「よお、奇遇だな」

 電車で、ロゴと会った。隣に、ロゴが座ってきた。ロゴの鞄の中から、大量の紙の束が、見えた。

「……持ち込みですか」

「ああ……ああ、そうさ」

 ロゴが、鞄ごと、紙の束を、抱きしめた。抱きしめられた紙の束が、ぐしゃりと音を立てて、折れ曲がった。ロゴの口の端から、よだれが流れ落ちていくのが見えた。

「こいつは大傑作だ。間違いない。俺がこれまで書いてきたものの中で、最高の小説さ。こいつさえあれば間違いなく、俺は返り咲くことができる」

「そうですか」

 会話は打ち切られた。夕焼けの差し込む電車に、俺達は並んで揺られた。がたんごとん、がたんごとん。心臓のリズム、心臓のリズムだ。そんな考えが意味もなく、頭の中に浮かんでは消えた。

「嫉妬してくれ」

 とつぜん、ロゴが言った。

「嫉妬してくれ、嫉妬。お前だけでも嫉妬してくれ。生きてくためには、そいつが必要なんだ」

 電車に揺られながら、ロゴが言った。

「頼むよ。俺はまだ、自分を信じてたいんだ」

 俺を見ずに、ロゴが言った。

「なあ、頼む。頼む……」

 何も見ずに、ロゴが言った。

「……そうかい」

 電車が止まった。日ノ輪出版本社の最寄り駅に。覚束ない足取りで、ロゴが電車から降りていった。俺は、降りなかった。降りようとして、しかし、身体がそれを拒絶した。電車が発進した。どこへ行くとも知れぬまま、電車に揺られ続けた。がたんごとん、がたんごとん、心臓のリズム、心臓のリズム――。




 ロゴが人を殺して捕まった。


 被害者は彼がデビューした当時担当していた編集にて、現日ノ輪出版第三編集部編集長――高良文彦。

 拘束直後のロゴからは重篤な薬物反応が検出されたため、警察ではその販路の捜査も進めていると報道された。

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