蟲媒夏
木古おうみ
上
子どもの遊びに真剣に付き合うような大人なんか、まともじゃねえんだよな。
よくある話だろ。
研修生の頃一番優しくてよく構ってくれた先輩が、蓋開けてみたら仕事ができなくて同僚から浮いてるだけの哀しい奴だったとかさ。
だから、そういう大人には関わらない方がいい。でも、ガキにはそんなことわからないんだよな。
小五の頃だったかな。
夏休みに母親が入院して、親父が看病で忙しくて、八月いっぱい爺さん婆さんの家に預けられたんだ。
ゲームでしか見たことない夏の原風景みたいな田舎でさ、楽しかったよ。
俺の学校はプールも屋上にあって、放課後は近所に迷惑だからボール遊びもろくにできないような都会だったから。
親戚の子やその友だちとは、最初は敬遠されたけど、すぐ仲良くなれた。あの頃のガキがみんな見てたアニメがその地域だと東京より一週間くらい遅れて放映されるんだよな。
先の展開を知ってる俺は予言者みたいに尊敬された。
男子小学生なんてそんなもんだよ。
ガキの頃って、虫がたくさん取れる場所とか知ってる同級生は教師より尊敬できる存在だっただろ。入っちゃいけない場所を知り尽くしてる奴なんか勇者だった。だから、絆されちゃったんだよな。
従兄弟と地元の子と何人かで、裏山に虫取りに行こうってことになったんだ。大人が入っちゃいけないっていう山でさ。
禁足地とかじゃない。何でもちょっと前に、奥の沼に落ちて死んだ子どもがいたから、みんな過敏になってたらしい。
爺さん婆さんに怒られることも考えたけど、いかにも夏休みの思い出らしいことができるのと天秤にかけたら、もう行くしかなかったよな。
都会ものはペットショップでカブトムシを買うんだろなんて馬鹿にされてたから、度胸を見せたかったのもあった。
山は思ってたより明るくて、でも、やっぱり不気味だったな。夏なのに木の葉が冬の枯れ木みたいにまばらで、そこから垂れてくる光が涎みたいで。
虫もそんなにいなかったし、もう帰りてえななんて思ってたら、木の間に女が立ってたんだよ。
高校生、いや、大学生くらいだったのかな。
黒髪で白い着物の幽霊とかじゃなく、普通に髪染めて海外のバンドのTシャツなんか着てた。それでも心臓が止まりそうなくらいビビったけどな。
その女、別に何するでもなく、ただこっち見てニコニコしてるんだよ。親が子どもを見守るのとはまた違うんだ。
何ていうか、牧場とかでよく育ってる家畜を見て満足してる感じだった。愛情はあるんだけど、殺して出荷する牛への愛情っていうか、牛より自分の成果に満足してるみたいな。
上手く言えないんだけどそういう笑顔だったんだ。
何だあれと思って見てたら、友だちの中でも一番ガキ大将だった奴に「虫にビビってんのか」って揶揄われてさ。
「いや、あの女のひと、何?」って指さしたら、俺以外の全員が固まった。
誰かの姉ちゃんとかでもねえのかよって。
そうしたら、その女がこっちに来てさ。うわ嫌だなと思ったんだけど、そいつ普通に笑ってさ。
「こっちのが虫が取れるよ」って指さしたんだ。
この近くに住んでるから知ってるんだって。
俺たちはみんなついてったんだ。
素直に喜んだ奴らもいただろうけど、俺は下手に刺激しても怖いしなと思って従っただけだった。
でも、話してみたらすごく普通のひとだった。
高い木に蝉がいたら、従兄弟を肩車してやったりとかして。蝉に小便かけられた従兄弟がぎゃーって叫んで肩から落ちたら、その女、ガキ大将と一緒にゲラゲラ笑って。
年上の女がいたら少しは意識する年だったけど、あのひとは女子大生の形した男子小学生が増えたようなもんだった。俺も警戒するのなんか忘れたよ。
どんどん山の奥に入って、見たことない色の玉虫みたいな虫まで捕まえて。
そのとき、少し視界が開けて、木の向こうにさっきの虫の羽と同じ色した水が広がってた。あれが子どもが死んだ沼かって直感でわかった。
周りに葦みたいな葉っぱが生えてたんだけど、葦じゃないものも地面に突き刺さってた。
よく見たら、小学校の生き物係が飼ってたメダカや何かが死んだとき、かまぼこ板を卒塔婆代わりに墓を作るだろ。あれだったんだよ。
人間の子どもが死んだときに、そんなことしないよな。しかも、何本もあったし。
気色悪いなと思って見てたら、例の女が俺の肩に手を置いてさ。ぐって地面に押しつけるみたいに強く。
「危ないから言っちゃ駄目だよ」って。
ああ、はい、って引き下がったんだけど、その後、女が他の奴らに指さして言ったんだ。
「あっちの沼ではタガメが獲れるよ」とか何とか。
他の奴らは駆けていって、俺だけ動けなかった。
女は俺の肩に手を置いたまま、ずっと、家畜を見る牧場主の顔で沼を見て笑ってた。
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