日常から思いついた短編集「WANDERING WONDER」
反七夕のプリンス
スパイシーチキンから始まる危険
「おい、お前が食べてんのスパイシーチキンだな?」
マクドナルドの端の席で、私は声をかけられた。
振り向くと、親の顔より見た顔が目の前に浮遊していた。
「おっ、公彦じゃねえか」
浮遊する顔の持ち主は私の隣に座り、口を開く。
「最近仕事はどうだ?
「うるせえな」
私は公彦を小突いた。
お前の頭の中は年中ハロウィンなのか。それが公彦に対していつも思っている事だ。
「それはさておき、次の『顧客』がお待ちだぞ」
1枚のタブレットが私の前に進み出る。
その上には、次の『仕事』の内容が、文字という形で乗っていた。
「ふうん、成程な」私は一通り文字列を見た後、溜息をついた。「また厄介な事件がお目見えか」
「ああ」人の血を吸わずに済む吸血鬼は短く言った。
その文字列によると、最近『人体の自然発火』が頻発しているらしい。発火した人物は全員死亡しており、さらには『ロウソク化説』からも外れる程に痩せている者も自然発火で死亡しているらしい。依頼者は、なんと警察。「迅速な原因究明が求められる」との事だ。
「しっかし、こんなジメジメした季節に、人体の発火なんて起こるのか?」私に続いて公彦も溜息を漏らした。「これは『探偵』の手にも負えない事件だと思うんだが、いっそ『アングラ』の本領発揮するしか無いのか?」
「……だろうな」私は不機嫌に呟いた。
私は小説家で、公彦はドンキの店員だ。だがそれは表の顔に過ぎない。
私と公彦の正体、それは私立探偵組織『アネモイ』の構成員である。『アネモイ』の『探偵組織』という名称も実は建前で、その実態は非合法組織だ。グレーから完全非合法まで、『仕事』の為なら何でもやる。それが『アネモイ』の方針だ。故に、私達はあまり目立とうとはしていない。
しかし『探偵』としての『アネモイ』は実際に様々な事件を解決しており、界隈でその名を知らない者を探すのが難しくなっている程になった。警察が私達に仕事を依頼したのも、その実績による信頼からだろう。
「『アネモイ』構成員として警察にも信頼されてるんだ、依頼は遂行しねえとな」
「ああ、って」
公彦の口が一瞬フリーズした。何の事はない、ただ私が急に立ち上がっただけの事。
「もう行くのかお前?」
「『善は急げ』だろ?ならさっさと調査に決まってんだろ」
「はいはい。お前ホントに仕事熱心だな」
頭を搔きながら公彦も立ち上がる。その時だった。
「うぐっ……」
唐突に耳に入る呻き声。不穏、という言葉が最大級の警鐘を鳴らす。
「おいどうかしたのか公彦?」
慌てて公彦の元に駆け寄る。
「ちょ……ちょっと救急車呼んでくれ……それか水をか――」
そしてそれが起こった。
公彦の体が、突然炎に包まれた。
「ぐああああああっ!!」
「おい!ど、どうしたんだ、おい!」
最悪の光を放ちながらもがき苦しむ公彦。その顔が最大級の苦痛を物語る。周りの客は悲鳴を上げ、店内は騒然の恐怖空間と化した。
「だ、誰か救急と消防を!あと水をどっかから持ってきて!そっちはこの人を見てて!あとの人は落ち着いて!」私は周りの客に早口で指示する。だが騒然は落ち着かない。「公彦、ごめん……っ!」
私はトレイを持ってトイレに向かった。素早く手際よく、を意識しながら蛇口をひねる。
「この水じゃ足りないかもしれねえ……っ!」
他の客に水がかからぬよう用心し、公彦へと道を引き返す。公彦は未だ悶えている。
「おい公彦、水だ!水持ってきたぞ!これじゃ足りねえかもだけど!」
トレイの水を勢いよく浴びせる。不安通り、これでは火が消えなかった。
「やっぱダメだ、皆手伝ってくれ!俺が救急車呼ぶから、皆この人に水を!」
私はカバンに手を入れた。が、焦りの余りスマホをうまく取り出せない。10秒かかってようやくスマホを取り出し、緊急通報を開始する。
その時、違和感が私を襲った。
私の目の前には客席が映っていた。一見すると店中が騒ぎになっている。だが何かがおかしい。しかし、それを考える余裕などない。
私は顔を客席から背けた。そして気付いた。
それは出入口に最も近い席の男。
店中が騒ぎになっている筈なのに、一人悠長に食事を楽しんでいた。
どれだけ周りが見えてないんだ、お前イヤホンしてるだろ、と思ったが、彼の耳にイヤホンは無かった。何も耳に装着されていない彼には、この騒ぎが聞こえている筈だ。しかし、男はそれでも悠長に食事をしている。男の背にあるリュックがあまり動かない事がそう物語っている。
そして、男は何事も無かったように店を後にしようとした。
最大級の警鐘が、私の目から鳴り響く。
気づけば私は駆け出していた。
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「そこの人止まって下さい!」
群衆をかき分けかき分け、彼を追う。
信号は青。彼も私も、横断歩道を渡る。
カラオケ店のある通りにこんな光景はいらない、と思っていたが人命の為にはやむを得ない。
彼が右折するのを見て、私も右折した。
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錦3丁目。
治安の悪そうな、風俗街。
ゴミがあちこちに転がり、この地域がいかに『ヤバげ』なのかを道行く人々に教えていた。英語教師よりも『教える』事に長けている。
だが、それよりも遥かに『ヤバげ』な者がそこに逃げ込んでいた。
その駐車場は空だった。車一つ、そこには無かった。
そこに彼が逃げ込んだ。行き止まり、という事も知らずに。
こうなってしまえば私の勝ちだ。私の方がこの街に精通している。
「とうとう追い詰めたぜ」私は男を追い詰め、勝ち誇った顔を作った。「お前、俺のダチを燃やしたろ?だからあの騒ぎの時、一人悠長に食べてたんだろ」
「そ、それは違います!」男――中肉中背、29歳くらい、チェック柄シャツ――は否定した。「騒ぎがまさか騒ぎが起きるなんて思いませんでしたよ!せっかくリラックスの為にマックに行ったのに、なんてひどい目に合うんだろうって!そしてただうずくまってました!それでもあんまりうるさいから店を出た、ただそれだけです!なんで僕が犯人だって言うんですか!」
「それにしちゃあ不快そうにしてなかったじゃねえか」
「ひぇっ……」
「それに見たんだ、お前がリュックにスパイシーチキン大量にぶっ込むのを。普通の客はそんな事をしねえ。仮にするとしたら、色んな種類を詰める筈だ。だがお前、全部スパイシーチキンじゃねえか」
「えぅっ……」
「こんなに大量のスパイシーチキン、太るのが気にならねえような奴以外に買う奴が見当たらねえ。お前それ程太ってねえじゃねえか。だとすると理由はただ一つ」
「あわわっ!」男が尻餅をついた。
「お前、異能者なんだな」
次の瞬間、火球が私の頬をかすめた。
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「いっ……」
歯を食いしばって瞬時の痛みを耐える。
「ふっ……正解だなお前」男は言った。「誰が死んでもいい、ってのが俺のポリシーだが……流石『アネモイ』、やっぱ殺すに値するぜ」
「お前……何でそれを知ってんだよ」
「その前……にっ!」
言葉と共に、私の後ろのフェンスが火柱に変わった。私の退路が断たれる。
「お前……さっき逃げたのもわざとか?」
「そうだよ。お前らクッソ邪魔だからな、先に消しとかねえとって思ったんだよ」
「成程な。誰かに雇われたのか?」
「雇われた、って訳じゃあねえよ。ただ今後の活動に邪魔ってなだけ」
「じゃあ単独犯か?それでよくこんなにも周到になってんのな」
「そうだろうよ」男は胸を張った。「何てったって俺は『スコヴィル値を炎に変える』能力の持ち主だからな」
「それでスパイシーチキンを大量に買い込んでた、って訳だな」私は人差し指の先を男に向ける。「それだけあれば十分だな」
「おいおい、何が『十分』なんだ?」男は嘲笑を私に浴びせる。「どういうメカニズムでお仲間が燃えちまったのか、分からねえのによぉ」
「それが分かった、ってんだよ」今度は私が胸を張る。「お前が辛い物を食べた後、何かに手を触れたらいいんだろ?それはさっきの石・で分かった。任意のタイミングで燃やせるって事も含めてな」
「お前……」
「お前が触った椅子に俺の仲間が座り、お前がタイミングを見計って炎上させる、って方法だったんだろ?お前の異能のシステムはもう分かった」
「……」男が地面に顔を向けた。
「そしてそういう状況を作る為に、『警察』と偽って俺達に依頼ふっかけてきた。そうだろ?」
「――合ってるぜ……だがそれだけじゃあなぁ!」
「!?」
私は動揺した。だが遅かった。
地面が、一気に燃え上がった。
凄まじい熱気。私の呻き声が、空しく炎の音に消える。
「ハハハハハッ!」敵の笑い声。「お前は『警察の依頼』ってのに引っかかった時点で負けてんだよぉ!解除してほしかったら『アネモイ』の本拠地について言えよオラァ!」
炎の声より朗らかに、敵の声が耳に入る。
私の呻き声も、もはや意味を為さない。
「分かった……分かった、教えて、やる……ぐああっ」
私は余力を総動員し、声を振り絞った。
「そいつぁ良かった!今日はすんなり事が進む、進みすぎて怖えよぉ!」
「ああ、お前の勝ちだ……お前、スゴかったな……相手が俺じゃなかったらな」
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「えっ……?」
呻いてた奴の声が、急に元の調子に戻った。こんな炎の中でまともに喋れる奴などいねえ筈だ。だが奴の声は元の調子どころか、とてもこの炎を涼しいとでも言ってるような声だった。
「ああ、教えてやるよ……俺達の、『正体』をな」
次の瞬間、俺の頬に衝撃……。
「ぶへあっ!?」
俺の体が地面を転がる。炎の中を生きられるのは俺だけの筈だ。だがあの拳、絶対に奴の攻撃だ……なんでだ……?
と思った瞬間、今度は大きい槍のような感覚が俺の胴体を襲う。
「ぐおあっ!!」
痛い痛い痛い!もう何がどうなってんだ!
「お前……俺達が『異能者』だとは思ってなかっただろ?」
「へ……」
そして奴が姿を現した……っておいおいおいおい!
奴が……異能者?まさか!
「俺達『アネモイ』はな、ただの探偵組織じゃねえ。全員がそれぞれ異能を持ってんだ」
「お前らぜ、全員……!?」
「俺の場合は、なんと『異能無効化』。どんな異能攻撃も全く通用しないぜ」
待った、俺……とんでもない奴に手を出しちまったのか……!?
「さて、授業は終わりだ」そして奴は右手を固く握った……。「お前にはぶっ倒れてもらう。次に起きるのは留置場内だな」
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消防と救急が来たのは、通報から7分後だった。
周りの人々の助力もあって、公彦はどうにか命を落とさずに済み、さらに程度も『第Ⅰ度熱傷』だった。早く元の吸血鬼もどきを見てみたいものである。
私達を襲った男は警察に引き渡され、私の警察へのアドバイスによりスコヴィル値0の食べ物しか食べられなくなってしまった。お前は刑務所でスコヴィル値0生活を送ってろ。
という事で。
私は『アネモイ』の本拠地に呼び出され、感謝状を贈られた。なぜ感謝状、と言う者もいるかもしれないが、何せ首魁さんは遊び心があるからな。
そしてその帰りに、私は公彦の入院している病院に寄った。
「公彦、いるか?」
「ああ、なんとかな」
私は公彦の前に出た。そして驚いた。
そこには、何事も無かったかのように『吸血鬼もどき』がいる。
「おい……お前、全身やけど追ったんじゃなかったのか!?」
「あれ、言ってなかったかな?」吸血鬼もどきは首を傾げた。「ああ、言ってなかったなゴメンゴメン。そういや話す機会なんて少しだもんな」
「え……?」
「俺の異能は『睡眠回復』。一眠りするだけでどんな傷でも治る、ってやつさ」
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ども、反七夕のプリンスです。
僕は愛知県民なので、よく名古屋へ行きますが、好きなスポットの一つに栄のマクドナルドがあります。
僕の好きなメニューはスパイシーチキンなんですが、それを食ってたらすぐさま思いついてしまったので書いてみた次第です。
ちゃんと書いてる途中で、起承転結ができちゃってんな、って思いました。
すげえな。
という訳で、何も思いつかなかった時に食べ物一つで思いついた即興短編でした。
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