笑う鶴と鳴くカラス

たもの助

笑う鶴と鳴くカラス

「なんでお前達はいつも飛ばないんだ?」


窮屈そうな鶴にカラスは窓からそう問いかけた。


「私達は飛び方を存じません。」


「いや、そんな事はないはずだ。

お前達は俺の様にこんな立派な羽根があるじゃないか。」


そう言うとカラスは自らの羽根を見せる為に

窓から飛び立ち、木の周りを一周してみせ元の位置に戻った。


不思議そうに鶴は言った。


「私達のご主人は飛び方と言うのを教えてくれませんが。」


カラスは首を傾げた。


「お前達は飛ぶ事を教わると思っているのか?

俺達は教わらずに飛べるもんだぞ?」


カラスは同じ形をした者たちが何故飛ばずにいられるのか

不思議だった。


「それでも、ご主人あっての私達ですので。」


鶴がそう言った後、カラスは一度鶴の主の方を見た。

そして、何も言わず一鳴きし、何処かへと飛び去っていった。


 鶴にとって、本来部屋は窮屈な場所だ。


それでも、鶴は主の元で寄り添う事を使命として

生命を宿してもらった。


それ故恩返しとしてそばにいてあげる事が

自分が出来る事だと鶴は考えた。

 翌日もカラスは窓際へとやってきた。


「今日は一つ、面白い話を持ってきたぞ」


続けてカラスは言った。

「お前達でも雨くらいは見たことあるだろう?

だが、雨が止んだ後には虹ってやつが架かるんだ。」

カラスはいつもより誇らしげに、そして興奮して言った。


「それが色とりどりでな。何よりも美しいんだよ。」

鶴は雨ならば何度か見ていた。雨が降り出すと、

窓からの景色が楽しめなくなる為、好きなものではなかった。


虹と言うものはその時、生まれて初めて聞いた言葉だった。


「それでな、面白い話ってのはそこの建物の裏には

山があるんだ。その山に雨が降ると、止んだ後には

物凄く大きな虹が架かるらしいんだよ。

ただでさえも綺麗な虹だ。そんな大きな虹なら、

いつかの冥土の土産話にも出来るぞ。」

そう興奮気味に話すと、カラスは鶴の反応を伺った。


「虹ですか。いつか、見られたらいいのですが。」


思っていた反応と違ったカラスは舌打ちをした。

「ちっ。つまんない奴だな。」

そう言い残してカラスはいつもの様に一鳴きした後

窓から飛び去っていった。


鶴はその日、窓から見える日陰から虹を探してみた。

懲りずに来ていたカラスだったが、

その日を境に顔を見せなくなっていた。


 鶴の主は病に倒れており、部屋に寝たきりでいた。

鶴は産まれて一度も外に出た事はなく、

主の笑った顔さえも分からずこれまで日々を過ごしてきた。

幸か不幸かの判断は存在せず、いつかの主の命令を

待つばかりであった。


少なくとも、カラスに会うまではそう考えていた。

それからというもの、窓の景色を遮るものがいない間

鶴は日陰から虹を探し続けた。

嫌悪感を抱いていた雨でさえ降る事を望んでいた。


だが雨は降らず、結局鶴は日陰からの虹を

見つけることは出来なかった。


それならばと、何度か羽根を広げ飛ぼうと思った

こともあったが、それは出来ずにいた。

その度に横の主を見ては自責の念に駆られていた。

 一週間程経った頃だろうか。


鶴はその日、特に意味もなく窓からの景色を眺めていた。


外からカラスの鳴き声が七回聴こえ、数羽の仲間達と

一緒にいつものカラスはやって来た。


カラスはいつものように定位置の窓際に降り、

仲間は木の枝に居座っていた。


お喋りなカラスはその日、中々口を開かず

じっと鶴の主を見続け、毛繕いをした後話し出した。


「なぁお前達。もし、そこの主人がこの世から

居なくなったら、お前達はどうするんだ?」


一瞬、沈黙の時間が流れ、鶴は質問に質問を返した。


「カラスさん、虹とは、どういうものなんですか?」


カラスはひと時考え、自らの羽根を広げこう伝えた。


「こんな羽根くらいのものもあれば、前話したように、

山に架かる虹もあるらしい。形は丸っこい形でな、んー。

丸の半分だ。分かるか?」


その後もカラスは虹の色についてや自分の知っている事は

全て、鶴に伝えた。


鶴は耳を傾け説明を聞いた後、決断したかの様に言った。

「カラスさん、どうも今まで親切にしてくれて

ありがとうございました。

私はこれで迷う事なく、ご主人の側に寄り添う事が出来ます。」


鶴は表情一つこそ変えなかったが、声色で決意を決めたのを

カラスは感じていた。


「そうか。分かった。それじゃ、最後に一度だけ、

また一週間後に会いに来るとしよう。

その時も考えが変わっていなければその時がサヨナラだな。」

そう言うとカラスは鶴に一鳴きし、仲間の元へ戻り

七回鳴いた後、何処かへ飛び去っていった。


鶴とカラスはこの日が今生の別れとなった。


 その日は朝から雨が降っていた。


カラスは約束通り鶴の居る部屋へ向かった。

だがそこにはいつもの鶴と主の姿はなく、代わりに

家の周りには黒い人影が沢山見えていた。


不思議に思ったカラスはそのままその集団が行く先まで

追いかける事にした。


着いた先の建物には、大きな煙突が建っていた。


そして、その建物の裏には大きな山が有った事に

カラスは気付いた。

黒い集団や鶴の事はすっかり忘れ、カラスは急いで

山の方へと飛んでいった。



 雨はすでに止んでいた。



雨の終わりに日差しが入り始めた頃、煙突からは

黙々と煙が出ていた。

最初は黒煙から始まり徐々に灰色に、最後は白い

煙へと変わっていった。



鶴は初めて飛ぶ事が出来ていた。


羽根を広げる事は出来なかったが、こんなに

気持ちのいいものかと、限られた時間を飛び尽くした。


そして、目の前の山には見たこともない虹があり

聞いた通りの大きな虹であった。


何より、美しかった。



遠くの方から一羽のカラスが煙突の煙へと向かってきた。


そのカラスは煙突の周りを飛びながら七回鳴いていた。


それをみて鶴は笑った。




「ご主人様は虹をご存知ですか?」




主は満面の笑みを浮かべながら、一つ頷き、

鶴と共に空へと舞い上がっていった。


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