あなたにも最愛と思えた人はいますか?

伽藍 瑠為(がらん るい)

第1話「感情と理性」

1「感情と理性」





2023年6月27日。

今年の六月は雨が少なく、夏の暑さが既に感じられた末の事。

そんな日にずっと昔から一緒に過ごしてきた大親友の想司(そうし)と僕は自室で対話をする。


「大丈夫?」


六月なのに最高気温二十九度の為、早々と冷房を効かせた部屋で想司は腕を枕に自室のベッドから天井を見上げ言う。


「智理(ともり)……お前が正しかったって今では思うよ……」


想司とは幼い頃から何事も共有してきた友、知らないことはないと言っても過言ではない仲、だからこそお互い喧嘩が耐えない時もあったり、それでもお互いがお互いを必要と理解し合え、お互いには欠かせないと言い切れる物である。


「だから僕は何回も言ったよ。 でも想司(そうし)……君自身もわかってた事だろ?」


「……まぁ……わかってはいたよ。 いつかはこうなるって、わかってはいた。 でもそれを変えたかった。 この運命を変えたかった。 その為にできる限りの事はしたし、頑張った」


「なら良いじゃないか」


「だからこそだよ……お前にならわかるだろ?」


「まぁね」


「もしかしたらの永遠を求めて頑張った分、足掻いた分、俺はこの結果を変えられなかったことが悔しいし、その分……凄く切なくなってるんだよ」


本当は思い詰めてその言葉を口にしたいはずなのに、今にでも涙が出そうなのを想司は我慢している。

でも想司がそうしないのは、軽く自分を取り繕わないと平静を保っていられないから。

だからこそ淡々と言葉を口にしているのを僕は知っている。

きっと理性ではわかっていても感情はまだ荒れている。

想司は璃々(りり)さんという女性にそこまでの思いがあった。

入れ込んでいた。

惚れていた。

愛してた。

大切にしていた。

いや、今も大切なのは変わらない。

しかしそれでも、想司はその現実を受け入れようと言霊のように口にする。


「あぁ……ついに終ったなぁ……」


想司は去年の八月三日から交際していた璃々(りり)さんと昨日に別れてしまう事となった。


「終わっちゃったね。 でもちゃんと話し合って、自分でも理解して、これが正しいって、お互いがお互いの優しさの上での結果だった……喧嘩じゃないからそれだけまだマシだったんじゃない?」


「……まぁ……うん」


僕は知っている。

想司が璃々さんとの交際で感じた感情達は過去の恋愛を遥かに超えていた。

今まで感じてはいたが、理解できなかった物。

緊張、興奮、高揚、感動、まるで中学生に戻った様なそんな無垢な気持ちを始め、子供への愛情表現にも近い好きが大好きに変わり、大好きが愛してるに変わり、そして、それは尊いと身に実感し、更にそれを最大限表現できた恋愛は想司にとって、人生の恋愛の中で一番になったことを僕は知っている。

だから僕は想司に伝える。


「何回も言うけど、その胸の痛みなんかと比べられないほど璃々さんへの思いはもっと大きい。 その気持ちを、その思いを、璃々さんへの愛情を、想司は辛かったで片付けていい訳がない。 想司は璃々さんの事をめちゃくちゃ大切にしていた。 僕だって想司が大切にしてきた璃々さんを大切にしてきた。 だから今の辛さを想司は大切にした方がいい」


「……確かに……」


「想司は中途半端な思いで璃々さんを愛してたなかった。 そうでしょ?」


「うん……それは、はっきりと断言できる。 本気だった……本気だったからこそ辛い」


「わかってるならその璃々さんに抱く思いも、悲しさも、辛さも、涙も全部を大切にしなきゃね」


「そうだよな……でもわかってはいる。 でもまだわかりたくない自分もいる」


「それで良いと思う。 その度に僕が君に言い続けるし、伝え続けるよ」


「うん。 ありがとう」


そして、想司の璃々さんを諦められない気持ちが僕に聞いてくる。


「なぁ……智理……」


「ん?」


「……いつか……また璃々さんと出会えるかな?」


「縁がまた繋がればな。 でもきっと何か意味があると思う。 この出会いがあった意味が……」


「意味か……」 


「まだその意味は僕にはわからない。 けど、その意味を一緒に探していこう」


「そうだな……でも確かに、これが終わりとは思えないんだよなぁ……」


「それは何となく僕も思うところ」


「それが意味なのかな?」


「さぁ……どうだろうね。 でもその意味を作るのは想司であって想司でない」


「どう言う事?」


「何もしなかったら意味は見出せない。 だから意味を探す……けど、その意味を教えてくれるのは時間だからね」


「確かに……」


「そういえば、本当は璃々さんと約束してた二十八日はどうするの? 予定空いちゃったよね?」


「とりあえず楽しいことしたいな」


「なら、予定入れようよ」


「そうだな。 確か食事の予定を組もうとしてた不動産のお客さんに連絡して予定入れちゃおうか」


「うん。 それが良いと思うよ」



想司のここ数年の人生は兎に角大変だったと、または壮絶だったと言い切れるのを覚えている。

しかし、世の中にはもっと大変な人もいると思う。

だが、僕が知る中では想司と一緒に実感したからこそ大変だったと思えた。

想司は結婚し子供を授かり、離婚してはいるが、同居の体制にある。

そんな中、想司は同じ職場の璃々さんに恋をしたのだ。

それも想司の人生を見てきた僕でも過去に無い、貴重で、とても大切で、宝と言ってもいい、そんな恋愛ができた事を羨ましいと思う程の恋だった。


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