第8話 炎のブレイブと氷のアストレアの場合

 やってきました四日目、今日と明日働けばお休みがもらえるそうです。

 やったぜ!


「さて、こうしてクロード君にはご足労してもらったわけだが」


 と炎のブレイブ。


「君にやってもらうのは皿洗い、食器磨き、テーブルセット、食器の回収、これだけだ」


 と氷のアストレア。


「えっと、それは分かったんですけど……」

「「なんだ?」」

「お二人とも、なんでエプロンつけてるんですか?」


 そう。

 四天王最強と言われる炎のブレイブと四天王最優と言われる氷のアストレア。

 腕を振るえば猛火で敵を焼き、吹雪が踊る。

 人界で恐れられたこの二人がなぜか、ピンク色の可愛らしいフリフリのついたエプロンをつけて俺の前に立っている。


「なんで……あぁ」

「そうか、君は我々の仕事内容を伝えられていないのだな」

「おっしゃる通りで」

「なるほど。であれば教えよう」

「我らは魔王城の料理番」

「腕を振るえば食材が美味しく焼き上がり」

「冷たく美味しいデザートが踊る」

「あーはは……そうだったんですか」


 二人してバッチリポーズを決めているが、ピンクのエプロンのせいでどうにも締まらない。


「む。貴様このエプロンを凝視しているな」

「貴様にはこのエプロンの凄さが分かるのだな」

「えっと、凄さとは」

「このエプロンは魔王クレア様が直々に賜ってくれたものだ」

「えっそうなんですか」

「いかにも。このエプロンは油を弾き、汁や調味料の汚れから我らを守ってくれる」

「それがエプロン本来の役目ですよね?」

「おそらく魔獣テンペストの猛威からでも我らをお守りくださるだろう」

「いやそれは言い過ぎな気が……」


 エプロンを握りしめて恍惚とした表情の二人と、人界で恐れられている二人が同一人物だとは到底思えない、ていうか思いたくない。

 まぁでもそれだけクレアに忠義を誓い、絶大な信頼を置いているという現れなのだろう。


「さて、そろそろランチタイムだ」

「果たして新入りの人間にこの地獄が耐えられるかな……?」

「あはは……お手柔らかにお願いします」

 

 悪どく笑う二人の表情は地獄がお似合いな怖さだが、ランチでどう地獄を見るのだろう。

 と、この時の俺はそう思っていた。

 チーン、と食堂がオープンする合図が鳴ると同時に兵士のみなさんが雪崩れ込んできた。


「クロード! 席についた順番から水を出せ!」

「はい!」

「クロード! 五番テーブルが呼んでいるぞ!」

「はい!!」

「クロード! ピリ辛クラーケン炒め! 七番テーブルご飯大盛りだ!」

「はいい!!!」

「クロード!」

「クロード!」

「はあああい!」


 ガムシャラに動き、二人の指示を聞き出来上がった料理を捌き、水を出し、食器を下げる。

 戦争のようなランチタイムが終わり、俺は満身創痍でお皿を洗っていた。


「どうだった?」

「アストレアさん……いやあ、正直舐めてました……」

「はっはっは! そうだろうな! だがクロード、いい動きだったぞ?」

「本当ですか? ありがとうございます」

「王国では色々あったと聞く。その心情は窺い知れないが……こちらではあまり無理をするなよ?」

「はい。ありがとうございます」


 山積みされた食器とグラスを洗い終え、椅子に座って一息ついていると、コトリ、とテーブルに何かが置かれた。

 いい匂い……。


「飯だ。食うがいい」

「え! いいんですか!?」

「無論だ。腹が減っては戦は出来ぬというだろう?」

「そうです、けど……い、いただきます!」

「味わって食えよ」

「ふぁい!」

「はっはっは! そんなにがっつかんでも飯は逃げん、ゆっくり食うがいい」


 四天王二人に見守られながら、肉と魚介炒めをおかずに大盛りのご飯をばくばくと食べ進めていく。

 皿の上はあっというまに綺麗になり、俺のお腹は見事にふくれていた。


「少し休憩したらディナーの準備に取り掛かるぞ。覚悟しておけ」

「ウィ! シェフ!」

「ふん、調子のいいやつめ」


 こうして俺は二人にしごかれながらディナー戦争を生き残り、棒のようになった足を引き摺るようにして自室へと帰ったのだった。

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