ヒロイン達のことを娘のようなものだと思っている不老不死系主人公VSそんな主人公のことをわからせたいヒロイン達
音塚雪見
幽明境を異にする
第一話
昔々、まだ神々と人間が交流を持っていた頃の話。
今や誰の記憶にも記録にも残らず、なかったことにされた歴史。
ある一人の少年と、彼が不老不死になった理由を綴る。
◇
「お初にお目にかかります、精霊様」
『……呼んでないんだが』
身体から輝きを放つ圧倒的な存在感。あまりにも大きな木の上にいたのは、この周辺で崇められている精霊だった。彼女は緑髪をいじりながら、困惑した表情を浮かべている。
「いや、しかし村の呪術師の占いによると」
それに言葉を返すのは黒髪の少年。精霊の言葉に同じく困惑したような雰囲気を醸し出している。
『あの骨を焼いて出来た罅で占うやつ? 偶然だよね』
「そんなこと言われても、俺も全てを捨てて生贄としてやってきたので……」
『困る困る。私そんな生贄とか求めたことないから』
ぶんぶん、と思い切り首を横に振る緑髪の少女。
それに対して思い切り眉をひそめる黒髪の少年。
両者ともに見た目だけ見れば同年代のようだが、その実彼らの生きてきた年数は天と地ほどの差があった。
「えぇ…………時々生贄をお送りしてきたじゃないですか」
『うん、その度に送り返してるよね?』
「いや、俺達の村には戻ってきていないですが」
『えぇ? 私はちゃんと戻したはずで……………………うわぁ、君達エグいことするね。今ちょっと過去を見てみてみたけど、村に戻した子達殺されてるじゃん』
「マジですか?」
『マジですよ』
精霊の返答に手を顎に添え、唸る少年。
「それ俺も村にノコノコと戻ったら殺されるやつですよね」
『だろうねぇ』
「……流石に死にたくないんですが」
真顔で訴える。
まだ年若い少年だと言うのに、随分と疲れたような雰囲気だ。よく見れば薄っすらと目の周りに隈が浮いており、この生贄の件で悩んでいたことが伺える。
いくら永きを生き、人間とは隔絶した感覚の持ち主である精霊であっても、こうまで苦しんだであろう子供を見放すのは忍びない。しかしこの周辺は山に囲まれ、凶暴な生き物達も跋扈している。近くに村以外の人間の居住地はないし、かと言って一人で生きていくには環境が厳しすぎる。
さて、どうするか……。
と、精霊が考え込んだとき。
「拾ってもらえませんか」
『え?』
「いや、このまま村に送り返されても死にますし、じゃあ逞しくサバイバルしてやるぜ! って山に飛び込んでも三日後くらいに犬の餌になってそうですし。どうしたら生き残れるかな、と考えたら精霊様に拾ってもらうしかないと」
『私精霊なんだが???』
「お構いなく。日当たりの良い部屋と、ふかふかの布団と、ちょっとばかしの食料があれば十分です。あ、でも、たまにはお肉とか食べたいですね」
『厚かましいな』
「そうしないと生きてこられなかったもので」
相変わらず真顔で言う少年。
謎の圧を感じ、思わずたじろいでしまう精霊だったが、(いやいやここで負けたら人間の子供を拾うことになってしまう……別にこれと言って問題があるわけではないが、何話せば良いのかわからないし)と思い直す。
案外話下手な精霊であった。
「あれです、精霊様はお食事が好みと聞きます。もしも俺を拾ってくださるなら、毎食俺が作りましょう」
『ほう、君は料理上手なのかな?』
「今まで生きてきて一度たりとも手を付けたことがありません」
『それでよく自信満々に言えたものだ』
料理という言葉に少しぐらついた精霊だったが、返された言葉に真顔になる。傍から見たら両者ともに真顔というちょっとおかしな空間だった。
「……」
『…………』
「………………」
『……………………』
「…………………………」
『………………………………』
「お願いします、精霊様以外に頼る術がありません」
『ほら、そこは私軽い精霊じゃないから』
「俺の女になれよ(ドンッ)」
『うーん、急にオラオラ系。そんなのじゃ女の子にモテないゾ♡』
「精霊様以外には興味ないので」
『おぉう…………ちょっとキタよ』
「?」
『そして無意識かぁ』
思わず精霊は頭を抱えた。これ以上問答を続けても、何かしら少年が言って終わる気がしない。それと将来酷い女泣かせになりそうだ。
だったらここらで諦めて、彼を拾ってしまうのも問題ないんじゃないか、と思い始めた。それにこんなに誰かと話したの初めてだし。
精霊が生まれてから数百年、基本山の中に引きこもっている彼女は誰かとの会話に弱かった。
『……はぁ、良いよ。うん。もう良い。アレだ、拾ってあげるよ』
「…………本当ですか?」
『マジマジ』
「一生ついていきます」
今まで死んだ魚のような目をしていたのに、その言葉を聞いた途端目をキラキラとさせる少年。
輝きに目をやられ、『うっ!』と精霊は目を逸らした。彼女はマナの塊なため、素でキラキラと輝いているのだが……自己評価が低いのだろう。
『一生はついてこなくていいから。不老不死はあんまり楽しくないぜ?』
「じゃあやめときます」
『この落差よ。引いたことないけど風邪引きそう』
◇
それから一週間後。
「……意外と普通だな」
少年は燦々と輝く太陽を木の葉の隙間から垣間見つつ、ポツポツと一人歩いていた。
ここは精霊の森。彼が生まれ育った村では、神聖な場所として立ち入りが禁止されていた。入れるのは、呪術でもって未来を占う占い師か、その後出てくることはない生贄のどちらかだけ。
しかしこうして散歩していると、そこらにある森と何ら変わらない。
山に囲まれた閉鎖空間。それぞれの山は険しく、常人では越えられない……ということはないが、そこに住む生き物達――人間らの間では魔物と呼ばれる――が凶悪で弱者である人間では到底越えられない。ある意味で険しき山と言えるだろう。
盆地の中心部から少し山に近づいたところにある村、そこが彼の故郷だ。
「見えた」
盆地の中心に位置する精霊の居住地から、歩いて三十分ほど。そこからは木々が極端に減るので、まだ村まで結構距離があるが視認できる。
少年は草むらに身を隠して、村の様子を観察することにした。
(当たり前だけど……俺が生贄になって、消沈してたりはしないか)
遠目でも村はいつも通り賑やかであることがわかる。
作りの粗い見張り台に立っている人間は純度の低い酒を呷り、穀物の畑では収穫時の穀物を刈っている。小さな子供達がその畑の中を駆け巡って、親らしき人物に窘められていた。
「俺の親は誰なんだろう」
彼の者共の親を見たせいか、するりと口から疑問が零れ落ちる。
村に生まれ落ちて十数年。少年の親と名乗り出る者はとんと現れなかった。元々彼は野卑の家――村の中でも、山に近い位置にある家。ボロボロで雨風を凌ぐのがやっとで、歴代の生贄は必ずこの家から排出された。占いによると生贄は無作為に選ばれるはずなのに――の出身で、まともに「人間扱い」などというものをされたことがない。
当然友人などおらず、一人で過ごしてきたのだが……。
人間は精霊などとは違い親から生まれてくる。では、俺の親は一体何処に?
あのシアワセな村の中でのうのうと生きているのか、それとも、自分のように既に生贄として――。
その先を考えようとして、少年はハッと頭を振った。
「良いんだ。俺はもう
言って、村に背を向ける。関わりを断つように、思い残りを捨てるように。
「俺は、もう、ここには戻ってこない」
少年は、全てを捨てて、精霊の居住地へと戻って行った。
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