探偵(タイトル未定)
風下
第1話 探偵、開業
日常とは昨日や一昨日からの連続であり今日も明日も大きな差異がなく続いていく。
だがその中でも変化は必ず起きている。そして変化に対し常に選択をする。
人生は選択の連続である。
今日何を食べるか。休みはどこへ行こうか。どの仕事から手をつけようか。
そんな小さな選択の繰り返しが、意味の無いように感じる解答が、常を非常に変えていく。
けれども常に一人で選択できるものでもない。時には誰かを頼り手助けを欲する。誰かを頼り責任転嫁をしたくなる。
五月女
人の助けになりたいわけではなく、人の力になりたい。悩みの解決ではなく悩みを解決するための支えになることを望んだ。
だが探偵業の仕事は『助け』が主である。そのことに気がついたのは下積み時代の頃。
気づいた時には他の道は茨道であり探偵になる以外に進める道は困難を極める道ばかり。
高校卒業後、大学に進学するのではなく叔母の仕事を手伝う形で就職をした。
大学への進学は十分にできる学力は持っていた。高校時代の成績は常に上位を維持、スポーツは苦手ながらも必死に藻掻き、生徒会役員に推薦されてそれをやり遂げるだけの実力も持っていた。
大学へ行かなかったのは金銭面が理由である。
蛍の家は普通よりも貧乏にちかい家庭である。理由は多々あるが主な理由は蛍を含め五人兄弟であることが大部分を占めている。
蛍の上には兄が一人と姉が二人であり下には弟が一人。
兄と姉が大学へ進学したため蛍が進学できる学費はなけなしである。それも家族が身を削り働いて算出されるのであれば子供ながらに遠慮してしまうのも無理はない。
両親は進学を薦め蛍は就職を選び意見は平行線を辿った。
そんな時、家に来た叔母が自分の仕事の手伝いを欲している旨を蛍に伝えた。
両親が納得できる待遇。蛍の意思を確認しようやく許可が下りた。
それから数年間、叔母の元で探偵のイロハを学び一人で依頼を達成できるほどの成長した時、蛍は自分が求める達成感とは違うことを自覚した。
人の黒い部分を探る依頼の達成はさらなる不和を生み出す。
それが人の業であるかのように、黒い部分を探る仕事の後にはさらなる濃度の黒が生まれる。蛍が行うことは手助けではなく不和の誘発であり、その不和を次の仕事とする。最終的に依頼者が幸福になれた割合は何割なのだろう。
自身の苦痛から目を背け仕事に取り組んだある日、蛍は遂に倒れた。
目を覚ましたのは五日後。病院のベッドの上で点滴を打たれた状態であった。
ここ数日間食事を摂っていない事を思い出した。正確には食べてもすぐに吐き出してしまう。ゼリー状にして流し込んでも身体が拒絶した。
仕事のストレスと休日を利用しての調査。事前に知っていたものの無意識に自分を殺し働いていたのが原因だと医者も家族も判断したのだ。
だが真実は異なる。確かにストレスは感じていたがその正体は過労ではない。達成して得るものが黒く染まる悪意。それが蛍を殺した。
最終的な結論として、蛍は期間を決めて自身で事務所を設けることにした。
給与面は不安定になるものの自分の精神を守りながら仕事ができるのであれば不満はない。
叔母の事務所から車で三十分強。電車の利用でも同程度の時間がかかる場所に事務所を設けることになった。
ここは人通りが多い反面、昼間は人が少ない。空洞化現象と呼称される典型例の地域。
この立地に不満はない。むしろ昼間は静か、夜も一時的に騒々しいだけですぐに静まるので近隣へのストレスはほとんどない。
探偵業を拠点である建物は古めかしい外装。白を基調とした西洋館。鎖国以降に広まった海外建築を日本人が学び建築した館、の雰囲気のある普通の建物。
立地良し、仕事環境良しではあるが、蛍にとって唯一の不満要素。
それは、ここが事故物件であること、である。
事故物件とは病気や老衰、火災などの事故以外で人が亡くなった物件を指す。定義は他にもあるがコレはその定義の一部である。
探偵業に就職したとしても家を一軒購入するほど稼いでいるわけがない。蛍の両親が支払えるほど余裕もない。どこに開業するかと考えていたところに悩んだ様子の母からこんな話を聞いたのを思い出した。
「お父さんが亡くなって買い手がつかない物件がある」
母の言うお父さんとは、蛍の祖父である。家から歩いて三十分ほどの場所に住んでいたがそれほど会う機会があったわけではない。近すぎるがゆえにわざわざ会いに行く必要がない。そんな日々が過ぎるうちに祖父は他界した。それが今から半年ほど前のことである。
事故物件の理由、それは祖父が自ら命を絶った。
詳細教えてはくれなかったが自ら命を絶つ行為に踏み切るのであればそれなりの理由があるのだろう。暴くことを仕事とする蛍だが道徳心を棄てたわけではない。
触れてはならないモノはそのままに。有難く好立地にある館風の一軒家をもらったのである。
外装こそ館に見えて豪華さを感じるが、間取りはなんて事のない普通の家。
古びた階段と薄暗い廊下が広がり、奥に進むと広めのリビングルーム。
二階には部屋が二つ。一つは蛍が使用する予定の部屋。もう一つは家主が亡くなった部屋であり、ここには入ることはおろか扉を開けたことすら片手の数である。部屋の中は清掃されており誰かが首を吊ったに場所とは思えない。タンスには遺品として回収し忘れたのか、蛍とお爺ちゃんの写真、おじいちゃんとクロネコの写真が数枚残されていた。
そのクロネコは見覚えがある。人懐こいが飼い猫ではないノラネコであり蛍がネコアレルギーであることが発覚したキッカケでもあった。
では改めて、事故物件に住んで何か問題があるのか。
探偵を始めるにも昨日の今日で始められるはずもなくそれなりに準備が必要である。蛍はココに住み始めて一週間経過した。
その経過は以下の通り。
一つ、人を招き入れる部屋の壁には何を飾っても必ずはがれてしまう。
画鋲やテープで張り付けても気づいたころには床に落ちている。
二つ、戸締りしても翌朝にはいくつかの部屋の扉が開いている。
その部屋とは客を招くリビングと家主が亡くなった部屋とベランダの扉である。
現状、この二点が蛍によって観測された怪奇現象である。
それとこれは関係の有無が不明であるが、
ここに来てから、朝になると蕁麻疹が発症する。症状は数分で収まるがこれまでにない症状である。
またこの家の物置には奇妙な海外のお守り、仏壇や十字架などが入っている。
テレビや雑誌で見るような怪奇現象に比べれば可愛い現象であるが原因がわからないのであれば不気味さを拭うことはできない。実際、壁に張り付かないのであれば自分で抑えればいいのでは、という結論に至り数時間壁にカレンダーをあてて抑え続けたこともある。最終的に面倒臭くなり抑えることを諦めた。
それでも自身に大きな被害がなく働きやすさを求めたうえでのこの場所。
恐怖があるにはあるがこれまでのストレスに比べれば我慢するには容易である。
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