「海の向こうからね、来るんですよ、商人が。金と鉛とネタを担いで」

「……」

「親父が存命なら、許しゃしなかったでしょう。でもね、息子ってなぁ、父親の後追いじゃ満足できんのですよ」

「……」

「親父が偉大であればある程、親父と違う形で自分を立てなきゃならん、なんとなれば殺さにゃならん。そうでもなけりゃ不安で不安でたまらない。いつまで経っても自分で自身を愛せない。本能でそう、理解しているんですな」

「……」

「私もね、判らなくはないんですよ。男ですからね、私も。しかしね、連中はダメです」

「……」

「連中の頭にゃ、銭勘定しかない。人間が、おらんのですよ。人を見て、けれどまるで見ちゃおらんのですよ」

「……」

「それじゃ、いかんのですわ。こんな稼業に身をやつしているからこそ、忘れちゃいかんのです。自分が何を相手にしているのか。目の前の相手に、自分が何をしでかそうとしてんのか。人間を、顔を、直視しなけりゃならない」

「……」

「私ァね、そう教わったんですよ。亡くなった先代から。何事も、愛がなきゃあいかん。愛がなきゃあ、人間おしまいだァ……ってね」

「……」

「なあトラよ。お前さんもそう思うだろう?」

「はいキツネの兄貴。俺もそう思います」

「そうかいそうかい。……お前はホント、不器用だねぇ」

「恐縮です。……そうでしょうか?」

「自覚のなさがその証明さね。なあ先生……先生も、そう思いやしませんか」

「……」

「なあ、先生」

「……キツネ」

「くっくっ、せっかちですな。わかってますとも、書くんでしょう? 愛してもらえるもんを。色々くっちゃべっちまったけども案外、それで正解だったのかもしれませんな」

「……」

「怒っちゃいませんよ、残念ではありますがね。私ァ本当に、先生のファンだったもんですから」

「……」

「じゃ、こいつでおそらく最後です。いいですか先生、ここいらはもう、うろついちゃあいけませんよ。私らの勝手にカタギを巻き込みたかァないんでね」

「……」

「こいつァ、私のケジメですから」

「……なあ」

「なにか?」

「……愛って、なんだ」

「…………くはっ」

「なあ」

「くくっくくく……皆まで言わせんでください。そんなもん、決まってるでしょうよ」

「……」

「そいつの幸せを祈っちまいたくなる気持ち、ですよ」

「……」

「相変わらず繊細ですな、先生は」

「……」

「嫌いじゃなかったですよ、先生との逢瀬。もう一度会えることを望んじまうくらいにはね」

「……」

「それじゃ先生、お達者で。幸せってやつに、どうぞよろしく」

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