ヒモ生活の始まり

 最下層(暫定)に飛ばされてしまった俺は、ひとまず様子を見るために1つ上の階層へと登ることにした。

 やはり、あたりは土壁でおおわれているが通路は整備されており、1人称視点のダンジョンゲームを思い出す。

 通路自体の幅は目測だが、おそらくは5mほどとかなり広い。

 この階層の規模は分からないが、これだけ通路が広いならそれなりに規模がデカそうだ。

 

「このままずっとここに居ても仕方ないし、とりあえず上を目指すか……」


 おそらく、俺が初っ端からいなくなったことに探索隊の人達も気づいているだろう。

 探してくれているならまだいいが、居なくなったのがダンジョン入口なだけに臆病風に吹かれて逃げ出したなんて思われたらマズい。

 新宿駅ダンジョンがどれだけの階層があるか分からないが、少しでも早く合流できるようにしなければ。

 それに、メシの問題もあるしな。

 食事に関してはポーターと呼ばれる探索隊同伴の荷物持ち専用の人達が持っていたため、俺は2、3食分の携帯食料しか持っていない。

 このまま合流できないと餓死、なんてことも考えられる。

 

「……想像しただけで嫌になるな」


 もちろん痛いのも嫌だが、腹が減りすぎて死ぬなんてのも壮絶過ぎて考えたくない。

 嫌な未来を想像してブルリと震えつつも、俺はダンジョンを進む。


「ん?」

 

 角を曲がると、そこには首のない馬に乗った同じく首のない黒い鎧を着た騎士が居た。

 馬も黒けりゃ騎士の方も全身真っ黒け。どちらも首のところから紫色のモヤのようなものが噴き出ている。

 騎士の武器は背中に差しているでっかい両手剣のようだ。

 

「どう考えても、人……じゃないよなあれ」


 覚醒者には、低確率で固有能力が発現する者も居ると聞く、あいにく俺には発現しなかったが。

 もしかしたら、彼(彼女?)は首が取れる固有能力が発現した可能性も無きにしも非ずだが、俺の本能があれは人間じゃないと告げていた。


「他は行き止まりだし、ここを通るしかないんだよな……」


 上に進んでいくなら、首無し騎士――デュラハンのところを通らなければならない。

 ファンタジー作品でも有名なキャラな上に、こんな下層に居るなんてどう考えても雑魚なわけがない。

 今の俺は戦闘経験がなさ過ぎてどう考えても太刀打ちできない。

 最悪、奴がここから移動するまで待機か、と考えていたところで『キンッ』という小気味よい音が聞こえる。


「え?」


 そして、気づいたときには俺は落ちゆく視界の中、なぜか自分の体を見つめていた。

 痛みはない。だが、確実に首を斬られた。

 自分の死を自覚した瞬間、俺は意識が暗転するのだった。



「げるぐぐ⁉」


 それからどれくらいの時が経っただろうか。

 突如意識が覚醒した俺は、汗だくになりながら飛び起き急いで自分の首が繋がっていることを確認する。


「はぁ、はぁ……っ。つ、繋がってるよな、首。夢、じゃないよな?」


 痛みこそ感じなかったが、自分の首が落ちていく感覚はあまりにもリアルだった。

 だが、今は首が繋がっているし生きている。


「もしかして、死んでも復活できる系のダンジョンか?」


 俺はネット小説が好きでよく読むのだが、ダンジョン系は死んだらそのまんまと、死んでも復活してダンジョンの外におっぽり出されるタイプがある。

 俺がこうして生きていることを考えると後者っぽいが、それにしては復活場所がダンジョンの中というのは解せない。

 あたりを見渡すと、どうやらここは最下層の中にある部屋の一つのようだった。


「復活地点が最下層に設定されてる? いや、それは流石に難易度くそすぎんか?」


 ダンジョン内で死んだ人間がいちいち最下層に飛ばされていたら、その人の実力によっては死んだようなものだ。

 俺がフィクションに慣れ過ぎてるだけで、実際はこんなもんだと言われたら反論できないが。


「……まぁいい。とりあえず死んでも復活できるなら、まだチャンスはある。とりあえずもう一度、あの通路のところまで行ってまだデュラハンが居るようだったら別の手を考えよう」


 と、そこまで考えたところで空腹を知らせるように俺の腹が鳴る。

 時計を確認すれば現在は14時。

 朝食べたっきりで一回も食事をしていないので、そりゃ腹も減るわな。


「とはいえ、貴重な携帯食をここで使ってしまっていいものか」


 携帯食の数が限られており、またいつダンジョンから出られるかも分からない以上、あまり無駄遣いはできない。

 かといって腹が減りすぎるとパフォーマンスが著しく下がるし、どうしたもんか。


「ん?」


 俺が食事について悩んでいると、突如目の前の壁からテーブルと椅子がニュッと出てくる。

 何を言ってるか分からないと思うが、見たまんまである。

 丸テーブルと背もたれのない円形の椅子。

 そして、テーブルの上にはコッペパンとコップに入った白い液体――匂いからすると牛乳っぽい――と何とも学校の給食を想起するものが置かれていた。

 もしかして、俺が腹減ってるからか?

 誰の差し金かは知らないが、俺に食えと言っているような気がする。

 とはいえ、ダンジョンの壁から出てきたものを素直に食うわけもない。

 罠の可能性もあるしな。

 とりあえず椅子に座り、テーブルに置かれているコッペパン(仮)と牛乳(仮)を確認する。


「匂いとかは、手触りは……本物っぽいな」


 と、それっぽいことを言ってみたものの、少し前までただの一般人だった俺がそんなの見抜けるわけもなく、あくまで記憶と照らし合わせてそれっぽいというだけだ。

 そんな俺の警戒を見たのか、テーブルの上にこんな文字が浮かぶ。


『§ΘΨΘ!』

「いや、読めるかーい!」


 誰も居ないのに思わず大声でツッコんでしまった俺は悪くないと思う。

 おそらく、何かを伝えたいのだと思うが書いてあることが意味不明過ぎて、まったく伝わらない。

 だが、これで確信した。

 どこの誰かは分からないが、確実に俺を観察している何者かが居る。

 そして、書いてある言葉こそ分からないが、こちらの意図を察することはできるらしい。

 あと、なぜか知らないがポンコツ臭がする。

 短いやりとり……と言っていいかは分からないが、なんというか見知らぬ誰かさん……仮にXと呼ぶことにしよう。

 Xからは悪意が感じられない。

 となると、この食事も善意なのだろうか。


「……とりあえず、一口だけ」


 悩んでいる間も腹はグーグーなりっぱなしで、いよいよ限界に近付いてきたので俺はコッペパンを千切ると恐る恐る口の中に運ぶ。


「うん……うん。普通のコッペパンだ」

 

 見た目に反して実はくそまずいとか予想していたが、いたって普通のコッペパンだ。

 とりあえず、毒は無さそうである。

 これが罠なら、わざわざ遅効性の毒にする理由はないし、危険物ではないと考えていいだろう。

 それからしばらく様子見しても体に変化はないので、次は牛乳(仮)を一口飲んでみる。

 うん、こっちも普通に牛乳だ。

 

 その後、結局何も異常が起きることなく食事を終えた俺は、Xに話しかけてみる。


「なぁ、俺の言葉が分かるなら聞いてほしいんだけど、ダンジョンの入口につれていってくれないか?」


 しかし、何の反応も示さない。

 言葉が分からないのかと思い、食事の事を考えたときのように脳内でも語りかけてみるが、やはり反応はない。


「じゃあ、外に連絡する手段とか欲しいんだけど」


 これもダメらしい。

 もしやサービスは食事だけで、他には何も無しなのか?


「……トイレが欲しいな」


 ダメもとで脱出とは関係ないことを要求してみると、別の壁から洋式のトイレが出てくる。

 試しにレバーを回してみればちゃんと水も流れる。

 どうやら、脱出系がダメらしい。

 

「一応聞くけど、俺が脱出を目指すのはセーフか? 問題なければ、またパンを出してくれ」


 俺がそう言うと、少ししてからテーブルの上にまたコッペパンが現れる。

 どうやら、ダンジョン自体が脱出させてくれないが、俺が目指すことはOKらしい。

 ひとまず、ここまでのやり取りで分かったことは、Xは俺を積極的に殺す気はない。

 脱出のサポートはしないが、脱出すること自体は見逃してくれる。

 だからと言って妨害しないとは限らないが、そこまで疑っていたら何もできなくなってしまうので、そこはいったん除外しよう。

 言葉は通じるが、文字は見たことのない言語。


 ……うん、Xの正体がまったく分からん。

 そもそも俺は学者でも何でもないからな。答えの出ないことをいつまでも考えていても仕方ない。 

 脱出を目指す。

 それが、俺の主目的だ。

 Xが出してくれたパンを鞄にしまうと、俺は再び上の階層へと挑むのだった。






 そして、出会い頭にデュラハンに再び首ちょんぱされて最下層でリスタートした。

 くそが!


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【TIPS】

初期ダンジョンちゃんは割とポンコツ

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