星の魔術師と、今日の思い出に価値をつける夜
@yakumokohaku
第1話
二十一時、ぽつんと一人少女が、がたんごとんと電車に揺られていた。窓の外に広がる景色は田圃や畑ばかりで、同じ車両には少女以外だれもいない。街灯は少なく、星が綺麗に見えた。
少女はスマホで、あるサイトを見ていた。それは星の雑貨屋のホームページ。「星の雑貨屋 レビュー」と少女が検索をかけると、そこにはほんの数件のレビューがあり、アクセサリーが特に人気らしい。星の魔術師などとほめたたえるもの、立地に不満をいうもの、店長の態度にケチをつけるものなどがあった。
少女はあるレビューで目をとめた。夜に行くと良いことがある、というものだった。少女はそのレビューにのせられて、夜に店へとむかっているのだった。
少女はバッグの中に手をいれた。そして本を取り出そうとした。しかし、少女は首を横にふって、本をバッグの中に戻し、再びスマホに目を向けた。開いたのはアクセサリーやコスメ、服の通販サイトだった。
やがて電車は目的の店の最寄り駅に到着し、田舎特有の可愛らしい駅メロがなった。少女はスマホで地図を開いて、キョロキョロとあたりを見回し、行ったり来たりしながら、店を探した。
蛙の鳴き声が響き、あぜ道を抜けたかと思えば、林を人が通れるくらいに切り開いただけの道が現れる。道に飛び出した枝をかけわけた後、見えてきたのは、小さな木造の建物だった。
星の雑貨屋。ブラックボードに丸っこい文字でそう書いてある。ウェルカムという看板の下がったドアを少女はあけた。ドアにつけられたベルがチリンチリンと鳴った。
中は薄暗く、アロマキャンドルと正面の机にあるライトだけが明るい光を放っていた。
少し遅れて、いらっしゃいませー、と気怠げな声が聞こえた。声の方を見ると幽霊のように存在感の薄く、若いのにどこか老いを感じる青年が、正面の机で何か作業をしていた。
少女は商品棚に近づいた。建物自体は古いのか、歩くたびぎいっと音がなる。コップやお皿、栞やブックカバー、アクセサリー類。すべて星にちなんだデザインになっている。よく見ると、星座早見表のように精巧、いやそれ以上に繊細で、小さい星たちが一つ一つ異なる色合い、そしてそれぞれ異なる輝き方で、美しくまとまっていた。値段はピンキリで、安いものから高いものまであった。
少女が棚に沿って横に歩いていくと、一際存在感を放つ、大きな張り紙のされた棚があった。
「今日の星」
天の川のようなデザインに、白い文字でそう書かれている。セールや、ピックアップ商品のようなものだろうか。しかしながら、その棚だけ値段が表示されていない。代わりに、時刻が書いてある。
少女はおそらく店主であろう青年に尋ねてみることにした。
「あの、すみません。今日の星って何ですか? 値段も書いてないんですけど・・・」
青年はゆったりと独り言のように答えた。
「今日の星は今日の星だよ」
「・・・?」
少女が首を傾げていると、青年は机の横にある窓を指さして言った。窓は毎日磨かれているように綺麗で、月の無い今夜の星々を鮮やかに見せつけていた。
「今日の星をうつした雑貨だよ」
相変わらず訳が分からなくて、少女は青年を見た。青年の手元には、極細のデザインナイフ、ピンセット、器にいれられた透明な液体、絵の具などが散乱していた。青年がいじっている円形のものは、作りかけのヘアゴムだろうか。
少女がじっと青年を見つめていると、青年は面倒くさそうに立ち上がって、いじっていた円形の何かをもって少女の元にやってきた。そして、円形のものを窓に向けた。
少女ははっと息を飲んだ。その円形のもののデザインが窓の外の星とうり二つだったからだ。未完成で右側に無地の部分がまだあるものの、左側は、色、明るさ、星座の位置まですべて一致している。
ね?と言わんばかりに、青年は少女を見た。少女は驚いて声も出せず、ただ頷いた。
今日の星と書かれた棚にある商品は二つ。栞とブレスレット。それぞれ八時と九時。今は九時半。これから、青年が今作っているものが十時としてだされるのであろう。制作時間は一時間くらいだろうか。このスピードで移り変わっていく星々をうつし、商品として仕上げるのは、並大抵の技ではない。
それこそ、星の魔術師だ。
少女は商品棚にある栞を手にとって見た。フック状で、星形のビーズと、今日の星がうつされた玉がぶら下がっている。少女は目を輝かせた。色々な方向から見て、感嘆のため息をついた。
少女は栞を戻して、ブレスレットを手に取った。これもまた、栞より少し西にうつった今日の星だった。
少女はブレスレットを手に持って、青年の方を向いた。
「これ、いくらですか?」
青年は腕を組んで、体ごと首を傾げた。
「君次第かな」
「どういうことですか?」
「今日の星、それすなわち今日の思い出の一つ。今日にどのくらいの価値をつけるか。もちろん今日は月がないから、値段は高くしてもらいたいけど。大体安いので五百円、高いので五万円かな」
青年は、少女をのぞき込んで言った。
「今日の価値はどのくらい?」
「・・・」
少女はしばらく沈黙した。青年も何も言わなかった。
少女は「ブレスレット 値段」と検索をかけた。
少女は、あの、と控えめに口を開いた。
「友達にあげるとしたら、どのくらいの値段がよいでしょうか・・・?」
「そんなの写真とって、友達にメールで聞いてみたら?」
「えっと・・・」
少女はおろおろするばかりで、メールを送ることはしなかった。
「多分、メール、すぐには返ってこないと思います・・・」
「そんな友達に贈り物など必要ない」
「そんなことありません!」
少女が怒ると、青年はあざ笑うような目つきで少女を見た。
「へえ、そんな良い友達なんだ。たとえば、どんなところが良いの?メールも返してくれなくて?」
少女はスマホの画面を青年に向けた。それは少女とその友達が、二人でクレープをもってピースしている写真だった。少女が地味である分、その友達のお洒落さが際だつ。
「こんな私を、いつも遊びに誘ってくれるんです。こんなに可愛くて頭も良いのに、それを鼻にかけることはなくて・・・もてるから、忙しいのも当たり前です」
「ふうん・・・」
青年は腕組みをして、何やら思案した。そして少女の手の中から、ブレスレットを奪い取った。少女は目を丸くした。
青年はさっきまでの調子とは別人のように、真剣な声で言った。
「その友達、本当に友達なの?」
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