二 大豊災 -1-

 翌日。村役場内で行われた合同葬儀は、つつがなく終わった。

 島中の者が参列した春樹の葬儀と比べ、今回の規模は非常に小さなものだ。参列者は、俺たちが島に来てから関わったことのあるごく少人数に限られた。そのうえ、琴乃のそばを離れることができないということで、池田は夫婦揃って欠席している。しかし、そんな寂しさを感じる葬儀でも、瀬戸は春樹の葬儀のときとなんら変わりなく、心を込めて式の進行をしてくれていたと思う。

 大粒の雨に加えて強い風が吹きつける中、集まった男たちで二人分の棺を持って森の中を歩く。俺を含めて参列者は皆レインコートを着ているが、鐘を鳴らしながら先頭を歩く瀬戸と、白い着物を纏っている四季子たちは、すっかり全身濡れそぼっている。

 墓地につくと、あらかじめ用意されていた墓穴に棺を下ろす。四季子の手によって菊の花弁が撒かれ、その上から皆で土を被せていく。土は水を含んで重く、黒々としていた。俺自身は彼らに対して負い目などないはずなのに、白い棺が土に塗れる様子を見ていると、なぜだか申し訳なさが込み上げてくる。

 泣き声に気づいて視線をあげると、冬夜が泣いていた。彼は、春樹の葬儀の時でさえ役目をまっとうするため涙を流さなかったのに。あたりに響く雨音と風が木々を揺らす音に加え、冬夜の切ない啜り泣きの声に土を落としていく無機質な音が混ざる。

 雨の中での二人分の埋葬作業は重労働だ。用意されていた土をすべて墓穴の中に入れて平す頃には、全身汗まみれになっていた。

 雨に濡れたからなのか、湿度のせいなのか、自分の汗なのか、正体の判別がつかなくなった体の湿り気が不快だ。深く息を吐き出しながらスコップを下ろし、眼鏡についた水滴を拭う。

 ふと、隣に立っていた立川の異変に気づいた。彼は両手で顔を覆い、背を丸めるようにして俯いていた。肺の奥から搾り出すような呻き声が漏れ出している。

「立川さん、大丈夫ですか? どうかしましたか?」

 問いかけるが、返事はせず呻き声だけを大きくして、立川はいっそう体を丸めていく。痛みでもあるのかと、彼の背を撫でようと手を伸ばしかけたとき、奇妙な物音があたりに響いた。

——グチグチブチ、グチュ、ブチブチ。

 形容するならば、水気を含んだ柔らかいものを、硬い何かでかき混ぜるような、貫いていくような音だ。

「イタイ、イタイ、イタイィイイイ」

 唐突に、立川が天を仰ぎ叫ぶ。

 顔を覆っていた立川の指の隙間から、白いものが幾本も伸びていた。天を指すようにまっすぐと伸びる無数の細い枝だ。顔を覆っていた腕が降ろされると、彼の無残に崩壊した顔が露わになる。肌を突き破って生えてきた無数の白い枝に顔面を覆われ、溢れ出した鮮血が喉元を伝って滴り落ちる。先ほど響き始めた奇妙な音は、彼の体の中から枝が肌を突き破って出てきている音だったのだ。

 立川の体から力が抜け、崩れ落ちた。だが、その顔から伸びていく枝はなおも成長を続けていく。

「立川さん、しっかりしてください。川中先生!」

 葬儀に来てくれている、医者の川中を頼ろうと振り返る。

 そして——。

 俺は、自分を取り巻くあたりの状況を改めて認識し、その場に立ち尽くすしかなかった。

 顔から枝を生やしはじめたのは、立川だけではなかった。墓地にいる者が皆、顔から無数の枝を生やしている。瀬戸も、宮松も、夏久も、千秋も、千鶴も、真里も血を流し、呻き声をあげ、身を震わせ、体を突き破る枝の痛みに耐えている。それは、地獄のような惨状だった。

「っひ……」

 空気を飲み込むと、喉の奥で悲鳴のようなものが上がる。どうすべきかもわからず、視線ばかりが右往左往と泳ぐ。

 その最中にも、枝は彼らの体を苗床に伸び続ける。次第に、顔だけではなく体からも生えてくるに至った。肉体どころか服をも突き破って体から生えてきた太いものは、枝ではなく根のようだ。それらは下に向かって伸びると地面に突き刺さり、ゆっくりと彼らの体を持ち上げていく。まるで、体自体が浮き上がっていっているようだ。そうなってもまだ、彼らの体は痛みにピクピクと痙攣を繰り返している。

 と、そのとき。惨劇の中で、自分と同じように無傷で呆然と立ち尽くしている冬夜の存在に気がついた。瞬間的に、恐怖よりも彼を守らねばならないという気持ちが優る。

 すぐさま冬夜の手をとって、森の中を走りだす。恐怖からか、悲しみからか。足がもつれる冬夜を半ば引きずるようにして走り続けて、集落へと辿り着く。

 俺はそこで、さらなる衝撃的な光景を目のあたりにする。通りを歩いていた人々も浮かべられていた。枝は家々の中からも伸びていて、家の中がどうなっているかは想像に難くない。近くに見える家の窓には、内側から飛び散ったらしき血飛沫がついている。体から木が生える現象は、墓地にいた者たちだけではなくこの島全体に広がっているのだ。

 気がつけば雨は止んでいた。雨の代わりに、白いふわふわとしたものがゆっくりと降ってきている。はじめは雪かと思ったが、それは手に触れても冷たくはないし、消えもしない。火山灰のようにも見えるが、灰よりも明確に白い。

 ふと、息苦しさを感じる。空気中に漂う白いものが肺に入ったのか。

 視線を上げれば、その出どころがわかった。根に体を持ち上げられ、平屋の家よりも高く浮き上がった人々の開かれた口から、白いものが放出されている。あれはもしや、植物に取り込まれた人間の胞子のようなものなのか。

 気味の悪い光景に眉を寄せ、胞子の侵入を阻止すべく口元に手を当てる。だが白くふわふわとしたものは、空気と共に指の隙間から容易に鼻や口へと吸い込まれていってしまう。

 はじめは少しづつ、次第に激しく。肺の奥まで響くような深い咳きをしながら、意識が遠のいていく。

「冬夜くん……」

 手を握ったままの冬夜を見下ろすと、彼もまた顔から枝を生やし始めていた。ブチブチと、音がする。

 ——彼ももうすぐ、浮かぶのか。

 そんな絶望感と共に、俺は意識を手放した。

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