幼馴染に振られた日、なぜか学園一の美少女とお近づきになりました!復讐なんてやめて彼女と幸せになります!?

瀬戸 夢

第1話.学園一の美少女

弘昭ひろあき、私たち別れましょう……」


 放課後、人気のない校舎裏に呼び出された弘昭は、恋人から告げられた思いがけない言葉に衝撃を受けていた。


 恋人である紗絵さえとは家が近所で幼稚園に通う前からの付き合い、つまりは幼馴染である。


 彼女は可愛いと言うよりは美人なタイプで、明るく優しい性格は男女関係なくみんなから好かれていた。また、頭も良く面倒見もいいことから、数ヶ月前から生徒会に所属し活躍している。


 二人は疎遠になっていた時期もあったが、中三で同じクラスになると受験を一緒に乗り越え、同じ高校に合格したタイミングで弘昭から告白し、晴れて二人は恋人同士となった。それが半年前のこと。


 告白を受け幸せそうに微笑む紗絵の顔が、未だに弘昭の瞼の裏に焼きついている。そして今、別れを告げる彼女の顔は、まるで腐った生ゴミでも見るかのように嫌悪感で満ち溢れていた。


「と、突然なんでだよ?」


 立ち去ろうとする紗絵の背中に向かって弘昭は訴えかけた。彼女は歩みを止めると、顔も見たくないのか振り返りもせず答える。


「自分の胸に聞いてみなさいよ!」


 怒りのこもった低い声でそう言い放つと彼女は走り去っていった。


 残された弘昭は意味が分からず呆然としていた。一方的な別れ話、いや、話にすらなっていない。


 なにがいけなかったんだよ……。


 毎朝、弘昭は紗絵を家まで迎えに行き、帰りもバイトがない日は生徒会が終わるのを待って一緒に帰っていた。そして週末は、映画やショッピングなどデートもしている。彼は割とまめで、誕生日などのイベントを忘れたこともなかった。


 また、二人きりの時は手は繋いでいるものの、ゆっくりと恋人との関係を進めていきたい、そしてなにより紗絵を大切にしたいと思う気持ちからキスはまだしていなかった。強引に迫ったことなど一度もない。弘昭にとって彼女は大切で特別な存在だった。


 こんな突然別れ話をされるほど、自分に落ち度があったとは思えない。たまに口喧嘩をすることもあったが、概ね仲良くやってきたと彼は思っている。


 確かに、昔の弘昭はやんちゃで、人に迷惑を掛けていた時期もあった。しかし、周囲の協力もあって心を入れ替えてからは、真面目に勉学に励み進学校である今の高校に合格するまでになった。そんな努力する姿を認めてくれたからこそ、紗絵が告白を受け入れてくれたものだと彼は思っていた。


 大切にしたいと思って関係を進めなかったことを、逆に愛情がないと捉えられてしまったのかもしれない。考えられるとすればそれくらいだった。


 実際、付き合って半年近く経つのにキスもしていないというのは、一般的な高校生カップルからすると遅い方だろう。


 でも、あの紗絵がそんなことで怒って別れ話なんてするかなぁ。もしかして、俺にはっぱを掛けようと演技をしているのかもしれない。


 疑問は残るが他に思い当たることもないので、弘昭は紗絵と話し合おうとスマホを手に取った。アプリを立ち上げメッセージを送ろうとしたが、すでにブロックされている。


 別れ話をしたんだから、そりゃそうか……。


 スマホの画面を見つめながらため息をつく。仕方なく、明日の朝に会って話そうと一人家路につこうとした時だった。


「キャー!」


 バサバサっと物が落ちる音と共に突然の女性の悲鳴。弘昭はすぐに声の方を覗き込んだ。すると、散らばった大量の雑誌のそばに一人の女生徒が倒れている。


「イタタタ……」


 弘昭はすぐに彼女の元に駆け寄った。


「だ、大丈夫?」


「あっ、だ、大丈夫です」


 そう言って見上げた顔に彼は目を見開いた。


 透き通るような白い肌に艶々つやつやとした長い漆黒の髪、顔を構成する一つ一つのパーツが驚くほど整っていて特に大きな瞳が印象的。まさに大和撫子といった美しさだった。


「あっ、ど、どうぞ」


「すみません」


 彼女は弘昭に手を取ってもらいながら立ち上がった。そして、スカートに付いた砂を払うと丁寧にお辞儀をした。


「ありがとうございました」


 頭を上げニコリと微笑む彼女の姿に息を呑む。


「い、いや、それほどでも」


 弘昭は彼女の美しさにたじろいでいた。気のせいだとは分かっているが、あまりの美しさに彼女の周りが淡く光っているように見えていた。


「捨てるのに運んでいたらつまずいて落としちゃいました」


 ドジったことが恥ずかったのか、顔を赤く染め苦笑いしながら地面に散乱している雑誌を拾い始めた。それを見て弘昭も一緒に拾う。


「あっ、そんな悪いです」


「いいよ。それにこんな大量の雑誌、君一人じゃ運ぶの無理でしょ。手伝うよ」


「あの……、ありがとうございます」


 彼女は更に顔を赤らめた。転んだことがよっぽど恥ずかしかったのだろう、そう思い彼は見ていないフリをした。


 ほとんどの雑誌を弘昭が持つと一緒にゴミ捨て場に向かった。彼は幼い頃から空手を習っており腕力には自信がある。


 さすがにこの量、ちょっと重いな。それにしても、こんな大量の雑誌をここまで一人で運んできたのか……。


 雑誌を運び終えた二人は校舎に向かって歩いている。


「あっ、申し遅れました。私、一組の『神崎かんざき 千鶴ちづる』っていいます」


 弘昭は彼女の名前に聞き覚えがあった。


 入学当初、一組にものすごい美少女がいると学園中の噂になった。そのの名前が『神崎 千鶴』だったと記憶している。


 当時、友達から噂の美少女を見に行こうと誘われたが、その時すでに紗絵と交際していたので他の女の子に興味がなく断っていた。その為、名前は知っていたが、顔を見るのは初めてだった。


 なるほどな。確かに学園中の噂になるのも納得だ。


「俺は八組の高橋たかはし 弘昭ひろあき。よろしくな」


「高橋さんですね。本当にありがとうございました」


「いや、いいよそんな。でもさ、なんで一人であんな大量の雑誌を運んでたんだ? 他に手伝ってくれる奴とかいなかったのか?」


 そう訊ねると千鶴は暗い顔で俯いた。


「えっと、その、お願いされて……。なんかみなさん忙しいみたいですので」


 彼女の様子と言葉から、周りの人間に無理やり押し付けられたことが容易に想像できた。しかし、千鶴ほどの美少女に普通はそんなことはしないだろう。陽キャでむしろカースト上位のはず。


 不思議に思った弘昭は彼女に訊ねた。すると、そこには美少女ならではの悩みがあった。


 千鶴の話では、入学してすぐ、彼女はクラスメイトはもちろん、学園中の多くの男子から交際を申し込まれた。しかし、入学して間もない不安定な時期に、こちらの都合も考えず交際を申し込んでくる男子に嫌気が差し全て断っていた。


 ところが、千鶴のそんな態度を見て、他の女子から気取ってると思われてしまい、また、当然交際を断った男子からも距離を置かれてしまった。その結果、彼女はクラスどころか学園の中で孤立してしまったのである。


 その後、今日のように雑用を押し付けられるのはまだ軽いもので、物を隠されたり、パパ活をしている、万引きの常習犯などあることないこと噂されたり、時には暴力を振るわれた上、金銭を要求されることもあった。


「くそっ! ひでぇな!」


 千鶴の話を聞いた弘昭は怒りで震えていた。陰湿ないじめに怒りがこみ上げる。何の落ち度もない彼女が、こんな仕打ちを受けるいわれはない。


「神崎さん。もしまたいじめられたら俺を呼んでよ。こう見えても俺、腕っぷしには自信があるんだ!」


 弘昭は力こぶを作って微笑んだ。すると、千鶴の目からつーっと一筋の涙がこぼれた。


「あ、あ、ありがとうございます」


「そ、そんな、泣くなよ」


「ごめんなさい。私、この学園に入ってから、こんなに優しくされたの初めてで……」


「そっか……。俺はいつも神崎さんの味方だから!」


「本当にありがとうございます。あ、あの、私のこと千鶴って呼んでもらっていいですか?」


「えっ!? じゃあ、俺のことは弘昭って呼んでくれ」


「はい! 弘昭さん!」


 千鶴はキラキラとした笑顔で応えた。『さん』は要らないんだけどなぁと思ったが、なんとなく言っても無駄だろうと諦めた。

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