一 勾島 -2-

 俺たちが乗り込んだミニバスは、港からも見えていた岩壁を斜めに横切りながら進んでいく。しっかりとアスファルトで舗装されているものの、断崖絶壁にしがみついているような狭い道路を登っていくのは、そこそこのスリルがあった。まるで、ジェットコースターの上り坂のようだ。

 頂上へ近づくと、車窓からの景色は、どこまでも続く海を見渡せるものとなった。傾いた太陽が海面を照らして眩く輝いている。この島が、本当に絶海の孤島なのだなと実感する瞬間だ。

 健は、車窓に張り付いて外を眺めながら始終はしゃいでいる。それに比べて少年たちは落ち着いていて、身長も近いことから、どちらが大人かわからない。

 島の上に辿りつくと、景色が一変した。

「この道は勾島本道といいまして、島内をぐるっと一周回っている道路です。車は、ほぼこの本道しか通れません。逆に言えば、迷っても舗装された本道に沿って歩いていれば、そのうち誰かの車が拾ってくれますよ」

 助手席に座った宮松が色々と説明をしてくれる。運転しているのは立川だ。立川は漁船に乗っていたときもそうだったが、ほとんど無駄口を叩かない寡黙な男だ。親子だけあって、夏久は彼によく似ている。

 宮松の説明を聞きながら、俺は窓から外を眺めた。車が通れるという本道も一車線分の幅しかないので、車同士が行き交うのは骨が折れそうだ。それだけ、島内では車を使う機会が少ないのだろう。道の左右には深い森が広がっているが、本州で見られる森とは随分雰囲気が異なっていた。巨大なシダ植物が見え隠れしている様子は南国を思わせる。森というよりもジャングルに近い。

 それから少し経つと、木々の合間に民家が見えてきた。島特有の気候に適合させているのだろう。建築物の雰囲気は沖縄の古民家に近く、外観はどれも似ており、二階建ての家は一つもない。

「ここが、島唯一の集落になります」

「島の総人口は一二五人と聞いていますが、全員がここで暮らしているんですか?」

「はい。世帯としましては四六世帯ですね。先ほどもご説明いたしましたが、この集落と畑以外の場所は、ほとんどが手つかずの自然となっております。土地を知らぬ方には危険が多いため、お気をつけください」

 家茂と宮松の会話を聞いていると、道の周囲にコンクリート造の建物が増えてきた。民家と同様に平屋で、小ぶりではあるが、それぞれの佇まいや看板を見れば、それらが郵便局・交番・診療所・酒屋などの施設であることがわかる。ここが島の生活の中心部であり、生活に必要なものが、ぎゅっとひとところにまとまっているようだ。

 車はその先の駐車場へと入っていった。

「ここが村役場になります。神社までの道は狭く、車では入れないため、一度ここでお降りください」

 促されてミニバスを降りると、荷物を持って、徒歩で移動をはじめる。

 俺の荷物は、大型のバッグパック一つにまとまっている。しかし、撮影機材を複数持ち込んでいる後藤や、さまざまな仕事道具を持参してきた家茂の荷物は量が多い。それらは少年たちが率先して手分けをし、一緒に運んでくれていた。

 宮松の先導に従うまま、村役場の横から続く道を進む。周囲はまた深い緑に包まれた。遠くから聞いたこともないような鳥の鳴き声が響いてきて、島の自然の豊かさを思い知る。

 森の中に生えている木は、地面から生えた根や枝が幾重にも絡み合う独特な見た目のものがほとんどだ。その木がガジュマルだということが俺にはわかる。ただその名前を知っていても、見慣れない樹形には目を引かれるものがある。

 アスファルト舗装はされていないものの、踏み固められた土の道を真っ直ぐに一〇分ほど歩き続ける。すると、前方に古めいた印象の建物が見えてきた。平屋だが、いままで見てきたどの建物よりも大きい。建築様式は島の民家に似ているが、赤と白をよりはっきりと見せる意匠がふんだんに施されており、この建物が神聖なものであることが窺い知れた。

 左右に灯籠のある入り口を通ると、そこからは地面が白い砂利で覆われていた。足裏で踏み締める砂利の感触に、自分が神社の境内に入ったのだと認識する。

 九人が砂利の上を歩く足音ともなると、自然、大きなものになる。その音を聞きつけたのか、俺と同年代と思われる、白衣に紫色の袴を履いた男性が建物の中から出てきた。癖のない髪は短く切り揃えられていて清潔感があり、実年齢よりも若々しく見えているのではないかという印象を受けた。柔和で透明感のある彼の面立ちを目にして、妙な既視感を俺は得る。

「皆様、遠路はるばるようこそいらっしゃいました。私はこの大洞おおほら神社の神主をしております、瀬戸道忠せとみちただと申します」

 瀬戸は名乗り、腰から背を曲げるお辞儀をすると微笑む。仕草には品があり、声も見た目の印象のままに穏やかで優しい。

「やあ道忠さん。こちらから家茂さん・後藤さん・浅野さん・眞栄田さんだ。では、後のことは頼みましたよ」

 俺たち調査隊員一人ひとりの名前を呼び、手で指し示しながら、宮松が瀬戸へ紹介してくれる。

「かしこまりました。後のことはお任せください」

「それでは皆様、ごゆっくり。儂に何かご用事がありましたら、村役場まできていただければ、だいたいそこにおりますからね」

 俺たちを瀬戸に引き渡すと、役目は終わったとばかりに、宮松はひとり来た道を戻っていく。

「それでは、立ち話もなんですから、早速こちらへどうぞ。滞在いただくお部屋へご案内いたします」

 目の前に見えていた建物の中へと、瀬戸が俺たちを案内してくれる。

 玄関から中へ入ったところで、俺はふと違和感を抱く。普通、神社に入って正面にあるのは拝殿と呼ばれる特有の建物であり、人の住居ではないはずだ。すると、同様の疑問を抱いた様子の家茂が瀬戸へと話しかける。

「こちらの神社は珍しい構造をしているのですね。俺が見落としているのでなければ、道中に鳥居もなかったようですし」

「そうですね。神社と一口に言いましても、伊勢の神宮を本宗と仰ぐ本土の神道と、この神社とはかなり異なった様式を持ちます。ただ、鳥居は別の場所にございますので、また後ほどご案内させてくださいませ」

 瀬戸の話を聞きながら、靴を脱いで建物の中へと入る。古い木造の建物は、特有の香りがして、静謐な雰囲気が漂っていた。

「こちらが社務所です。私と冬夜の二人で普段は暮らしておりますが、部屋はたくさんございますので、皆様一部屋ずつお使いいただけます。こちらが台所、その奥が厠でして、あちらが浴室になっております。どうぞご自由にお使いください」

 案内されるまま耳にした言葉に、俺は、横を歩いていた冬夜の顔を見た。そして、先ほど瀬戸に抱いた既視感の正体に思い至る。冬夜も同時に俺の視線に気づいたようで、こちらを見上げてニコリと笑う。

「神主の道忠は僕の父です」

「なるほど。似ていると思った」

「はい、よく言われるんです。浅野さん、こちらのお部屋にどうぞ。厠が隣で申し訳ないんですが、さらにその隣は僕の部屋ですので、なにかありましたら、いつでもお声がけください」

 冬夜に呼ばれ、用意されていた部屋へと足を踏み入れた。他の三名も、瀬戸や少年たちにそれぞれの部屋へと案内されている。

 すべての部屋は畳張りの和室だ。広さは六畳だが、部屋の隅に布団が畳まれている以外は家具がなにも置かれていないため、実際よりも広々として見える。壁も天井も、進んできた廊下との仕切り戸も木でできている。入り口の正面だけが障子張りになっていて、薄紙越しに明るい光が部屋の中を照らしている。当然ながら古さは感じるが、清潔で居心地の良さそうな部屋だった。 

 部屋の隅にバックパックを下ろすと、障子を開けて外を見る。すると、そこには完全に建物に囲われた中庭が広がっていた。

 玄関から廊下を通ってきて理解できることは、この社務所は、ロの字型をした構造になっているということだ。建物の一辺には、六畳の部屋が規則正しく二部屋ずつ並んでいる。玄関の正面には瀬戸の部屋があり、その右隣は冬夜の部屋になっている。中庭に接していない角には厠が設置され、右辺の下側に俺の滞在することになった部屋がある、という具合だ。

 脳内で建物の構造を整理してから改めて、目の前の広い中庭を眺める。池などはないが、小ぶりな岩と苔が主体の、丁寧に整備された美しい庭だ。暮れはじめた陽が横から差し込み、苔むした地面に影を落としている。

 中庭の中央には、影の主である大きなガジュマルが生えていた。

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