喫茶店で隣に座った二人組が最終回の空気感を出している
胡麻桜 薫
前編
夏の暑い日、俺は駅の近くにある喫茶店に入り、アイスコーヒーを飲んでいた。
店内は程よく空いており、静かで落ち着いている雰囲気が心地よかった。
(ふう、涼しくて癒されるなあ・・・)
隣のテーブルには、二十代くらいの男性が一人で座っている。
その男性はなにやら神妙な面持ちをしており、テーブルに置かれたアイスティーを飲むこともなく、握りしめた自分の両手をじっと見つめていた。
とは言え、俺はそんなこと全く気にしていなかった。
(さてと、少し本でも読むかな・・・)
カバンに手を伸ばしかけた時、店の入り口から誰かがこちらへ近づいてきた。
「久しぶりだな、ミコト」
近づいてきたのは、快活そうな男性だった。その男性は、俺の隣に座っている神妙な面持ちの男性のことを、ミコトと呼んだ。
「サトル・・・」
ミコトと呼ばれた男性は、やってきた男性のことをサトルと呼んだ。
見知らぬ他人(しかも二人)の名前をはっきりと聞き取ってしまって、俺は微妙に気まずさを覚えた。
ちなみに、サトルの方もミコトと同じく、二十代くらいに見える。
サトルはテーブルを挟んでミコトの向かいにある椅子を引き、そこに腰を下ろした。
「元気そうだな」
そう言って、サトルはミコトに笑顔を向けた。
「ああ、元気にやってるよ。サトルも・・・元気そうだ。変わってないな」
サトルが席についたのを見て、店員がテーブルに注文を取りにきた。
「それじゃあ・・・アイスココアお願いします」
注文を終えると、サトルはミコトに向かってしみじみと言った。
「あれから、もう二年か・・・」
「信じられないよな、二年も経ったなんて」
(二年振りの再会なのか・・・っていうか、会話がめちゃくちゃ耳に入ってくるな・・・)
隣のテーブルとの距離が近いうえ、二人共がハキハキとした声で喋っているので、聞きたくなくても会話が聞こえてくる。
どうにもならないことなのだが、盗み聞きをしているようで居心地が悪い。
俺はカバンから文庫本を取り出し、そちらに意識を集中させようとした。
「サトルは・・・親父さんの店を継いだのか?」
「ああ、店長としてあの店を守っていくのが、今の俺の使命だ」
サトルはそう答えると、店の外を眺め、穏やかな微笑を浮かべた。
「街は平穏そのものだ。あんな戦いがあったなんて、嘘みたいだよな」
(ん?)
俺は思わず文庫本を閉じ、テーブルの上に置いた。
(戦い? 戦いって言ったか、今?)
「誰も知らないんだよ、あの戦いのこと・・・」
ミコトはどこか寂しげに言った。
(やっぱり、戦いって言ってる・・・!)
「そう、二年前に俺達が必死に戦っていたことなんて、誰も知らないんだ・・・!」
「ミコト・・・」
(確かに知らなかった・・・なんだか申し訳ない・・・)
「ミコト、これでいいんだよ。魔王との戦いのことなんて、知っているのは俺達だけでいいんだ」
(魔王!?)
俺は目を見開き、二人の方に思い切り顔を向けてしまった。幸い、二人が俺のことを気にする様子はない。
(ま、魔王!? 魔王と戦ってたの!? てか魔王なんていたの!?)
その時、何だかこういう会話どこかで聞いたことあるな・・・と先ほどから思っていた俺は、ハッとあることに思い当たった。
(これ、あれだよ・・・アニメや漫画の最終回で最後の戦いが終わった後に場面が数年後に飛んで、平和になった世界で仲間同士が再会するやつだよ・・・!)
俺は気持ちを落ち着かせようと、残っているアイスコーヒーをグビグビ飲んだ。
(最終回だ・・・隣のテーブルで、最終回が展開されている・・・)
「わかってる・・・でも、何だか切なくなるんだ。あんなに過酷な戦いだったのに・・・ってさ」
ミコトは影のある表情で、じっとテーブルを見つめた。きっと、彼は辛い戦いの日々を思い返しているのだろう。
「そうだな・・・魔王から地球を守るための戦い。その戦いの中で、俺達はいくつもの試練を乗り越えなくてはいけなかった・・・」
(うわあ、地球規模の話だったあ・・・思ったより規模デカかったあ・・・)
「でもさ、ミコト。俺達は地球のピンチを救うことができたんだ。あの戦いがあったからこそ、今の平穏な日常がある。それだけで、満足できるじゃないか」
「・・・ああ、そうだな、サトル」
(ええ〜そんなに地球ピンチだったのか・・・全然知らんかった・・・二年以上前からこの街住んでるけど、なんも変わってないように思える・・・)
俺は両手で頭を抱えた。
(あれか? 一般人は記憶とか操作されてるパターンか? なんか嫌だなあ、なーんかモヤモヤするなあ・・・)
しばし、隣のテーブルには沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはミコトだった。
「俺さ・・・」
ミコトは、少しだけ朗らかな表情で言った。
「今、小説を書いてるんだ。『架空の物語』としてでもいいから、俺達の戦いのことを、世の中に残しておきたくって」
俺はハッと顔を上げた。
(! 生き残った登場人物が劇中の出来事を小説として世に残そうとするやつだ・・・! あるよなあ、そういうのも・・・!)
それを聞き、サトルは嬉しそうな顔をした。
「おお、いいじゃないか・・・! いつか、俺にも読ませてくれよな」
「ああ、もちろんだ」
その時、不意に可憐な声が聞こえてきた。
「サトルさん」
二人(と俺)は同時に、声のした方に顔を向けた。
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