5
「海の向こうからね、来るんですよ、商人が。金と鉛とネタを担いで」
「……」
「親父が存命なら、許しゃしなかったでしょう。でもね、息子ってなぁ、父親の後追いじゃ満足できんのですよ」
「……」
「親父が偉大であればある程、親父と違う形で自分を立てなきゃならん、なんとなれば殺さにゃならん。そうでもなけりゃ不安で不安でたまらない。いつまで経っても自分で自身を愛せない。本能でそう、理解しているんですな」
「……」
「私もね、判らなくはないんですよ。男ですからね、私も。しかしね、連中はダメです」
「……」
「連中の頭にゃ、銭勘定しかない。人間が、おらんのですよ。人を見て、けれどまるで見ちゃおらんのですよ」
「……」
「それじゃ、いかんのですわ。こんな稼業に身をやつしているからこそ、忘れちゃいかんのです。自分が何を相手にしているのか。目の前の相手に、自分が何をしでかそうとしてんのか。人間を、顔を、直視しなけりゃならない」
「……」
「私ァね、そう教わったんですよ。亡くなった先代から。何事も、愛がなきゃあいかん。愛がなきゃあ、人間おしまいだァ……ってね」
「……」
「なあトラよ。お前さんもそう思うだろう?」
「はいキツネの兄貴。俺もそう思います」
「そうかいそうかい。……お前はホント、不器用だねぇ」
「恐縮です。……そうでしょうか?」
「自覚のなさがその証明さね。なあ先生……先生も、そう思いやしませんか」
「……」
「なあ、先生」
「……キツネ」
「くっくっ、せっかちですな。わかってますとも、書くんでしょう? 愛してもらえるもんを。色々くっちゃべっちまったけども案外、それで正解だったのかもしれませんな」
「……」
「怒っちゃいませんよ、残念ではありますがね。私ァ本当に、先生のファンだったもんですから」
「……」
「じゃ、こいつでおそらく最後です。いいですか先生、ここいらはもう、うろついちゃあいけませんよ。私らの勝手にカタギを巻き込みたかァないんでね」
「……」
「こいつァ、私のケジメですから」
「……なあ」
「なにか?」
「……愛って、なんだ」
「…………くはっ」
「なあ」
「くくっくくく……皆まで言わせんでください。そんなもん、決まってるでしょうよ」
「……」
「そいつの幸せを祈っちまいたくなる気持ち、ですよ」
「……」
「相変わらず繊細ですな、先生は」
「……」
「嫌いじゃなかったですよ、先生との逢瀬。もう一度会えることを望んじまうくらいにはね」
「……」
「それじゃ先生、お達者で。幸せってやつに、どうぞよろしく」
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