男38歳

たもの助

男38歳


かの伝説的な著名人達は短命で、

27歳で亡くなると言うジンクスがある。


男はその第一希望をあっさり逃した。


正確には逃した。と、言うより当時はまだがむしゃらでそんな事を考える余裕はなかった。


今となっては第一希望で手を打っておくべきだった、そして伝説になるべきだった。

と後悔するばかりだが、

情けの第二希望が何歳なのかを一応調べてみた。


見事になかった。皆それぞれに死んでいた。


それはもう男にとって勝手に生きて勝手に死んでくれと宣告されたようなものだった。


男は項垂れた。


せめて第二希望があれば気持ちよく死ねたはずなのに、と。


そんな状態で街をフラフラと歩いていると、リサイクルショップが目に入り、吸い込まれる様に店に入った。


目的は決まっていた。


死んだ27歳達の持ち物と言えば、ギターだ。


男はギターの弦の数位は知っているが、それ以上は何も知らず、調べもせず興味もなかった。

だが、大事なのは所持している事、それが絶大な伝説感を与えてくれる事で、男のモチベーションはある程度、いや、実際は家を出た時以上に増幅していた。


店を出る頃には、不協和音が響いたトイレの鏡で何度か右肩、左肩、交互に乗せ替えつつ、右肩の方が負担が少なく、まだその重量に耐えれそうなのでそこを定位置に店を後にした。


翌日から男は外出する時には必ず右肩にギターを乗せ、コンビニに寄り、食事に行く際も肌身離さず、近所の住民からは確実に持ち物として認識させたと言う自信を、日に日に噛み締めていた。


相変わらず男にとって持ち物ではあるがそれ以上になる事はなかった。

ギターケースから出したのはケースなしでの重さはどの程度なのか?と知っておきたいと言うだけでそれ以外には興味はなかった。



男は伝説になれると信じていた。



男が好きな言葉


「死ぬにはちょうどいい日だ。」


男が砂利道を歩き始め、小石がぶつかると心地の良い音を響かせ、交差点では皆の足音が歩調を合わせた。


まるでこれから始まる壮大な映画のオープニング曲の様に男の胸を高鳴らせた。


男は常に腹の調子が悪く、その日も変わらず行きつけのデパートのトイレで用を足そうと向かったが、運が悪い事に四つもある個室は全て埋まっていた。

悪い事は更に続き、今日は全ての音色が男の今この時までを引き立たせていたが、ここに来て排泄の音がさまざまな個室から不協和音として鳴り響いていた。

ある者は恥を知らない音で、ある者は遠慮をして他人が流す音と同時に小汚い音を出し、そしてそんな輩達に音姫は功を成す事は出来ず、相変わらず不協和音が鳴り響いていた。


男はそっと右肩からギターケースを下ろし、ギターを持ち出した。


こうやって構える事自体初めてだ。

男は一つ深呼吸をし、次の瞬間には構わず垂直に右手を上から下へ下ろし最初の音色、それは奇怪な音がなった。


不協和音が一瞬ピタリと鳴り止み、見えない個室の人達の協調性を垣間見れた様な気がした。


男は左手で弦をあちこちと押さえ、右手では小刻みに、そこから豪快に力を解放し、音姫も不協和音も完全に鳴りを潜めていた。


男が一旦手を休めた時、不協和音が1発鳴り響いた。

男はその時、確かにその音から聞いた。



(もっとくれよ)



会場では既に音姫を付けている人は皆無で、男の音を待っている事が壁越しに伝わってきた。


そこから男はガムシャラに、それこそ最後の力を振り絞りはじけ、そして響かせた。



男の右手は血だらけだった。



それでも個室の4人達はここぞとばかりに不協和音を鳴り響かせ、会場のボルテージは最高潮になった。


男が体力の限界を感じた瞬間、

奥の個室から水洗の音と同時に初老の紳士が出てきた。



「ありがとう。」



自他共に認め合えた、これこそ男が求めた伝説だと、認識できた瞬間だった。


残りの3人が出てくるのも待った。


恥ずかしがりながら会釈をする者。

微笑みを投げかける者。

最後に出てきた紳士に至っては握手さえも求めてきた。



男は空っぽの会場の中でギターをケースに戻し、その場に置き会場を後にした。




男は既に暮れた夜空を見ながらデパートの屋上から飛び降り、

38歳でその幕を閉じた。



男が居なくなった後、伝説のライブは個室の中の1人によって、

snsで拡散された。


その後、トイレの前ではギターケースを持つ男女が現れるようになり、要請すると演奏をし、数百円〜数千円程度の報酬という職業が生まれた。



音姫は廃止された。




男は伝説になった。

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男38歳 たもの助 @tamonousuke

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