうな社長の顔色は二日酔いのような真っ青で、徹夜並みの酷いクマができて、しかも猫背という調子の悪さ。今日は俺に対してではなく、社長希望について。

「今日寝ていいか? 明日は休みだし」

「ダメです」

俺は即答で答える。

「はっきり言うが、こっちはブラックすぎて過労死するぞ!? 死ぬ前に休ませてくれ」

「それでも社長としての責任があるでしょう」

「頼むよ! 君の力が必要なんだ」

「嫌ですよ。自分の作業の邪魔しないでください」

俺は冷たい口調で言う。しかし、俺の言葉は届いていないようだ。

「とにかく、俺も少しだけ仮眠取るから、何かあったら起こしてくれ」

と言って、本当に持ち場の作業に戻って机に伏せて眠ってしまった。

この社長、本当にいつか過労で死にそうだな……。

俺は自分の仕事に戻りつつ、たまに社長の方を見ていた。

「ふわ~あ」

あくびをしながら背筋を伸ばす。駄目だ、よくわからんが普通にイライラが溜まる。

ストレス発散でもするか。俺は立ち上がり、外に出ようとした。

しかし、急にスマホが鳴る。

俺は電話に出た。

相手は、俺の上司でアリサさんだった。

声が凄く低い。

怒ってるのか……? 俺は恐る恐る話す。

「なんでしょうか……」

「あんた今どこにいる?」

「えっと、休憩室ですが」

「そこにいなさい」

それだけ言って切られてしまった。

俺は言われた通り、待機する。5分ほど待つと扉が開いた。

そこには、アルがいた。なぜか不機嫌そうな顔をしていた。

「ちょっと来い」

「はい……?」

俺達は人気のない階段前の場所に来た。

また俺は何か起こられるようなことをしたのかと思うと心臓の鼓動が早くなる。俺の目の前で、アルはため息をつく。

そして、俺を睨みつける。

まずい……殺されるかもしれない……。

俺がそう思っていると、アルは口を開いた。

「ちょっとアルがうるさいから作業抜けたいけど、向こうから有給休暇認められないと有給申請書、書けないから代わりに有給申請書、書いてくれない? あたしのID教えるから」

ああ……そういう……。

俺は胸を撫で下ろした。でもそこまでアルのことが嫌なのか……裏ではどんな性格してるのか気になるな

そう思ってたらアリサの肩に手を置きアリサは顔面蒼白する。後ろにいるアルの悪魔的笑顔が怖い……。

俺が引きつった顔を見せると、アリサは慌てて言い訳をする。

アリサが上司なのに立場が逆転してる……。

アリサは必死になって謝り、なんとか許してもらえたが、次はないと釘を刺された。

しょんぼりした顔で戻っていくアリサを見てると、なんだか可哀想に感じた。

「全く、やらないといけないのか……」

「まぁ、しょうがないよ」

「それよりさ、新人歓迎会やるって聞いたけど、大樹君来るよね?」

「もちろん行くよ」

俺は即答で答えた。

ちなみに、いつやるかはまだ未定らしい。

しかし、歓迎会は3日後だと聞いて、俺は焦っていた。なぜなら、俺には時間がなかったからだ。


今日の社長の作業はウィルスデータ分析作業だった。手作業でやるのは面倒くさいので特殊なツール【インベンサイドル】というソフトを使って作業をしている。この機械はパソコン内のデータを解析出来たり、企画や動画編集もできる優れものだ。しかし、その分値段が高いが会社の負担なので問題ない。

皆は古いツールをつかっていた。社長も例外ではない。なのでこの会社がほとんど過労死しそうで不安でしょうがない。


社長に作業を提出し、俺はパソコンを起動して、ゲームの続きを始めた。

3日間という短い時間でどこまで出来るだろうか。

俺はゲームしながら思った。

 ゲームをしている間は何も考えなくていいからな……楽でいい……。

1日目が終わった時、時刻は20時だった。とりあえず今日はここまでにしようと思い、ゲームを終了させた。

仕事から離れ、疲れの食堂に向かおうと立ち上がると、レヴィナが自分の腕を触り、確認してる様子だった。

腕を見ると配線が酷く剥き出しにされていた。痛々しくて見てられないほどだった。だが本人は気にしていないようだった。それどころか、嬉しそうな表情を見せていた。まるで新しいおもちゃを買ってもらった子供のように無邪気な笑顔だった。

そんな様子を見ていると、後ろから声をかけられた。振り返るとハンナが立っていた。彼女は心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫?顔色悪いけど」

「ああ、大丈夫だよ。それより、レヴィナはさっきから何やってんの?」

「え?知らないんですか?あれはメンテナンスです」

「あれがか?」

「ええ、あれこそ私達の仕事ですから」

「そうか……」

「おい、聞こえとんぞ」

バレた。あの距離でも聞き耳立ててたのかこいつ……。

「言いたいことなら早く言いなさい」

レヴィナは少し怒ったような口調で言ったので、俺は素直に言った。

「いや、お前の腕ってどうなってんのかなって気になってたんだ」

そう言うと、少し驚いたような表情を見せた。その後、少し笑ってみせた。それはとても綺麗な笑みだったが、どこか悲しげでもあった。

「……知りたいですか?」

そう聞かれ、少し戸惑ったが頷いた。すると、腕の中のボタンを押すと配線が全部外れた。レヴィナの腕を差し、受け取るとずっしりとした重みを感じた。これが彼女の体の一部だと思うと不思議な感覚を覚えた。よく見ると、腕の中はかなり複雑になっていた。よく見たら皮膚の下を無数のケーブルが通っているのが見えた。しかもかなり太いものだった。こんな細い腕にどうやって入れてるんだと思ったが、すぐに考え直した。きっとこれも彼女達の技術なのだろうと思ったからだ。それに、もし仮に違うとしても彼女を傷つけたくなかったのだ。だからあえて聞かなかった。そして、彼女に返す時にこう言った。

「重たかった」

「まあ、大体6キロぐらいありますからね」

6キロ!?そんな重さだったのかこれ……そりゃ重いわけだ……。というか人間じゃないだろそれ……。

「ま、まぁ軽かったよ」

「本当は死ぬほど重いって言いたいんでしょう」

「お、おい! シオン!」

シオンの口を塞ぎながら小声で注意する。それを聞いたシオンは顔を赤くする。どうやら図星だったようだ。その反応を見たレヴィナは笑ったまま何も言わなかった。それが逆に怖かったのだが……。

「まぁ、私も最初の頃は重く感じましたけどね……」

彼女は笑いながらそう言った。その言葉に安心した俺はほっと胸をなでおろしたのだった。

シオンは俺の顔を見つめると、口を開く。

「どうですか? そろそろこの生活に慣れたんじゃないですか?」

 確かに慣れていたのかもしれないなと思う自分がいたのは確かだった。最初は慣れないことばかりで大変だったが、今はもう慣れてきていたのだろうと感じた。だからこそ、ここでの生活には感謝していた。まだ1週間しか経ってないのにだ。自分でも不思議だと思ったが、案外そんなものなのかもしれないとも思ったりした。

2人は俺の顔を見て微笑んだような気がしたが気のせいだろうと思って気にしなかった。その質問を一言答えた。

「そうだね」

「んじゃ、研修が終わった大樹にはちょっとした特殊訓練を受けてもらおうか」

いきなりそんなことを言われたのでびっくりした。まさか、ここからさらにハードなことが来るとは思いもしなかったからだ。

しかし、断る理由もないので承諾することにした。

場所は変わって、ここは地下にあるトレーニングルームに来ていた。広さは約50メートル四方の広さがある部屋で、壁はコンクリートで出来ており、床は砂場のように柔らかくなっていた。その先は、ドット絵で作られた敵キャラクターがいる部屋があった。おそらくこれは、VR空間のようなものなんだろうと考えた。実際に体験してみるとわかることだが、目の前に敵がいると、本当に戦っているような感覚に陥ることがある。それを応用したものだろうと推測した。

「じゃあ大樹、このテーブルに置いてある黒いバンドを手首につけてくれ」

そう言われてテーブルの方を見ると、テーブルの上にあったものは黒光りするリストバンドのような物だった。言われるがままにつけようとすると、突然警告音が鳴り響いた。驚いて落としそうになるところをギリギリキャッチしたが、心臓がバクバクと音を立てていた。その音を聞いて2人が笑っていたことは言うまでもないことだった……。

(なんだよ急に鳴るなよびっくりするじゃないか)と思いながら心の中で愚痴った後、改めて説明を聞いた。

「そのバンドを身に着けると、本人の命令で動くようになるんだ。つまり、勝手に動いてくれるってことだよ」

それを聞いて納得したと同時に、疑問が生まれた。なぜ、わざわざこんなものをつける必要があるのだろうかということだ。別に必要ないんじゃないかと思っていたら、顔に出てたらしく、理由を教えてくれた。

「理由は簡単だよ、戦闘訓練をする上で必要なことだからさ」と言われたので、仕方なくつけることにした。しかし、つけた瞬間、またアラームが鳴った。今度はさっきよりも大きく鳴り響き、鼓膜が破れそうになったほどだ。慌てて外そうとするも外れなかった。それを見てレヴィナは大笑いしていたが、こっちは全然笑えない状況だった。

その時、敵が此方に近づいてきたのがわかった。

「おいあの敵!? 死ぬ死ぬ!!」

そう言っているうちに敵は目の前まで来ていた。恐怖のあまり目を瞑ってしまった俺は、数秒後に目を開けると、そこには何もいなかった。何が起こったのかわからなかった俺は呆然と立ち尽くしていると、黒いバンドが徐々に光が消えていき、元の状態に戻った時には、先程の出来事が嘘のようだった。

一体なんだったんだ?と思っていると、レヴィナが説明をしてくれた。

「凄いね、大樹。あの言葉だけで敵を撃退するなんて……」と言われて初めて気づいたことがあった。それは、先程の敵の接近に対しての言葉だったということを理解した途端、顔が熱くなったのを感じた。多分赤くなっているのだろうと思うと余計に恥ずかしくなった俺は手で顔を隠した。その様子を見ていたシオンはクスクスと笑っていたので更に恥ずかしくなってきた俺は、その場から逃げるように立ち去った。


――次の訓練は射撃の訓練だと言われ、射撃場に連れてこられた俺達は早速射撃の練習を始めることになった。射撃場で練習するのは久しぶりだったので、腕が鈍っていないか心配になったものの、やってみるしかないと思い、銃を手に取った。その瞬間、頭の中に様々な情報が流れ込んできたので頭がパンクしそうだったが何とか耐えることができたのでホッと胸を撫で下ろした。しかし、問題はこの後だったのだ……。

まず最初に教えられたことが的を狙って撃つということだったのだが、これがなかなか難しかったのだ。そもそも狙いを定めるというのが難しい上に、的に当てるのがもっと難しく感じたのだ。試しに撃ってみたところ的には当たったが、中心からだいぶズレていたので納得がいかなかった。その後も何度か試したものの上手くいかず、最終的には諦めてしまった……。

「全然当たってないね」

レヴィナはそう言っていたが、実際その通りなので反論できなかった……。それからというもの、何度も挑戦してみたがやはりダメだった……。その様子を見ていたのか、いつの間にか後ろに立っていたシオンにこう言われたのだ……。

「君はセンスがないようだねぇ~」と嫌味っぽく言われてしまい、イラッとしたのだが我慢することにした……。そして、シオンは俺にこんなことを言ってきたのだ……。

「まず、銃の持ち方はこうだよ?」と言って俺の手を持ちながら教え始めた。その時に柔らかい感触がしたのでドキッとしたが平静を装って教えてもらうことにした……。だが、どうしても意識してしまうので集中できず、結局最後まで覚えられなかったというオチになってしまったのだった……。

――――――

翌日になり、再びトレーニングルームに来た俺は昨日と同じように準備をしていた。今回はどんな事をするのか楽しみ半不半楽といった気持ちで待っていた。すると、奥の扉が開かれそこから現れたのはレヴィナの姿が見えた。彼女は俺の姿を見つけるなり、こちらに歩いてきたので挨拶をした。すると彼女は笑顔で返してくれたので少しホッとした気持ちになった。その後、彼女は何かを思い出したかのように口を開いた。

「訓練の前に一つ聞いておきたいんだけどいいかな?」そう言われたので頷くと彼女は続けて質問してきた。その内容というのは『あなたは何のためにこの仕事をしているの?』というものだった。彼女の目は真剣そのもので、嘘をつくのも気が引けたので正直に答える事にした。

「俺は、この世界の平和を守りたくて入団したんだ。だから、例え危険が待ち受けていようともこの仕事を続けるよ」

真剣の眼差しでシオンを見つめて答えるが、彼女は関心なさそうに適当に反応する。こっちから質問してきたのに……。

「そういえば、そなたと同じ答え方したのを覚えたな。確か……『サバンナの怪物』とかなんとか……」

サバンナの怪物?何だそれ、聞いたことないぞ。

「それは、どんな怪物なんだ?」

「サバンナに住むダヤグ族の一人。名前はハーマナス。彼女は部族の中でも一番強い戦士であり、群れのリーダーでもある性格は、無口で何を考えているのかわからない不思議な女だが、動物や仲間想いの優しい一面もある。その人の強さはあの警察でさえ手が出せないほど」

「それぐらい強いのか?」

「強いです。昔、我々がウイルスの防衛を回らなくなり、ハーマナスだけに任せたことがあった。その時、彼女はたった一人でウイルスを全滅させた」

「マジで!?」

「はい、そして、ウイルスの発生源を突き止め、そこでウイルスを全滅させました」

すげぇな……。


「ただ、それからしばらく経って、ウイルス組織に攻撃され、コアは破壊され、サーバーは崩壊しかけました」

「えっ!大丈夫なのか?」

「はい、何とか。でも、その時に私と他の人達は助かりませんでしたが、ハーマナスは命をかけて助けてくれました」

あれ? 話を変えてる?

「彼女のおかげで、私はこうして生きている。でも、彼女は、もう二度と帰って来なかった」

「ごめん、辛いことを思い出させてしまって」

「いえ、気にしないでください。それと、これは私が勝手に思っていることなのですが、もし、また、彼女がどこかで生きていたら、今度は私の番だと思い、彼女の代わりにこの世界を守れるようになりたいと思い、今、こうやって戦っているのです」

「そうなんですね。じゃあ、俺もその気持ちに負けないように頑張らないと!」

「はい、お互い、頑張りましょう」

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