とげとげ。いばら姫。
雨世界
1 ここはいったいどこなんだろう?
とげとげ。いばら姫。
ここはいったいどこなんだろう?
すみかが目を開けると、そこはなぜかまだ目を開ける前と同じ真っ暗だった。真っ暗な世界の中で目覚めたすみかはとりあえず手探りで世界を認識しようとした。
すると、すぐにその手がなにか硬い壁のようなものに当たった。
それから、周囲をその壁伝いに手でさわってみると、どうやら自分の前方だけではなくて、左右にも、上下にも、後ろにも、つまり『自分のいる世界の周囲のすべてを壁で囲まれている』ことに気がついた。
つまり、それは箱だった。
すみかは箱の中にいる。あるいは、箱の中に閉じ込められているのだ。
その箱の大きさは、だいたい、普段、すみかの寝ているベットくらいの大きさだった。奥行きは、すみかの体二つ分くらいはある。
普通に日常の生活の中で使うとしたら、決して小さい箱というわけではないのだけど、人がその中に入るとなると、それは途端に、とても狭い箱のように思えた。
すみかはとりあえず、その小さな箱の中から外に出ようと思った。
箱なのだから、(あるいは、自分がこの箱の中に入っているのだから)どこかに開けられる場所があるはずだった。
すみかはとりあえず、無言のままで、(誰かに見つからないように)その箱の自分の正面の部分をゆっくりと慎重に押してみた。
でも、箱はびくともしなかった。
何度か挑戦したあとで、すみかは箱を開けることを諦めた。(なにか重石でも乗せられているみたいに、動く気配が全然しなかったからだ)
それから真っ暗な世界の中ですみかは自分の今の状況について、考えてみた。
でもいくら考えても、なぜ自分が突然、こんなに暗くて狭い箱の中に閉じ込められなければいけないのか、その理由が全然、すみかにはわからなかった。
仕方なく(もしかしたら危ないかもしれないけれど)すみかは箱の中から助けを呼ぶことにした。
最初は遠慮がちにとんとんと箱の正面にある壁を叩いてみた。
反応はない。
次はもう少し大きく壁を叩いた。するとさっきよりもずっと大きな音がした。
でも、やっぱり反応はなかった。
「あの、すみません。誰かいますか?」と声を出してみた。(小さな箱の中で、すみかの声は思っていた以上に、反響して、とても大きく響いて、少し驚いた)
返事はない。
「すみません。あの、そこに誰かいませんか!」
今度はもっと大きな声を出してみた。
……でも、返事はやっぱり誰からも返ってはこなかった。
すみかは最後に思いっきりどんどんと正面の箱の壁を叩いた。すると今度は本当に大きな音がしたのだけど(耳がきーんと痛くなったくらいだった)、やっぱり外からはなんの返事も、反応も返ってはこなかった。
そこまでやったところで、すみかは箱の中から出ることを諦めることにした。(これは、もうしょうがないことだと思った)
恐怖がなかった、……箱の中にいることが全然怖くなかったといえば、それはもちろん嘘になる。箱の中に閉じ込められていることは、とても怖くて、不安だった。
でも、それは箱の外にいても同じだと思った。
なら、このまますみかはずっとこの箱の中にいようと思った。この箱はすみかを箱の外には出してくれないけれど、代わりに『すみかを箱の外側のいろんなもの』から守ってくれていた。
それは、本当に安心できる壁だった。(頑丈さはさっき自分自身で確かめたばかりだったから、信用できた)
それから、すみかは真っ暗な世界の中で、……小さな箱の中で目を閉じて眠りについた。もしかしたら、もう二度と目がさめることはないかもしれないと思うと、ちょっとだけ怖かった。
でも、すみかは疲れていたのか、結構すぐに(緊張と恐怖でなかなか眠れないかもしれないと思ったのだけど)その箱の中で眠りにつくことができた。
……二度と目覚めることのない、永遠の眠りに。
さようなら。
最後にすみかは心の中でそう言った。
すみかの心の中に最後まで残っていたのは、家族のみんなの幸せそうな、いつかの家族の団らんの風景だった。
……それから、どれくらいの時間が経過したのだろう?
どんどんどん! と箱を外側から強く叩く音が聞こえた。
その激しい音で、すみかは深い眠りの中から無理やりに目を覚まされた。
すみかはその無理やりの目覚めに少しだけ不機嫌な気持ちになった。
……せっかく人が気持ちよく眠っているのに、……箱の外から箱を激しく叩いているのは、いったい誰だろう? とすみかは思った。
するとすぐにその人物の正体がわかった。
「大丈夫!? すみか、そこにいるんでしょ!? 今、すぐに開けてあげるからね!! 待ってて!!」という、とても大きな『聞き覚えのある声』が箱の外から聞こえてきたからだった。
それは『いばらの声』だった。
それからすぐに、がたがたと箱の外でいろんなものを動かすような音がしたあとで、ぎー、と言う音を立てて、箱がゆっくりと(……壁が横にスライドしていくようにして)、開いていった。
すると、開いた箱の外からは眩しい太陽の光が、世界いっぱいに入り込んできた。(すみかは、その光の中で、あまりの眩しさの中でそっと目を細めた)
「やっぱりここにいた。よかった。大丈夫? 無事? どこか怪我とかしてない!?」とすみかのことを見ながら、太陽の光を背にしているいばらは、すみかを見て安心して、ちょっとだけその目を涙ぐませるようにして、本当に嬉しそうな声でそう言った。
「大丈夫。まだ、生きているよ、いばら」とすみかはにっこりと笑って(体はすごく衰弱していた。すみかにできることはそれが精一杯だった)いばらに言った。
するといばらは「ばか。当たり前でしょ。死んだら終わりなんだからね、生きなきゃだめだよ。絶対にね」とすみかに向かって、(笑顔のままで)その手を伸ばしながら、そう言った。
すみかは、確かにそれはいばらの言う通りだ、と思いながら、すみかはいばらのその手を、しっかりと(自分の意思で)にっこりと笑いながら、握った。
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