古代生物娘たちにASMRしてもらうだけ

岩山角三

アノマロカリス

(水中の泡の音)


「…気がついた?人間さん。カンブリア紀の海へようこそ!私は、“アノマロカリス”だよっ!…そんなにびっくりしなくてもいいじゃん。驚きたいのは、寧ろこっちだよ。なんでカンブリア紀の海中に、いきなり人間が現れるわけ?…って思うけど、ま、細かいことは深く考えなくていいんじゃない?」


(どこからともなく聞こえてくる、ヒーリング用のベルの音)


「あ、この音が聞こえたってことは、耳かきタイムの開始ってことだねー。…え?なんでって…だから、深く考えることじゃないって、言ってるでしょ?無脊椎動物に難しいこと訊かないでよぉ…別に、涙目になんかなってないし。じゃ、気を取り直して、耳かきしていくねっ」


(体を器用に折り畳み、正座みたいな姿勢になる)


「さ、ここに頭を乗せて。“膝枕”っていうやつ、やってみようと思って。アノマロカリスが“膝”っていうのも、なんか変だけど」


(膝?枕の姿勢になる)


「じゃ、まずは左の耳からね」


(耳かき開始、ここから小声になる)


「…うーん、やっぱりこの“耳”っていうの、なんだか見慣れないなあ…だって無脊椎動物だし、海の中で暮らしてるから、音なんて縁がないもの…え?いまはどうなってるのかって?それは…所謂“補正”じゃないかな?あはははは…」


(気まずそうに笑う)


「でも、きみの時代は、海の中でも音を頼りにする生き物、いるんだよね。“イルカ”とかっていう生き物が、そうらしいけど…よくわかんないや。まったく、脊椎動物がそんなに多様化するなんてねえ。私たちの同期の“ピカイアちゃん”から進化したんでしょ?あの子があんなに出世するなんてね。こっちはカンブリア紀の終わりに適応できなくて、どんどん数が減っちゃって、それで…」


(一瞬、暗くなりかける)


「ご、ごめんね、しんみりした話になっちゃって。済んだことクヨクヨしても、しょうがないもんね。いまは、耳かきに集中、集中~…」


(大きい耳垢が取れる)


「…うわっ、大きいのが取れた。もうちょっと続けてみようかな…へへへ、なんか、化石掘ってるみたい。そういえばさあ、私たちの化石、最初に発掘されたときは、エビか何かかと思われてたんだよね。エビの尻尾だけに見えたから、“奇妙なエビ”っていう意味で、“アノマロカリス”って名前がついたんだって。確かに、この部分だけ発見されたら、誰も腕だと思わないよね」


(左耳、だんだん垢が少なくなってくる)


「…さてと、取れた取れた。うん、採掘作業は、もうこのへんでいいかな。次は梵天。耳かき棒の頭についてる、このふわふわした白いのがそれだよね。これで、細かいの取っていくね」


(梵天で細かい耳垢を取り始める)


「化石も、こんなふうに綺麗にしていくんだよね。まわりの岩や土を取り除いたあと、ブラシで丁寧に、細かい土を取っていくんだって。…“ブラシ”?ブラシってなんだろ。…毛の生えた道具?あ~、きっと“ハルキゲニアちゃん”みたいな形してるんだ。…にしてもさあ、化石だけでわかることって、そんなに多くないって思うんだけど。だって、固い部分しか残らないんでしょ?私なんか、何食べてたかも謎なんだってね。三葉虫ちゃんを補食してたって説もあったみたいだけど…あんなに固いと、歯が折れちゃうよ、ふふっ。…え、じゃあ何食べてたのかって?…えーと、それは…絶滅してからもう五億年も経ってるから、忘れちゃったなあ…そうこうしてるうちに、耳、綺麗になってきたね。じゃあ、梵天もこのへんにして、」


(梵天終わり)


「さすがに三葉虫は噛めないけど、」


(耳元に口を近づける)


「こうやって耳元で囁いたり、耳フーとかだったら…フー」


(耳フーしたあと、耳元から顔を遠ざける)


「はーい、左耳はここまで。じゃあ次は、右耳を綺麗にするね」


(耳かき開始)


「…だんだん慣れてきた。意外と、こういうの得意かも。私は目がいいから、きみの耳の奥がよく見える。だから、やりやすいんじゃないかな。…大きいの、発見。アノマロカリス、耳垢の発掘を開始しまーす。よし、もうちょっとこっちに寄せて…っと」


(大きい耳垢取れる)


「発掘、成功。これは大物ですね~。…あとは、残りの小さいのも…ところで、きみたちの時代の海は、どうなってる?ちゃんと、綺麗にしてくれてるよね?悪いんだけど、人間って海を汚す人たちもいるらしいからさ。ゴミを捨てたり、油を破棄したり。…きみはそんなことしないと思うけど、一応訊いておこうと思って。私たちみたいな大量絶滅にだけは、ならないようにしてほしいなー」


(右耳の垢が減ってくる)


「とかなんとか深い意味のありそうな話をしてるうちに、耳垢は細かいのだけになってきた。ここからは、梵天にするね」


(梵天開始)


「…ぼーんてーん、ぼーんてーん、ふーわふーわぼーんてーん♪…ふふっ、人間の真似をして、ちょっと歌ってみたの。カンブリア紀には歌なんて存在しなかったから。…さっきも言ったけど、私は目が発達してるから、きみの耳の奥も、よく見えるんだ。それだけじゃなくて、あんなとこや、こんなとこも、ぜーんぶはっきり、見えちゃったりして。…冗談だよ、ひょっとして、変な想像しちゃった?…目といえば、きみたちの目の事情も、ちょっと聞かせてもらおっかなー…ふむふむ、画面の見すぎで視力が低下…その“画面”って何かな?…うーん、とりあえず、きみたちが作った道具で、すごく便利だけど、引き換えにきみたちの目を悪くしちゃう…ってこと?へー、進化って何もかも発達していくものだって思ってたけど、何かの発達のために、別の何かを犠牲にしなきゃいけないこともあるんだ。…イヤミで言ってるわけじゃないよ?勉強になるなーって思って。…あ、もう耳が綺麗になってきてる。じゃあ、右耳の耳かきも、これでおしまいだね」


(梵天終わり)


「じゃあ、右耳の仕上げも、」


(右耳に口を近づける)


「ここまで口を近づけて…フー…ふふっ、耳たぶ、赤くなってるよ…」


(耳たぶから顔を遠ざける)


「…えーと、まだ耳かきの時間余ってるみたいだし、こんなこともしちゃおっかなー」


(腕の先を左右の耳に入れる)


「ふふーん、指耳かき。っていうより、私の場合は、腕耳かき、かなっ?」


(腕の先で耳をごしょごしょする)


「ごしょごしょごしょごしょ、ごしょごしょごしょごしょ…どう?気持ちいい?最初に発見された部位の、この腕の先端。獲物を捕まえるためって説が有力らしいけど、ほんとにそうだったのか、もう忘れちゃった。へへっ、ごしょごしょごしょごしょ、ごしょごしょごしょごしょ、ごしょごしょごしょごしょ、ごしょごしょごしょごしょ…あれ?…寝ちゃってる…じゃあもう、私の耳かきタイムはこれで終了だね。…さよなら、人間さん。未来の海のこと、よろしく頼むよ」


(終わり)

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